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2009年03月14日

[第106話 沖縄] 現代によみがえる六諭衍義

 六諭衍義、という古い本がある。「りくゆえんぎ」と読む。近世琉球の傑出した政治家で教育者の程順則が、中国から持ち帰った道徳の本。やがて日本各地にも広まり、江戸時代から明治期の日本の道徳教育に大きな影響を与えた。

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 那覇市久米―。1392年、中国福建省からやってきた人々が住み着いた場所として知られる。当時の琉球王国は明の朝貢貿易の一翼を担っていたが、そのために必要な諸技術や中国語での文書作成ノウハウをもたらしたのがこの「久米三十六姓」と呼ばれる人々だった。彼らは琉球に根付き、一族からは後に琉球王朝の高官を務めるような優れた人材が出た。

 その中でもとりわけ有名なのが、1663年に久米で生まれた程順則。病死した父の跡を継ぎ、弱冠15歳で古波蔵村の村長になった。その後、中国に留学。生涯で計4回にわたって中国に赴き、そこで学んだ新しい知識や技術を琉球に伝えた。

 六諭衍義は明末清初に書かれた書物で、儒教の考え方に基づいて、人のとるべき道を諭している。程順則は、4回目の中国行きの際、かねてから道徳書として優れていると考えていた六諭衍義を福州で自費印刷し、版木ともども琉球に持ち帰って広めた。

 やがて、六諭衍義は、薩摩の島津氏を通じて江戸幕府に献上され、時の将軍徳川吉宗の目に止まる。吉宗はその内容に心を動かされ、儒学者の室鳩巣に和訳させた。六諭衍義は、その後、日本の道徳教育書のロングセラーになり、江戸中期から明治44年に至るまで、数多くの版元から繰り返し出版された。戦前の日本の道徳教育に与えた影響は計り知れない。

 六諭衍義は、次の6つの教えを説く。

(1)孝順父母―父母に孝行し、いいつけを守りなさい
(2)尊敬長上―年上の人を尊敬しなさい
(3)和睦郷里―郷里と和睦しなさい
(4)教訓子弟―子弟を教え導きなさい
(5)各安生理―自分の運命に従いなさい
(6)毋作非為―悪いことをしてはいけない

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 こうした儒教的な教えは、古くさいイメージを持たれるかもしれないが、実際に読んでみると、現代にも通じる含蓄がちゃんとあって興味深い。例えば(5)の「各安生理―おのおの生理に安んぜよ」。表面的には、封建的な身分社会の中で、それぞれの身分の枠組みの中で一生懸命に生きろ、と言っているようだが、その含意はもう少し深いところにありそうだ。

 というのも、今は身分制こそないが、人それぞれの個性や先天的な得意、不得意ははっきりあるし、育つ環境も決して自由に選べない。その意味で、現代人もそれぞれの「運命」を背負っている。そうした己の運命をよく知らなければ自分の可能性を花開かせることはできない。「自分の運命を知る」という言い方は、今ははやらないかもしれないが、自己実現のためには決定的に重要だ。

 儒教的な教えを100%受け入れることは難しいにしても、六諭衍義の教えの中に潜む普遍的な意味が、現代の問題を鋭く突いていると思えるところもある。その意味で、いま六諭衍義を読むことはエキサイティングな体験だ。

 沖縄では「孝順父母」の考え方は、今も広く根づいているといわれる。例えば、小学生からお年寄りまでだれでも知っている「でぃんさぐぬ花」の1番の歌詞は「てぃんさぐの花は爪先に染めて 親の言うことは心に染めなさい」。結婚式の披露宴では、新郎新婦と並んで両親がひな壇に座る。こうした考え方の定着に六諭衍義が一役買った可能性は高い。もっとも、現代のモラルの低下ぶりを嘆くお年寄りは少なくないが。

 久米三十六姓の末裔たちは、「久米崇聖会」という団体に集い、孔子廟と関連施設を管理しながら、久米三十六姓の人々が残した事蹟を研究したり、広めたりする活動をしている。六諭衍義については、現代にも通じる教えを子供たちに伝えたいと、マンガと文章で語る「小中学生のための現代版六諭衍義大義」を発刊した(冒頭と2枚目の写真右)。

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 孔子廟の中心に位置するのが大成殿(上の写真)。一族の人なのか、供え物をたくさん持参して、熱心に祈りを捧げる姿が見られた。

 むろん、久米三十六姓の子孫たちが特に四書五経に通じているというわけではない。「会員の中でも論語を読んでいるような人は残念ながら少ないですね」と話すのは、久米崇聖会事務局長の東恩納正さん。だからこそ、ともに学ぶスタンスで、関連の本を出したり、中国文学専門家を招いて論語の講演会を催したりしているのだろう。

 中国福建省と琉球、日本の地理的な関係は、万鐘本店第22話で紹介した南北逆さ地図の東シナ海拡大図を改めてご覧いただきたい。琉球から福建まで、実にきれいな弧を描いているのがよく分かる。福建と琉球が交流したのは、こうした地理的必然が前提にあったことは間違いなさそうだ。

 孔子廟は那覇市若狭1-25-1、098-868-8598。久米崇聖会のHPはこちら。「小中学生のための現代版六諭衍義大義」は同会で1部630円で販売している。

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