2009年01月

2009年01月31日

[第99話 食] 午前2時に仕込み始めるてびち

 那覇港ターミナルビル向かいの嶺吉食堂。煮つけ定食が名物のこの有名店をなぜあえて取り上げるのか。それは、明日また食べたくなるてびち(豚足)の素晴らしさを伝えたいから、に尽きる。

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 この盛りを見て「量で勝負の店」と勘違いする向きもあるかもしれない。確かに量はたっぷりだが、手間ひまかけてていねいに作られた煮つけの染み入るような味をぜひ堪能していただきたい。

 店の雰囲気は、町の食堂そのもの。飾らない店内は、どこか昭和っぽい味わいがある。煮つけ定食の素朴なたたずまいも、まったく気取りがない。

 登場した煮つけ定食のボリュームとてびちの固まりを初めて目の当たりにした時は、「これは胃薬が必要になるかも」と半ば本気で思った。

 煮つけと言っても、本土で作られる甘辛味の煮つけより薄味で、塩分も少ない。しかしダシはしっかり効いていて、そのうまみが大根や豆腐によく染み込んでいる。沖縄は塩分の摂取量が少ないといわれるが、この煮つけを食べればその理由が分かるはず。「素材のうまみとだしで食べる味」が沖縄料理の真髄であることが実感される。

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 主役のてびち。余分な脂が見事なまでにきれいに抜けている。とろーりフルフルの皮はもちろんだが、赤身の肉がまたうまい。かなり煮込んであるのに、しっとりジューシー。てびちで赤身の部分をこれだけおいしく作るのは簡単ではない。

 てびちをどーんとのせたてびちそばも人気メニュー。そばと同じくらいのボリュームのてびちがのっていて圧倒される。好きな人は、骨を吸って、中心部の髄のところを楽しむ。

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 那覇中心部の港の真ん前という場所柄かもしれないが、客は、作業服姿の人とネクタイ姿の人が半々といった感じで、若い女性もちらほら見える。

 食べている最中はもちろん大いに満足したが、食べ終わって30分ほどしてから、このてびち煮つけの本当のすごさが分かった。

 「あー、食ったー」という満腹感はしっかり持続するのに、決してもたれない。あれほど味くーたーのてびちをたっぷり食べたのに、あきれるほど胃がさわやかで、すっきりしている。「きょう腹いっぱい食べて、なおかつ明日また食べたくなるてびち」というのは、沖縄広しといえども、そうはない。もちろん胃薬など全く不要。

 2007年9月12日付の万鐘本店12話で、食べた後に動けなくなるてんこ盛りのノセノセ400円弁当の話を書いたが、あれの正反対だ。

 てびちはじっくりと時間をかけてていねいに脂を落とし、そのうまみを野菜や豆腐に染み込ませている。聞けば、嶺吉食堂の主人は、昼食用に出す煮つけを、なんと午前2時に仕込み始めるのだという。

 これだけ手間ひまかけて、しかも圧倒的な大盛りで、煮つけ定食もてびちそばも750円。昨年亡くなったニュースキャスターの筑紫哲也さんも通ったらしい。

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 嶺吉食堂は那覇市西1-24-2、098-868-5404。フェリーの発着が多い安謝の那覇新港ではなく、西町の那覇港ターミナルの正面。午前10時から営業し、売り切れじまい。日曜休。

 体調不良で最近までしばらく休業していたが、このほど再開し、ファンをほっとさせた。体をいたわって、少しでも長く続けてほしい店だ。

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2009年01月25日

[第98回 食] 米軍レストランでぷちアメリカ体験

 沖縄の広大な米軍基地の中で、ただ一つ、地元民や観光客が入れる施設がある。北中城村のアワセゴルフ場と併設のメドウズ・レストラン。このレストランは、アメリカ風のレストランではなく、アメリカのレストランそのもの。アドベンチャー気分でぷちアメリカ体験はいかが?

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 米軍基地の敷地内には、ショッピングセンターからボウリング場まで、小さな町にあるような施設はだいたい何でもある。海兵隊で、こうした民生関連施設を一手に運営するのが海兵隊コミュニティサービス(MCCS)。ただ、民生施設とはいってもすべて軍事基地内にあるので、軍関係者以外は立ち入りできない。メドウズ・レストランもMCCSが運営する米軍施設の一つだが、例外的に基地のフェンス外にあるため、だれでも利用できるというわけだ。

 「特に日曜日は日本人の利用客が多いですね」とレストラン事務所のジョン・ライトルさん。訪ねたのは土曜日だったが、アメリカ人の客に混じって、地元のゴルファーらしきグループもテーブルをいくつか囲んでいた。

 「アメリカ風ではなく、アメリカそのもの」というのは、例えば、日中の室内の暗さ。アメリカでは日本のように外光が大量に室内に入る設計は好まれず、日中の室内はかなり暗い。このレストランも薄暗い席が多い。目が慣れてくればどうということはないが、最初はちょっと面食らうかもしれない。ゴルフコースが見える窓際の席は明るいので、日本人客の多くはそちらにすわっている。床がビニルタイルでなくじゅうたん風なのもアメリカ式。

 陽気なアメリカ人は、フレンドリーに人と会話する。このレストランのウエイトレスは沖縄の人だが、みな笑顔で客とよくしゃべる。見ず知らすのウエイトレスとこれほど話が弾むというのも、考えてみれば何ともアメリカ的。日本のレストランではあまり見られない光景だ。

 肝心のメニューはほぼ100パーセント、アメリカ食。サンドイッチ類にはたっぷりとフライドポテトがついてくる。クリスピーなフライドチキンも、食べきれないような量がドカーンと登場する。

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 ハンバーガーは、ファーストフードのそれとは違って、文字通りアメリカ仕様。アメリカのハンバーガーのパテは、牛ひき肉以外は本当に何も入れない牛100%が普通で、ここのもそう。パン粉はおろか玉ねぎさえ入っていない。かつ大きい。ファーストフードのハンバーガーの2倍以上ある。上の写真はブルーチーズのハンバーガー。ブルーチーズはアメリカ人好みの味らしく、サラダにかけるブルーチーズドレッシングは、アメリカの国民的サラダドレッシングの一つだ。

 サンドイッチ類にはカップスープが1ドルでつけられる、とメニューにあったので、頼んでみたら、ドロリとした「食べるスープ」が出てきた。日本でポピュラーなコンソメなどのさらさらスープはアメリカではまずお目にかからない。このメドウズ・レストランで出てくるのも純アメリカ式ぽってりスープ。

 コーヒー、紅茶用の小袋入りの砂糖は、白い袋に入った本物の砂糖と、ピンクまたは青色の袋に入った粉末人工甘味料の2種類が置かれている。要ダイエットの人が日本とは比較にならないほど多いアメリカでは、どのレストランに行ってもこの2つに遭遇する。

 支払いはドルのみだが、ドルを持っていない人は、入口で頼めば両替してくれる。メニューは日本語版が用意されているし、ウエイトレスはみな沖縄の女性なので、言葉の問題は全く起きない。

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 北中城村の国道329号線ライカム交差点を、那覇から沖縄市向けなら右折すると、まもなく左手に、ゴルフ場のクラブハウスに隣接してメドウズ・レストランがある。

 電話で問い合わせする場合は、098-911-511にかけると米軍基地の交換手が出るので、「内線645-4980を」と日本語で言えばつないでくれる。詳しい営業時間などはメドウズ・レストランの公式サイトで(このサイトは英語のみ)。

 現在のアワセゴルフ場は、近く、敷地が日本側に返還されるため、メドウズ・レストランともども、2009年11月に移転の予定。移転先はうるま市のキャンプコートニーの近くになる。ライトルさんによれば、移転後はレストランの名前も変わるだろうという。

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2009年01月19日

[第97話 沖縄、南] モンゴル孤児を支援する沖尚与座部OG

 第93話で紹介したように、沖縄尚学高校の部活動「地域政策研究部」、愛称「与座部」の生徒たちは、広島に、夕張に、アルゼンチンにと活動の場を広げてきた。高校で濃厚に活動して卒業した後、彼らはどんな道をたどるのだろうか。1人の与座部OGを追った。

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 照屋朋子さん。現在、上智大学法科大学院に在籍する照屋さんは、モンゴルの孤児を支援するNGO「ゆいまーるハミングバーズ」の代表だ。

 与座部の生徒たちが、調査研究や公演のため、国内各地や海外まで出かけるきっかけになったのが、9・11テロで沖縄が受けた風評被害だったことは、第93話で述べた。茨城県の高校が沖縄への修学旅行を中止しそうになった時、同部の生徒たちが奔走して「沖縄はふだん通り」というプロモーションビデオを作り、中止撤回を実現した。

 照屋さんはその時の中心メンバー。行動する与座部、の伝統を作り出した1人だった。

 照屋さんは、沖尚高校を卒業後、上京して早稲田大学法学部に進学。上智大学法科大学院に進み、法律の専門家として発展途上国の支援にかかわっていくことを目指している。

 ゆいまーるハミングバーズは、モンゴルのマンホールの中で暮らす親のない子供たちの窮状に心を傷めた照屋さんが2007年に東京で創設。孤児施設を出ていかざるをえない年齢に達した子供たちに大学進学のための奨学金を送ることを活動の中心に据えている。

 奨学金を送るだけでなく、孤児や貧困家庭のお母さんたちの経済活動を支えるデザインプロダクツ事業も企画した。彼らが自分たちで稼げるようにならなくては自立はありえない、と考えたからだ。この事業は代表の照屋さんとともに、梅野愛子さん、古里麻衣さんが担当している。

 ゆいまーるハミングバーズは昨年の夏、NPOイノベーショングラントという企画コンペで、他の2団体とともに優勝。活動資金を得るとともに、企業とのマッチングで、インテリア製品や小物を販売している日本企業と組むことになった。

 デザインプロダクツ事業の構想では、モンゴルの伝統衣装デールに使われる絹の生地を活用して、デザイン性の高い小物などをモンゴル側が製作し、パートナー企業に自社の日本のインテリアショップで販売してもらう。孤児施設の経済活動を軌道に乗せ、文字通り自立できる財務基盤を築くのを支援しよう、というアイデアだ。

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 だが、現実は厳しかった。モンゴルの自立支援施設で現在作られている小物のクオリティでは、その企業のインテリアショップには置けない、と言われてしまったのだ。置けない、というのは「売れない」と企業側が見ているから。日本市場が求める品質水準は想像以上に高かった。

 もう一つ、問題がある。モンゴル側の今の体制では、商品を安定的に生産できないこと。貧困家庭のお母さんや孤児院の女子生徒たちが時間を見つけては細々と小物などを作っている状態なので、日本企業の需要を満たすような生産体制にはまだ遠い。

 パートナー企業のギャラリーで開いた写真展の際には、モンゴル製の小物を置くことが認められた。商品としての力はまだないからお店には置けないけれども、チャリティーの場でならばいいでしょう、というわけだ。パートナー企業の経営者は照屋さんらの活動をよく理解してくれているので、先々、品質が一定の水準に達し、安定生産ができるようになれば、商品としての販売のチャンスを与えてくれるかもしれない。

 クリアしなければならないハードルはたくさんあるが、道が閉ざされているわけではない。早速、途上国産品のマーケティングに詳しい人に話を聞くなど、スタッフは現状打開の道を探っている。

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 昨年11月には、全国の他のモンゴル孤児支援NGOの仲間たちとともに、孤児施設の子供たちによるモンゴル伝統音楽のコンサートツアーを開催。子供たちは手作りの民族衣装に身を包み、日頃の猛練習の成果をふんだんに発揮して、聴衆を大いにうならせた。子供の演奏とは思えないハイレベルの演奏と子供らしい愛らしさに、各地で感動の渦が巻き起こった。

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 学業に、モンゴル支援のNGO活動に、照屋さんは忙しい。行動する国際派高校生が集う沖尚与座部は、卒業後、ひとまわり大きな世界にはばたく人材を輩出しつつある。

 ゆいまーるハミングバーズのHPはこちら。

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2009年01月13日

[第96話 食、農] セーイカ漁、ピークへ

 前回に続き、海の幸の話題を。ことしのセーイカの水揚げがいよいよ増えてきた。あの、ねっとりしたうま味の固まりは、数ある沖縄の冬の味覚の中でもかなり上位にランクされるだろう。

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 セーイカは沖縄の言い方で、標準語はソデイカ。体長は1メートル前後、10kgほどになる巨大なイカだ。沖縄で水揚げされる水産物のトップはマグロ類だが、その次がこのセーイカ。その9割は本土に出荷され、料亭などに回るという。既に沖縄の特産品といってよい。写真は糸満市のキンシロ鮮魚。

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 「セーイカは昔から獲ってはいたんですが、今のように本格的な漁が始まったのは10年ほど前のことなんですよ」と話すのは沖縄市漁協の池田博組合長。

 池田さんの話では、セーイカはそれまでも獲られていたが、北陸地方の漁法が沖縄に伝えられ、漁が本格化し、漁獲量が急速に増えていった。セーイカはその北陸など本土各地でも上がるが、サイズが沖縄の海で上がるものよりだいぶ小さいという。セーイカがどこで育ってどこに移動していくのか、そうした生態はまだナゾの部分が多いとのこと。

 セーイカは水深450m前後の海に生息している。釣る際には疑似餌でおびきよせる。いったん食いついたら自動リールで上げればいい。格闘したり、餌だけもっていかれるようなことはあまりなく、比較的手堅い漁だという。ただ、沖縄本島から70―80km離れた海での漁になるので、一度漁に出たら1週間くらいは出っぱなし。その間に海が荒れると大変だ。12月、1月は大東島近海で釣っている船が多い。

 釣り上げたセーイカは船上で頭と足、いわゆるゲソの部分をはずして氷詰めにして鮮度を保つ。ゲソはゲソで商品になるが、本体ほどの価格にはならないので、本体とは別の袋に分けて保存する。

 その本体部分は仲卸業者の手で解体される。糸満市のキンシロ鮮魚で、解体作業を見た。厚い身を手際よく切り、皮をていねいにむいて、いわゆるサクの状態にしていく。身の厚さは3cm前後だが、中には4cm近いものも。「水揚げは1月末から2月頃がピークです」と作業していた比嘉靖さんが解説してくれた。

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 セーイカの食べ方は、やはり刺身で。生姜醤油をつけて食す。あまり厚く切るよりは、3mmほどの厚さに切った方が口当たりがよい。口の中をイカ味でいっぱいにしたい向きは、2、3枚まとめて口に入れるとよい。歯にまとわりつくようなねっとり感の中からうまみが立ち上がり、それが口いっぱいに広がっていく。加熱する料理もあるが、加熱すればねっとり感はどうしても失われる。

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 冷凍してもほとんど味は落ちないので、サクのまま冷凍保存しておくと重宝する。冬場はどこの鮮魚店やスーパーでも置いているが、那覇漁港の泊いゆまちや、沖縄市漁協隣の直営店パヤオなどに行けば、サク状にカットされたものが冷凍でストックされている。1本が4、5人分で600―700円といったところ。

 泊いゆまちは那覇市港1-1、098-868-1096。パヤオは沖縄市泡瀬1-11-34、098-938-5811。

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2009年01月07日

[第95話 農] サンゴの海で育てるアーラミーバイ

 沖縄の高級魚といえばミーバイ。中でもアーラミーバイは刺身や鍋料理用の高級食材だ。

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 ミーバイの和名はハタ、英名はグルーパー。アーラミーバイの和名はヤイトハタ。九州でアラの異名を持つクエとは別の魚だが、同じマハタの仲間で食味もよく似ている。

 アーラミーバイは、沖縄では主に刺身や味噌仕立ての魚汁で食されてきた。もちろん最高級の白身魚として。最近は、冬場の鍋料理も盛ん。コラーゲンたっぷりのふるふるの皮と油ののった濃厚な身の味は、まさにアーラミーバイならではの醍醐味といえる。

 ミーバイは温暖な南の海にいて、中国南部や東南アジアでも高級魚として珍重されている。中でもアーラミーバイは大型魚として知られ、大きいものでは100kg近くまで成長するらしい。去年の5月にも南大東島で72.6kgのアーラミーバイが上がったとのニュースが流れた。

 ただ、天然モノは、安定した漁獲が期待できず、それだけではとても供給が追いつかない。値も相当はる。普通の人の口に入るようにするには養殖で育てるしかない。

 沖縄では、県内外の需要に応えようと、八重山や伊平屋島を中心にアーラミーバイが養殖されている。沖縄本島にもアーラミーバイの養殖場があると聞いて訪ねた。

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 ところは沖縄本島中部東海岸の宮城島。この島でアーラミーバイの養殖を手がけているのが、同島出身の久米清一社長率いる久米水産だ。清一さんの弟で、現役漁師の清吉さん親子が現場の管理を担当している。

 清一さんの父は宮城島でウミンチュー、つまり漁師をしていた。清吉さんがそれを継ぎ、清一さんは那覇に出て建設関係の仕事についた。建設需要の伸びが思わしくない中で、清一さんは新分野を開拓しようと考え、4年前、清吉さんとともにふるさとでアーラミーバイの養殖を始めた。

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 宮城島の池味漁港から船に乗り、サンゴ礁のエメラルドグリーンの海を北上すること10分、隣りの伊計島の伊計ビーチ沖に、養殖場はあった。目の前に伊計ビーチが見えている。

 水深約20mの海に、木を組んだ枠を浮かべ、そこに5m×5m×5mほどの網を固定。中をのぞくと、黒々とした魚影が盛んに動いている。水中をのぞくためのガラス底の筒でいけすの中を見たら、青い海の中にアーラミーバイがたくさん見えた。動きが早い。

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 アーラミーバイの稚魚は本島北部、本部町にある沖縄県栽培漁業センターが供給。稚魚が2、3kgの出荷体重になるまでには2年ほどかかる。その間は生育管理ももちろん大変だが「台風で海が荒れて、いけすが壊されることがあるのが大きな問題です」と清吉さんが海面養殖の苦労を語る。台風時には、暴れる木の枠から網をとりはずし、海に沈めて稚魚を守るそうだ。

 一昨年は稚魚を1万尾、昨年は3万尾入れた。「10万尾くらいまで増やしたいですね」と清一さん。今は主に沖縄県内の割烹に出しているが、生産量が増えたら本土にも出したいと考えている。

 久米水産株式会社は那覇市小禄2-6-11、098-859-0389。

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2009年01月01日

[第94話 食、農] 沖縄産の米で作る泡盛

 謹賀新年。ことしの万鐘本店は、沖縄産の米で作られた泡盛、で幕を開ける。

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 沖縄産の米の泡盛―。特に珍しいことではないように聞こえるかもしれないが、泡盛は、タイ産のインディカ米で作られるもの。沖縄産のジャポニカ米で作られた泡盛というのは、つい最近まで存在しなかった。

 瑞穂酒造作の、その名も「島米」。どこまでも透明なデザインは、2008年の日本デザインコミッティー企画展「デザイン物産展ニッポン」の出品作品に選ばれた。

 「島米」の話に入る前に、ちょっとだけ泡盛のおさらいを。泡盛は焼酎の仲間で、いずれも麹(こうじ)で発酵させたもろみを蒸留して作るのだが、そのもろみの中身が泡盛と焼酎とでは大きく違う。

 焼酎は、米や麦に麹菌を繁殖させて作る「麹(こうじ)」に、水のほか、イモやソバなどを加えて発酵させたもろみを蒸留して作る。この原料の風味で「イモ焼酎」になったり「ソバ焼酎」になったりする。

 これに対して泡盛は、米麹に水を加えるだけでもろみを仕込む。イモもソバも、何も入れない。米麹と水のみ。「全麹(ぜんこうじ)仕込み」と呼ばれるのはそのためだ。当然、もろみの中の麹の率は高くなる。全麹ゆえの酵素の強い働きがあるから熟成古酒になるとも言われる(下の写真は瑞穂酒造の古酒がめ)。そして全麹だからこそ、泡盛の風味は麹にする米の種類に大きく左右される。米の果たす役割はものすごく大きい。

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 琉球王国時代の15世紀初めにシャム(現在のタイ)から伝わった蒸留酒が泡盛の原点と言われる。それ以後の400年間、泡盛の原料にどんな米が使われてきたか、詳細は分からないが、少なくとも大正時代以降の泡盛はタイ米を輸入して製造されてきた。

 こうした長年の慣習を変えたのが、今回の瑞穂酒造の「島米」。開発担当の村田亮さんによると、従来と違う風味の泡盛を作ろうという模索の中で、米の種類をタイのインディカ米から沖縄産のジャポニカ米に変えてみた。米が大きく変わったおかげで、泡盛らしさを残しつつも、風味のかなり違ったものができた。一言で言えば、まろやかで上品な甘味が特徴だ。

 この取り組み、瑞穂酒造単独の企画ではない。沖縄県内の販売を主に担うコープおきなわ、全国販売を担当する沖縄県物産公社、デザインを受け持つthink-ofに瑞穂酒造を加えた四者でブランド構築チームを設け、商品を開発していった。昨年からは南島酒販も加わり、全国販売がさらに強化されつつある。

 ジャポニカ米はいろいろな品種の米を試した結果、沖縄本島の金武町伊芸地区で生産されている「ちゅらひかり」を使うことになった(下の写真)。沖縄産の米は、タイ米の4倍の価格。その結果、製品の島米も720mlで2480円に。古酒でない新酒泡盛としてはかなり高い。

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 生産農家に米を安くしてもらおうとはあえてしなかった。「だれかが笑ってだれかが泣くのではなく、みんながウインウインになる(勝者になる)ようにと考えました」と村田さん。

 その根底には、米が普通の価格で売れなければ米の作付け面積は増えない、という冷静な認識があった。沖縄産の米で作る泡盛の生産量が増えてくると、現在の沖縄の米の生産量では足りなくなるかもしれないのだ。

 さらに大きな話がある。

 開発の過程では、ちゅらひかり以外の品種の米でもいろいろ実験した。その結果、味や香りのバリエーションの非常に大きい、さまざまな泡盛が出来たという。消費者の受け入れ状態を見ながらではあるが、個性あふれる多様な泡盛を商品化できたら、という夢をチームは抱く。例えば現在のマイルドな「島米」とは正反対の、クセの強い泡盛。これも実験レベルでは既にできることが分かっている。

 問題は原料米だ。沖縄産の米は全県で年3000トンしかない。そのほとんどはひとめぼれかちゅらひかり。それ以外の米で泡盛を作ろうとしても肝心の米が作られていない。つまり、この夢を実現するには、米作りの段取りから始めなければならない。村田さんは「かなりのロングスパンで考えています」と話す。

 通常の商品企画の枠を超えたスケールの大きな構想といえそうだ。

 沖縄産の米を使う際に、製造技術の面で一番大きな問題になったのは、麹を作る際の蒸し工程。ジャポニカ米はタイ米に比べて粘りが強いため、蒸し器にくっついてしまうのだ。かつても、ジャポニカ米で泡盛を作ろうと試みた人はいたが、いずれもこの問題がクリアできず、あきらめていたらしい。

 村田さんらは、硬質なタイ米よりも蒸す時間を短くするなどして、ジャポニカ米の最適の蒸し時間、蒸し加減を見い出していき、最終的にべたつきの問題を解決した。その結果、丸くて大きな「立派な麹」(村田さん)ができた。

 沖縄産の米を使った泡盛製造の試みは、もう1カ所、崎山酒造廠も手がけている。こちらは2008年が初生産。崎山酒造廠は、ちゅらひかりが栽培されている金武町伊芸にある。まさに地産地消を地でいく取り組みといえる。

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 商品名は米の品種名ちゅらひかりからそのままとって「美らひかり」とした。淡いピンク色のスリムなびんに入っている。

 崎山酒造廠の美らひかりは酵母に日本酒の吟醸酒用の吟香酵母を使用している。そのためか、吟醸香とまではいえないが、ふわっと華やかな香りが立つ。こちらは25度で500ml入り2480円。

 「島米」は沖縄県内ではコープおきなわの各店舗、全国では、沖縄県物産公社が展開する「わしたショップ」で買える。わしたショップはオンラインショップもある。「美らひかり」は琉球ジャスコ各店舗で販売中。「島米」の開発秘話は島米ブログに詳しい。

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