2012年01月22日

腰を据えてこそ見えてくる熟練の世界

沖縄を創る人 第31回
 大垣精工(株)沖縄工場長 大森正末さん(下)


 リスク分散と、金属加工に最適の摂氏22度を実現しやすい気候。金型製造の大手、大垣精工が沖縄に進出した理由を、工場長の大森正末さんが話してくれた。実際に1年やってみてどうだっただろうか。

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 「人材は非常にいいです。沖縄職業能力開発大学校、通称ポリテクカレッジの卒業生を1人採用しましたが、ものづくりが好きな青年で、一生懸命やっています」

 「間違えずに、正確に作るためには、ひとつの線を通していく論理性の高さが求められるのですが、彼はそれができる」

 「今の沖縄はあまりものづくりのイメージがありませんが、昔はそういう伝統があったと聞きました。米軍支配下では自由なものづくりが許されなかったということなのか、あるいは設備投資の余力がなかったということなのか、そのあたりはまだよく分かりません」

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 ともあれ、一年間、様子を見たところでは、沖縄は金型製造人材の供給については大丈夫、というのが大森さんの結論だ。

 困ったのは材料の確保だった。金型に使われる材料は超硬合金。高価な素材なので、長期の在庫は避けたい。だが、台風が来たりすると交通が乱れて材料が入ってこなくなる。

 この1年は触媒用ハニカム金型の製造だけだったため、使う材料が少量だった。沖縄が製造拠点として「いける」となれば、将来は他の様々な金型を沖縄で製造していくことになる。そうなると、一定のまとまった量の材料を入れることができるようになる。多様な製品を作る段階になった時には、アジアと至近距離にある沖縄の位置が有利に働くかもしれないという。

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 沖縄のコストの安さも強みだろう。大森さんは言う。

 「2000年くらいまでは、世界の金型の半分くらいは日本が作っていたんです。自動車メーカーなどが、海外に製造拠点を移してコストを下げていったので、金型もコストダウンを強いられました。とにかく安くないとダメ、ということなんですね」

 「しかし金型の場合は、人が長い時間をかけて継承していく技術が中核です。職場をどんどん移るのが当たり前のような海外では、人を育てるのがなかなか大変です」

 「国内で、しかも安く」となった時、物価の安い沖縄は有利な位置に立てる可能性があるということだろう。

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 大森さん自身、熊本の中学を卒業後、夜間の学校に通いながら、この道ひとすじでやってきた。じっくりと腰を据え、深く根を下ろしてこそ見えてくる熟練の世界。沖縄の人材が、そのような熟練を要するものづくりに向いているとすれば、沖縄の産業振興の新たな手がかりがそこに見出せるかもしれない。

 [大森正末さんとつながる] まず大森さんが所属する大垣精工のHP。会社の姿に加え、さまざまな製造技術も解説されていて興味深い。上田勝弘社長のインタビュー動画もある。その上田社長が会長を務める日本金型工業会のHPには、金型とは、といった一般的な説明から、輸出統計データまでいろいろな情報が満載だ。例えば、海外に進出した金型企業が世界のどこに立地しているかがグーグルマップで見られたり、10年後の金型産業のあるべき姿を模索した「金型産業ビジョン」なども読める。大垣精工沖縄工場に隣接する沖縄県金型技術研究センターについてはこちらを。 

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2012年01月15日

1ミクロンの精度で金型づくり

沖縄を創る人 第30回
 大垣精工(株)沖縄工場長 大森正末さん(上)


 「これを作っているんです」。大垣精工沖縄工場の大森正末工場長が指さした製品は、びっしりと微細な穴が空いた、見るからに硬質な金属の固まりだった。穴のエッジの鋭さは、この金属の固まりがどれほど精巧に作られたものかをよく物語っている。精度1ミクロン、つまり1000分の1ミリほどの誤差しか許されない。

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 金型(かながた)。自動車やパソコンなどの金属部品、プラスチック部品などを作るための型のこと。大森さんが見せてくれたのは、自動車のマフラーに入っている触媒を作るためのハニカム金型と呼ばれるものだ。この金型から生産される触媒は、自動車や二輪車などが排出する有害な一酸化炭素や窒化酸化物などを浄化し、きれいな空気にする。

 大森さんの工場が作っているのは、触媒それ自体ではなく、触媒を作るための金型だ。金型を発注したユーザーが、精巧な金型からセラミックの素材を押し出して触媒を作っていく。ハニカムというのは、蜂の巣のような六角形の小さな形状が空いている構造で、四角よりも触媒が作用する面が増えて効率が高まる。

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 金型はミクロンの精度が要求されるから、削るにしても、穴を開けるにしても、旋盤やボール盤を手で動かすような方法では作れない。金型の多くはNC(数値制御)で加工する。つまり、機械の動きを座標軸に落とし込んで数値化して機械を動かすのだ。ものづくりと言うと、文字通り、手で何かを作り出すイメージがあるが、高い精度が求められる金型の製造現場はNC加工にならざるをえない。

 加工の際にはいろいろな要素が入り込んでくるから、どういう時に何が起きるか、まさに現場を熟知した技術者がそうした経験をすべてプログラムに織り込んで加減していかねばならない。そこには経験に裏打ちされた熟練と、繊細で緻密な感覚が要求される。

 データだけあればプログラムはできそうに思えるが、さにあらず。日本人ならではの精巧なものづくりを象徴する産業として金型産業がしばしばマスコミに登場する背景には、金型製造特有のこうした特性がある。

 「金型産業は人を育てる必要があります。アジア諸国から研修生をたくさん受け入れてきましたが、彼らはどんどん会社を移る。金型を作る会社の立場からすると、せっかく人を育ててもすぐにどこかに行ってしまうのでは困るわけです」と大森さん。

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 大垣精工は金型製造の大手で、上田勝弘社長は日本金型工業会会長として全国591社をリードする存在だ。その大垣精工がなぜ沖縄に進出したのだろうか。大森さんが言う。

 「まずリスク分散です」

 岐阜の本社で長らく操業してきた同社は、リスク分散のため、まず長崎に工場を作り、次いで昨年1月、沖縄に工場を作った。地震などの天災や原発災害が決して言葉だけのものではないことは、昨年3月以降、ほとんどすべての日本人が自覚したところだ。

 「例えば、うちのハードディスクのサスペンション部品は、日本で2社、世界で4社しか製造技術を持たない超精密部品です」

 もし製造拠点が1カ所に集中していて、そこが災害でやられたら、その影響ははかり知れない。東北のものづくり拠点の被災が、世界の自動車産業を停滞させたことは記憶に新しい。沖縄は地震が比較的少ないのがリスク分散上の魅力になっている。

 加えて、沖縄の温暖な自然環境が金型づくりに向いている面も見逃せない。

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 「材料金属の安定的な加工には摂氏22度が最適です。本土では寒い時期には2度、3度になるので、22度にするにはかなりの暖房費がかかります。沖縄は寒くても13度とか14度でしょう」

 「夏も、本土だったら38度になったりしますが、沖縄は33度くらいにしかなりません」

 加工をする部屋は「恒温室」と呼ばれ、室温が22度プラスマイナス1度に保たれている。沖縄なら、それほどコストをかけずに「22度」を周年実現できるというわけだ。

 続きは1/22(日)に。


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2012年01月08日

家族に支えられ、ラオスで人材育成

沖縄を創る人 第29回
 アイ・シー・ネット(株)コンサルタント 平良那愛さん(下)


 タイの小中高校での計2年間の教員生活、オーストラリアの大学院でマイノリティーの研究、結婚と出産を経て、20代後半だった平良那愛さんは、ODAプロジェクトの現場を担う途上国開発コンサルタントとして働き始めた。

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 途上国開発コンサルタントとは、どんなことをするのだろうか。

 「日本のODAの実施機関であるJICA(国際協力機構)などから委託されて、プロジェクトの現場を動かします」と平良さん。

 JICAはODAプロジェクトを計画し、予算を確保するが、JICAの職員自身が現場に貼り付くわけではない。実際に現場で走り回ってプロジェクトを推進する人々がいる。彼らは農業、教育、保健、インフラ整備などの各分野の官民の専門家で、その一翼を担うのが途上国開発コンサルタントというわけだ。

 アイ・シー・ネットに入社した平良さんの最初の赴任地はラオスだった。ラオスは、タイの東隣りに位置する内陸国。経済成長著しいアセアン諸国の中では最も貧しい国に属する。

 社会文化面はタイとの共通点が多い。言葉もタイ語がかなり通じる。

 平良さんが従事したODAプロジェクトは、ラオス行政官の公共事業に関する能力向上を目指すものだった。平良さんは、インフラ整備などの公共事業計画をどのように審査すればいいか、その方法などを、中央の関係省庁、地方の関係機関などで研修した。

 「南から北まで、すべての県を回りました」

 ラオスは全国で4000件の公共事業が実施されているが、事業の計画・審査からモニタリング評価までの運営監理システムが整備されていないこと、資源配分や事業の優先度付け、実施監理・評価が適切に行われていないことが課題だった。

 平良さんはコンサルタントチームのメンバーとともに、研修の計画を作り、教材を準備し、全国を回って行政官を相手に研修を続けた。地道な作業だが、ラオスがこれから発展していくには不可欠の取り組みといえる。

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 平良さんのそんな仕事を支えてくれるのが、家族。日本で知り合った中国人の夫は、平良さんの赴任とともに、ラオスについてきてくれた。

 「毎日、身近で励ましてくれる家族がいるというのは本当にすばらしいこと。子供の成長と一緒のキャリア形成ってステキじゃないですか」

 地方出張などでビエンチャンの自宅を留守にすることも多い。留守中、長男は夫がみてくれるが、事業家の夫も忙しい。そんな平良さん一家を支えてくれる人たちがいる。

 「ラオス人の”家族”がいるんです」

 借りている家の家主は、自分の兄弟たちの各所帯とともに、一つの敷地に家を持っている。平良さん一家は、家主ファミリー総勢3所帯が一緒に住んでいる一部を借りた。この3所帯+平良さん一家は、互いの玄関を開け放ち、子供たちはどこの家にも出入りして遊んだり、ごはんを食べさせてもらったりする家族のような関係だ。

 少し前までの沖縄の農村部と同じように、平良さんの長男は、自分の家だけでなく、この3つの家族の間で大きくなった。このラオス人"家族”は、平良さんが不在の時に何でも頼める心強い存在といえる。

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 平良さんはもっと子供が欲しい、と話す。

 「双子がいいですよね」

 アジアの気候や人の感じは沖縄に似ている、植物が一緒だし、空気感も似ている、と平良さん。

 「マレーシアの空港に降り立った時、ふるさとに帰った時のような波長を感じたことがあります」

 タイに惚れ込み、ラオスで人材育成に励む平良さんの根っこには、やはり沖縄で培われた感覚が息づいているようだ。

 [平良那愛さんとつながる] 平良さんが携わっているラオスのODAプロジェクトについてはJICAのHPが詳しい。こちらは、平良さんが所属するアイ・シー・ネット株式会社のHP

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2012年01月01日

体全部でタイを大好きに

沖縄を創る人 第28回
アイ・シー・ネット(株)コンサルタント 平良那愛さん(上)


 政府や国際機関が、開発途上国でさまざまな支援事業を行うODAプロジェクト。その現場を担うのが途上国開発コンサルタントと呼ばれる人々だ。平良さんは、専門の教育・人材育成に関するプロジェクトのスタッフや調査員として、途上国の現場で働いている。

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 平良さんは浦添の出身。中学3年から高校3年までの間は、父の転勤に伴って宮崎で過ごし、大学は首都圏へ。大学時代に、タイの学校で高校生に日本語を教えるボランティアをやったのが途上国との付き合いの始まりだった。

 先輩の勧めでボランティアに応募した。赴任して1カ月半ほどしたある夜。ベッドで、突然、とめどなく涙があふれてきた。

 「見るもの聞くもの、タイのすべてが素晴らしいと感じながら毎日を過ごしていました。五感全部が反応していたんですね。それこそ、臭いにも、味にも」

 感動のシャワーを毎日浴びていたのが徐々にたまってきて、それが、大粒の涙になってあふれ出たのだった。体全部でタイが心底好きになってしまったらしい。

 タイで働きたい―。大学卒業後は、とにかくタイで働く道はないか、そればかり考えた。

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 ボランティアで教えていたあの学校に働き口がないか。大学の恩師が「聞いてみたらいいんじゃないか」と言った。そううまい話はないだろうとは思ったが、ダメもとで電話をかけてみた。

 「仕事の口、何かありますかって聞いたら、ちょうどあるよ、って言われたんです」

 日本語教育のカリキュラムがなかったので作ってほしい、とのこと。うそのようなラッキーな話だった。二つ返事で引き受けた。

 タイでの教師生活は充実していた。赴任先の大学の附属学校は小中高一貫教育の完全独立採算で、学校の経費はすべて親が支払う授業料で賄われていた。つまり授業料はとても高く、それが払える富裕層の子弟が集まる学校だった。親の中には、リゾート地で名高いプーケット島やサムイ島に5つ星ホテルを何軒も経営している人もいた。

 充実した毎日だったが、時が経つにつれて、異なる世界をかいま見るようになった。きらびやかなデパートの入口には体の不自由な人が座り込んでいた。学校の近くにはスラム街もあった。経済成長著しいタイとはいえ、貧富の格差はまだまだ大きく、恵まれない境遇にいる人もたくさんいた。

 「いろいろな人に、どう思う?って聞いてみたんです」

 答えはさまざまだったが、仏教国タイでは、厳しい生活を強いられている人はそういう運命にある、という運命論を語る人が多かった。平良さんは、そういう受け止め方にどこか違和感を感じた。

 「このままここにいるのかな。ちょっと違うかな」。平良さんは自問し始めた。

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 2年間のタイでの教師生活を終えた後、平良さんは改めて途上国の社会開発を学び直そうとオーストラリアの大学院に留学した。そこではマイノリティーと開発の接点を研究した。

 「やはり沖縄出身であることがマイノリティーに関心を持つ背景にあったと思います」と平良さん。

 宮崎時代には、いじめられたりすることはなかったが、「沖縄って裸足なんでしょう」と言われたりしたこともあった。別のクラスから好奇心で平良さんを見にくる生徒もいた。 

 大学院を修了して日本に戻ってから、結婚し、出産。出産の後まもなく、途上国の開発プロジェクトを受託するコンサルティング会社の門を叩いた。


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2011年12月14日

年内は終了、新年から再開

 「沖縄・食・農・南の万鐘本店」をいつもご愛読いただき、ありがとうございます。

 年内の更新は、12/11(日)の記事をもちまして終了とさせていただきます。

 新年は1/1(日)から。しばらくお休みしていました「沖縄を創る人」シリーズでスタートいたします。

 万鐘ネットショップは12/28(水)まで営業しております。年末で若干混み合っておりますので、年内お届けをご希望のお客様は、早めのご注文をお願い申し上げます。

 どうぞよいお年をお迎え下さい。



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2011年12月11日

バナナの葉に守られて発酵

沖縄とアジアの食 第13回 発酵ソーセージ

 前回までは魚の発酵食品についてつづってきた。今回は豚肉の発酵食品を取り上げよう。

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 直径5cm、長さ8cmくらいの俵状の包み。バナナの葉で包まれている。これを開いていくとー

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 幾重もの厳重なバナナの葉の中から、鮮やかなピンク色の、小さな肉の固まりが出てきた。華奢な印象。幅2cm、長さ4cm、厚さ1cmほど。ベトナムではネムチュア、ラオスではソムムーと呼ばれるこの発酵ソーセージが今回の主役だ。

 上の一連の写真とすぐ下の写真がラオスで見たもの。その下はベトナム。ベトナムの方がうまそうに見えるかもしれないが、味はほとんど同じ。ラオスでこの時食べたものは豚皮の配合が多かったように思う。

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 あるHPのレシピによると、発酵ソーセージの材料は次のようになっている。

豚肉赤身 1 ポンド、薄切り
塩 小さじ1
砂糖 小さじ2
魚醤 1/4 カップ
豚皮 4 オンス
ニンニク 3片(つぶしたもの)
サラダ油 大さじ2
焼いた米の粉 1/2 カップ
バナナの葉
ニンニク 2片(スライス)
赤唐辛子 1本(スライス)

 ポイントは、米粉を入れていること。前々回の魚の発酵食品を思い出していただきたい。米粉は、乳酸菌が増えるのに必要なエネルギーを提供する。乳酸によってこの発酵ソーセージがどのくらいの酸度になっているのか、実際に測ったわけではないが、だれが食べても酸味を感じる程度にはすっぱい。

 米粉以外には、豚皮、ニンニク、唐辛子が入る。唐辛子やニンニクは、まるで魔除けのように、ひとかけらが丸ごと入っていたりする。魔除けと書いたのは、ニンニクも唐辛子も、味だけでなく、その殺菌力に期待しているから。

 それにしても、厳重な包装だ。たんに中身を物理的に保護するためだけなら、もう少し省略してもいいだろう。厚ごろもの安い天ぷらみたい、なんていう悪口さえ聞こえてきそう。

 だが、実は、必要があって幾重にもバナナの葉を重ねているのだ。表面を外気に少しでもさらしたら、外からの微生物の攻撃で豚肉はすぐ腐敗してしまう。考えてみてほしい。熱帯の30度近い常温に生肉を置くのだ。よほど厳重に守らなければ、肉は腐敗菌にたちまちやられてしまう。そこで、バナナを何枚も重ねてまるで「ふとん蒸し」のようにする。

 バナナの葉の役割は、外気を物理的に遮断することだけではない。バナナの葉の表面には、天然のクモノスカビがたくさんついている。バナナの歯で幾重にも包むのは、腐敗菌との戦いで負けないようにするためにクモノスカビ歩兵師団を大量に送り込む意味がありそうだ。

 カビ、と聞いて「肉の敵じゃないのか」と思われるかもしれないが、クモノスカビの一部は、コウジカビと同様、人に利益をもたらす。バナナの葉のクモノスカビをスターターにする発酵食品はアジアにいろいろある。

 例えば、日本でもすっかりおなじみになったインドネシアの大豆発酵食品テンペがまさにそれ。納豆では、煮た大豆を稲ワラに包んで発酵させるが、テンペは、煮た大豆をバナナの葉に包む。バナナの葉のクモノスカビが発酵を進め、大豆をテンペに変えてくれる。

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 発酵食品までいかずとも、バナナが豊富な地域では、バナナの葉をさまざまな形で腐敗防止に使う。バナナの葉は、鮮魚を売る時の下敷きにしたり、ちまきのようなお菓子を巻いて保存を図ったりもする。バナナの葉は、いってみれば「抗菌」包装資材として広く流通している。

 発酵ソーセージでは、バナナの葉の内側にも、また別の葉が巻かれている。芳香をつけるとともに、発酵促進に役立つ、とラオスの知人が教えてくれた。ベトナムではこの葉の情報を得られなかったが、ラオスではナンヨウユカン、別名アメダマノキと呼ばれる木の葉を使う。

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 発酵ソーセージは生で食べることもあれば、焼いて食べることもある。おやつとしてもおかずとしても食べるが、焼いたものはさらに味が際立って、モチ米やビールが欲しくなる。前々回の発酵した魚パーソムと同じく、少量口に入れれば十分おいしい。

 バナナにしっかり保護されて発酵した深い味。機会があればぜひお試しを。

 発酵ソーセージのさらに科学的な情報に興味がある方は、大妻女子大の大森正司教授アジアの発酵ソーセージに関する研究論文をいくつか出しているので、そちらをどうぞ。

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2011年12月04日

消えた日本のクサうま

沖縄とアジアの食 第12回 発酵の複雑な香り


 前々回、ラオスの魚の塩辛調味料「パーデーク」を中心に、アジアのクサうま調味料を紹介した。写真はタイのローカル市場で量り売りされているえびみそ「ガピ」。これもアジアのクサうまの代表選手だ。そういえば、昭和の頃は、日本でもこんな風にみそを山盛りにし、量り売りしていた。

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 沖縄を含む日本には、今や「クサうま」と呼べるような発酵調味料、発酵食品はほとんどない。みそでも醤油でも泡盛でも、明らかにクサいと感じるものは、くさやなどごく一部を除いてめったに見かけない。

 日本でも1960年代くらいまでは、味噌を手造りしている家が農村部にたくさんあった。そんなみそでみそ汁を作ると、今のみそにはない複雑な香りが家じゅうに漂った。この香りは大いに食欲をそそる芳香だったと記憶している。

 複雑な香りは、雑菌と総称される菌が作る化学物質の香り。家庭でみそを作っていた頃は、こうじこそ買ってきた麹菌で作るにしても、仕込みの過程でさまざまな雑菌が混入し、そこに独自の香りが生まれた。

 みそでも醤油でも酒でも、メーカーは共同であるいは独自に、優良菌の開発を進めた。マーケットリサーチの結果、消費者の多くが複雑な強い香りを好まない、という結果が出たためか、純粋培養された優良菌は、香りの面では「控えめな」菌が中心になった。

 製造設備の菌管理技術も向上したため、純粋培養した菌以外の菌が入り込む余地があまりなくなった。こうして、日本の発酵食品から複雑な香りがなくなり、「クサうま」は姿を消した。

 1970年代までは、沖縄の泡盛も、まだ香りが相当強かった。味噌や日本酒と同様に、泡盛でも、その後、菌の開発と製造現場の菌管理技術が進み、その結果、複雑な香りは弱まっていった。いま製造されている泡盛は、離島の製品など、一部に比較的香りが強い銘柄があるものの、往時の強い香りを放つものはほとんどなくなった。

 写真はラオス北部の農村で作られた米の蒸留酒ラオラオ。酒造所ではなく、家内工業で小規模に作られているため、びんもラベルもない。手近にある空き容器に入れて売られる。写真のラオラオは、独自の方法で、何かの草を最後に入れて色とかすかな香りをつけているそうなので、わずかに緑色を帯びている。

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 ラオラオは、麹菌の種類が泡盛とは違うから味わいはおのずと異なるが、米麹の全麹で作られる蒸留酒という意味では、泡盛とよく似ている。同様の酒はベトナムの農村でも手造りされているのをあちこちで見た。

 香りはー。強い香りではないが、やはり、今、日本で作られている焼酎や泡盛に比べると、複雑な風味がある。

 話は変わって、漬け物。これも日本では香りを減らす方向で技術が進んだ。漬け物の場合は、酒やみそと違い、菌を添加して製造するわけではない。自然の乳酸菌で発酵させるのが普通なので、菌を純粋培養して香りを弱めるというわけにはいかない。

 では、どうするかというと、2つの方法があるらしい。一つは、発酵それ自体をさせない短時間仕上げの「浅漬けタイプ」を作ること。味は発酵ではなく、調味液が担う。いま一つは、いったん発酵させるものの、その発酵液を抜き取り、さらに、別に作った調味液を改めて吸収させるという「味ぬき味つけタイプ」にすること。

 いずれにしても、うまみと香りを作り出す発酵の機能をほとんど否定してしまう結果になっている。もちろん、昔ながらの手作り品は、そうではないが。

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 漬け物はアジアでも盛ん。写真はベトナムの食堂で出てきた漬け物。高菜のような葉野菜をさっとゆがいてから塩水に入れ、そのまま常温で数日漬けておくと、漬け物になる。色がやや黄色味を帯びてきたら食べられる。それほど強い香りがあるとも思えないが、日本では、この香りは通らないのかな、と思いながら、白いごはんと一緒にかっ込んだ。乳酸発酵で酸味が出ていて、うまい。

 みそでも泡盛でも漬け物でも、香りが弱くなれば、「マイルドな」風味になり、万人受けするようになる。ただ、それも度が過ぎると、そもそもの個性が消えてしまう。

 ウニの独特の味は、強い苦みを持ったアミノ酸「メチオニン」が含まれていることによって実現している。メチオニンがもし入ってなかったら、ウニは、イクラのような味になってしまうという。イクラの味はウニよりクセがないが、もしウニがイクラの味と同じだったら、面白くないだろう。

 クサうま発酵食品の複雑な香りを除去しすぎたら、ウニをイクラに近づけてしまうようなことになるのではないか。

 確かに、かつての複雑な香りが強い泡盛のままでは、今日のように、ニューヨークのバーで珍重される酒にはならなかったかもしれない。味噌も、昔の香りのままでは、例えばオーストラリアの料理本に当たり前のように登場する調味料にはならなかっただろう。しかしー。

 自社話で恐縮だが、万鐘の黒糖肉みそは、親しみやすい味の追求と同時に、味噌や泡盛といった発酵食品の中にある渋み、苦み、あるいは味噌や黒糖が少し焦げた時に初めて生まれる独特の香りなどを前面に出すようにしている。

 その黒糖肉みそが、フジTVの「とくダネ!」で取り上げられた際に、スタジオで試食した高木美保さんがこうコメントした。

 「甘いだけじゃなく. . . 大人の味に仕上がっていますねー」

 作り手の日頃の工夫を正面から評価していただいた気がして、ありがたかった。その「大人の味」こそ、発酵の深い味や、渋み、苦み、焦げた香りなのだ。

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2011年11月27日

乳酸発酵で常温保存される魚

沖縄とアジアの食 第11回 魚の発酵食品(下)

 前回、紹介したどろどろの魚の塩辛パーデークのほかにも、魚の伝統的発酵食品にはいろいろなバリエーションがある。まず、ラオス南部のローカル市場で撮ったこの写真、沖縄県民には既視感があるはず。

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 沖縄のスクガラスを立てて入れたビン。あれに似ている。

 ラオスのこれはパーソムと呼ばれる。パーソムの方がスクガラスより魚がずっと大きい。もう一つ、パーソムがスクガラスと大きく違う点がある。

 スクガラスは非常に塩辛い。塩気だけで言えば、前回紹介した塩辛のパーデークに近い。これに対して、パーソムはかなりの塩気はあるものの、パーデークほどではない。その結果、そのまま焼いてごはんのおかずとして食べられる。

 このパーソム、パーデークほど塩を大量に入れるわけではないのに、液に漬けておけば常温でも1カ月以上もつという。なぜか。

 パーソムには、塩だけではなく、ごはんや炒った米が入っている。それをエサに乳酸菌が増え、乳酸発酵が進む。だから腐らない。そもそも、パーソムを訳せば「酸っぱい魚」。焼いて食べると、しょっぱくて、すっぱい。もちろん、非常にうまい。主食のもち米がいくらでも食べられる。

 次もパーソムなのだが、小魚タイプよりもさらに塩気が少なく、ごはんが多い。上は大きな川魚の切り身を漬け込んだ切り身タイプ。やはり焼いて食べる。パーチャオと呼ばれることもある。下は尾頭付きの一尾タイプ。

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 このように乳酸発酵させることによって、ラオスのような熱い国で、冷蔵冷凍設備がなくても生の魚を腐らせることなく保存できる。30度を超すような気温の下で大量の塩も使わずに常温保存できるというのは、なかなかの技術といえないだろうか。

 同じ原理の保存食品は日本にもある。ナレズシがまさにそれ。日本では琵琶湖のフナずしが有名だ。塩漬けにしたフナにごはんを詰めて乳酸発酵させる。

 ナレズシはアジア各地にある。現物を見たことはないが、タイのある地方では、子供が生まれるとカメ一杯の魚のナレズシを仕込み、その子が、成人するか結婚するかした時に取り出して食べる習慣があると聞いた。

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 乳酸発酵した魚には、こんなものもある。魚をミンチ状にして発酵させたもの。ラオス南部のローカル市場でよく見る。ソーセージのような感じ。おけ一杯に固めて作り、切り分けて売っている。これには米粉が練り込んであって、やはり乳酸発酵を促している。

 発酵魚は、常温保存できるという点だけが長所なのではない。タンパク質がアミノ酸に分解されて、うまさも倍増する。その結果、しょっぱさと、すっぱさと、うまみの三角形がピタリと決まる。写真は一尾タイプを焼いたもの。

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 日本で焼き魚を食べるように箸で切って食べようとしたら、同席したラオスの知人に止められた。多すぎる、という。

 「味が濃いので、モチ米を指で丸めて、それで魚をほぐすようにしながら、少しつければおいしく食べられます。一家4、5人の夕食で、1、2尾焼いたら十分なんです」

 確かに、ピンポン球より一回り小さいくらいに丸めたモチ米にパーソム小さじ1/4くらいでちょうどバランスする感じ。なんと言うか、うま味に深さがあって、同時に鋭さも感じさせる。発酵がもたらす深い味。調味料だけでは、恐らくこんな味にはならない。

 そういうわけで、パーソムは、ごはんやお酒が進む。だが、不思議なことに、多少食べ過ぎても、さほどもたれない。保存性とうまさが増す以外にも、体にいいことが何かあるのかもしれないな、などと思いながら、また一口、食べてしまう。

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2011年11月20日

クサうまの親分、魚の塩辛

沖縄とアジアの食 第10回 魚の発酵食品(上)

 今回はアジアの「クサうま味」の話をつづってみたい。まずはこの写真から。

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 ラオスの名物料理、唐辛子の効いた青パパイヤのサラダ「タムマクフーン」。青パパイヤのサラダと言えば、タイ料理の「ソムタム」が有名だが、ラオスや東北タイで食べられているこのタムマクフーンがいわば本家。

 このタムマクフーンには、本家ならではの「こだわり」がある。バンコクや日本のタイ料理店で出てくるソムタムは、魚醤ナンプラーで味付けされているものが多いが、タムマクフーンは、魚の塩辛「パーデーク」を使う。東北タイなら「パーラ」。この魚の塩辛こそ、アジア「クサうま味」の親分のような存在だ。

 パーデークはクサくてうまい。だから、ナンプラー味のすっきりソムタムよりも、パーデークを使うタムマクフーンの方が、味わい複雑で、奥深い。ラオスではもち米を主食に食べるが、タムマクフーンだけで立派にそのおかずになる。

 青パパイヤは酵素パパインの働きで減量効果があると日本でも一時話題になった。不思議なことに、完熟の果物パパイヤになるとこの酵素はぐっと減ってしまうので、減量を期待する向きは青パパイヤを食べなければいけないらしい。

 青パパイヤは沖縄でもよく食べる。万鐘本店でかつて紹介したように、沖縄では火を通してイリチャーで食べる。インドでは煮込み料理によく入れるらしい。東南アジアではタムマクフーンのように生で登場することが多いように思う。

 ラオスの食堂やごはん系屋台では、やや縦長のすり鉢とすりこぎで突き混ぜながら、タムマクフーンをよく作っている。食事時になると、「トントン、トントン」と、青パパイヤを叩く音が聞こえてくる。青パパイヤは繊維が密で固いので、すりこぎで叩きながら、同時に調味料を染み込ませていく。その結果、固い青パパイヤが短時間でしなしなになる。

 次の写真の右下のあたりに、トマト、唐辛子などとともに、茶色のパーデークのとろみを帯びた液が大さじ1杯ほど入れられているのが見える。これに青パパイヤを加えて、トントンと突きながら混ぜていく。

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 ラオスで普通に食べられているタムマクフーンは、かなり辛い。激辛へっちゃらの人以外は、唐辛子をわずかにしてもらうように頼んだ方がいいかもしれない。

 さてさて、味付けに使われている魚の塩辛パーデークが、今回の本題だった。ラオスではどの町にもローカル市場があり、プラスチックの桶に入ったどろどろのパーデークが量り売りされている。

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 魚が発酵して身が溶けた状態。いかにも臭そうに見える。いや、実際、十分クサい。ただ、この臭いには、なんとも言えない懐かしさがある。眠っている記憶が呼び覚まされるような臭い。日本人におなじみの魚の干物やイカの塩辛と同種の香りの強烈バージョンだ。

 その臭いが鼻に抜けた瞬間、うまみが口の中にバーッと広がる。魚の干物や塩辛などが好きな人にはたまらない味のはず。

 ラオスは内陸国なので、川魚を使ってパーデークを作る。魚をよく洗ってぶつ切りにし、塩を混ぜながらかめに漬け込む。塩の量は、魚の1/3くらいというレシピが多い。塩に加えて、どのレシピにもヌカやモミ殻を入れるとある。

 日本ではモミ殻と言えば文字通り殻だけだが、ラオスでは精米の方法が日本と違うため、モミ殻にヌカや小さな砕米が混ざっている。農村ではこれを鶏や豚の餌にする。つまり炭水化物やヌカ栄養が混ざったモミ殻、というものがあるのだ。

 パーデークづくりの現場を見たわけではないが、使われる「モミ殻」もこれではないかと想像する。ヌカにはいろいろな菌がついているので、それがスターターになり、同時に砕米の炭水化物が発酵菌のエネルギー源として使われる、というわけだ。

 漬け込み期間は1年以上。6カ月くらいから食べられるが、長く漬けた方がうまくなるという。

 アジアのクサうま、と言えば、タイの「ガピ」もそうだし、ベトナムの「マムネム」もそう。この手の発酵クサうま食品は、料理に使われるだけでなく、つけダレとして小皿に入ってテーブルにもよく出てくる。複雑な香りと深い味わいをぜひお楽しみいただきたい。

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2011年11月13日

鍋の底知れぬバリエーション

沖縄とアジアの食 第9回 熱帯アジアの鍋(下)


 日本では鍋料理の鍋は、すきやきの鉄鍋などを除いて、土鍋が多い。土鍋はいかにも温かそう。アジアではほとんどステンレス製やアルミ製だった。ベトナム鍋も、タイすきの鍋も。ラオスの鍋もそうだった。

 暑い中では、涼しげな金属鍋が似合うかもしれない。前回の冒頭写真のようなタイプが普通だが、こんなのもある。

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 カウボーイハットのつばのように、翼が広がっていて、そこに材料を並べる。肉、レバー、エビ、イカ、それに各種野菜。食べたい材料を、適宜、中に入れていく。ブンなど、ここに乗りきらない材料は別皿で控えている。

 次は、前回のイカネギ鍋で出てきたパーティー銀皿風の鍋が再び登場する。この鍋は材料が相当変わっていて、イモのような甘くないバナナと肉、それにたっぷりの野菜。これらをどろどろの汁に入れて煮る。

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 これが意外にうまかった。絶妙のバランス。汁にはウッチン(ターメリック)が使われている。こうした複雑な味がどこからひねり出されてくるのか。ちょっと想像力が追いつかない。

 しかも、この鍋は、穀物系として、ブンではなく、なんとなんとフランスパンをめいめいの取り皿に入れ、鍋材料をお迎えする。はあ? フランスパン? と思ったが、パンの焼けた部分の味に、鍋の汁のうまみがピタリと寄り添って、うまい。こんな味の組み立て、一体どうやって思いつくのか。

 変わった形の鍋、という意味ではこちらを紹介しないわけにはいかない。タイではムーカタ、ラオスではシンダードと呼ばれている鍋料理。写真はラオス北部。

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 ジンギスカン鍋とよく似た真ん中の盛り上がった部分にラードを乗せて脂を溶かしてから、主に豚肉を焼いて、焼肉として食べる。一方、下の溝の部分にはダシがはられていて、そこにエビや野菜、キノコ、はるさめなどを入れて楽しむ。ダシに味はついているが、ピーナツ味噌、ライム、唐辛子、刻みニンニクなどを足す。

 「首都のビエンチャンでは、10年くらい前から見かけるようになりましたね。上で焼いた肉の肉汁が下に入って、汁がうまくなるみたいです」とラオスの知人。ただし、食べ放題の安い店だと、汁は顆粒コンソメだったりする。

 これが「何でもあり」のこだわりのない欲張り鍋の代表格なら、その正反対の鍋もある。ベトナム中部で遭遇したストイックな鍋。

 鍋はありふれた形だが、中身がすごい。すごい、といっても、材料は2つだけ。地鶏のぶつ切りとゴーヤーの葉。地鶏の強いダシに、ゴーヤーの苦い葉をどかどか入れて、もりもり食べる。

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 ほとんど薬膳の世界とも言うべきストイックな鍋だが、これがまたうまい。当然ながら、苦い。ゴーヤー葉の強烈な苦さが、地鶏の強い旨味に抱きかかえられて、うまい。デトックスになりそうな、そんなありがたい鍋だった。

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 この店は高床式の東屋。地鶏料理の専門店なのだという。

 アジア鍋は、底知れぬバリエーションを見せてくれる。その盛り上がりぶりは、とどまるところを知らない。

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