2010年03月

2010年03月29日

[第162話 食、南] 風で麺を締める

 第45話で紹介した沖縄そばづくりについて再び。今回は、製造工程の写真を中心にみてみよう。沖縄そばは生麺のまま流通しているのではなく「ゆで麺」で売られているが、それでもかなりのコシがある。ゆでて時間が経っても「のびない」のは、なぜだろうか。

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 沖縄県内では、沖縄そばの生麺は売られていない。少なくとも沖縄県民が普通に買い物をする小売店やスーパーにはない。沖縄そばは必ずゆで麺で売られている。名うての沖縄そば専門店も、ほぼ例外なくゆで麺を使う。

 東京のスーパーでも、うどんや中華麺のゆで麺が売られているが、コシ、歯ごたえという意味では、やはり生麺のゆでたてには一歩ひけをとる。これと対照的に、ゆでてだいぶ時間が経った沖縄そばのゆで麺には立派なコシがある。どうしたらあの独特のコシが持続するのだろうか。

 沖縄そばの製造工程を、豊見城市の亀浜製麺所で見せてもらった。こねた生地をのして細く切る。こね方、のし方も出来上がりのコシの強さに大きな影響を与えるが、今回はそこの話はパスして、ゆでた後、どうするかに焦点を絞ろう。

 亀浜製麺所では、鍋から引き上げた麺を作業台にさーっと広げて、扇風機の強風を当てながら、手早く植物油をふりかける。風であら熱をとりながら、同時に、油が全体に均一に回るように、麺をほぐしていく。ひたすら素早く、手早く。まさに職人芸というべき手作業だ。

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 ほぐされ、あら熱がとれた麺は、機械にかけられた形で、さらに扇風機の風にさらされ、完全に冷やされる。冷却は風で。そうめんを冷やすように水にさらすことはしない。このようにして作られた沖縄そばは、ゆでた後の処理で形成されたコシが4、5日は持続する。

 主役は風だ。風で冷やしながら、蒸気をどんどん飛ばしていくことで、水気を切る。この過程で麺が締まっていき、コシが出る。油は、ほぐしている間に麺同士がくっつかないようにするため。一定の水分を飛ばした後は、逆に麺の水分を守って、表面が乾かないようにする。

 こうしてゆでた後に脱水冷却処理された沖縄そばは、時間が経過するにつれて熟成が進み、ゆでたてのコシとは微妙に違う独特の噛み応えが出てくる。第45話で「ポクポクした感じ」と説明したが、まさにこれこそが沖縄そばにしかない独特の食感なのだ。

 話は変わる。汁麺の麺にはコシが必須と考えている人が日本には多いかもしれないが、コシのない汁麺もいろいろある。その多くは、沖縄そばと同じく、ゆで麺。

 例えばベトナム北部でよく食べられるフォー(写真上)は、ひらひらした米の麺で、コシらしきものは全く感じられないが、うまい。同じくベトナムでフォーよりもポピュラーな存在であるブン(写真下)も、米麺のゆで麺で、コシらしいコシはないが、いろいろな汁に入れるとやはりおいしい。

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 そもそも麺にしてコシが出るのは小麦のグルテンがあるから。米粉にはそういう成分はほとんどないから、コシは初めから期待できない。しかし、フォーやブンを食べていてつくづく思うのは、麺の厚さや幅、舌ざわり、水分の含有量といったコシ以外の要素が全体の食感に大きな影響を与えているということ。米麺では、コシがほとんどなくても、十分おいしく感じられる。

 日本では米の消費拡大のために米粉の活用が叫ばれているが、米麺でコシを出そうとするのはあまり意味がなさそうだ。それよりも、コシ以外の要素を研究し尽くして、汁によく合う米粉の麺を作り出そうとする方が前向きというもの。先輩格のおいしい米粉の汁麺は、インドシナ各国やタイに山ほどある。

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2010年03月21日

[第161話 農、南] 稲の品種改良に注ぐ情熱

 沖縄本島の稲作地域と言えば金武町だが、名護市喜瀬にも田んぼがある。喜瀬の水田地域を回っていたら、小さな苗が植えられていた。沖縄本島では非常に珍しい稲作専業農家、比嘉菊敏さんの田んぼだった。比嘉さんは新しい品種を自ら作っている。

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 比嘉さんの田んぼに植えられていた小さな苗は黒米。定植は10日ほど前のことで、まだ本当に小さな苗だが、よく見ると、紫色の色素を帯びている部分が葉のところどころにある。黒米のアントシアニンの紫色は、子実だけではなく、葉にも現われるらしい。

 第44話で書いたように、沖縄の稲作は八重山や伊平屋などの離島地域が中心で、沖縄本島では既に稲作自体が珍しいものになってしまった。わずかに残された金武町でも、その多くは自給用。

 専業農家の比嘉さんは、当然ながら米を出荷している。黒米だけでなく、普通の白いうるち米も作る。田んぼではターンムも作っているから、正確には、稲作専業農家ではなく、「田んぼ専業農家」というべきだろう。

 ことし比嘉さんは、新しい稲の苗を定植する予定だ。黒米の一種だが、うるち米ともかけ合わせたオリジナル品種。10年がかりで種を選抜し続け、ことしは500坪ほど定植できそうという。

 その苗床を見せてもらった。「モミを割らないと玄米の色が分からないので、すべてモミを割って、玄米を選抜します。だから、この苗はすべて玄米から発芽させたものなんですよ」。播種はモミをまくのが普通なので、玄米から作られた苗の話にはびっくりした。

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 こうした品種改良を自分でやる農家は、沖縄に限らず、現在は非常に少ない。しかし、洋の東西を問わず、農業が始まったとされる2万年前から、品種を絶えず改良してきたのは常に農家だったのだ。

 いま、品種改良は、農家の手から完全に離れている。品種改良を一手に引き受けているのは、米などの穀類なら農業試験場の技官、野菜類ならば民間の種会社。いずれも「育種の専門家」だ。

 だが、目を海外に転じると、農家が品種改良を手がけるケースはまだある。そのほとんどは、開発途上国の、それも交通の不便な地域。そういう地域社会に関する文化人類学者らの報告書を読むと、農家による品種改良の話が時々顔を出す。

 例えば、ペルーのリマにある国際イモセンターが出したある報告書によると、ネパールのある村では、女性の品種改良農家がいて、13種類のサツマイモの品種を改良し続けている。この品種は実が固いけど日持ちがいいので出荷用、この品種は見栄えは悪いが甘みが強いので自家用、この品種は水不足に強いので干ばつ対策用、この品種は甘みは今ひとつだが皮色がきれいなのでやはり出荷用、といった具合だ。その管理ぶりは、あきれるほど細かい。

 品種改良は、無名の篤農家の手によって、文書の記録が残されるはるか以前から行われていた。例えば、第142話でも触れたが、中尾佐助の名著「栽培植物と農耕の起源」によると、バナナが現在のように種なしになったのは約5000年前に今のインドネシアあたりで品種改良が行われたから、と推測されるらしい。

 いったいどんな農民がバナナを種なしにしたのだろうか。たまたま突然変異で種がなくなったバナナを見つけ、その理由を考え、そうする方法を考え考え・・・。いくつもの偶然、幸運、不運が重なり、長い時間がかかったに違いない。その間に登場する篤農家も、たくさん選手交代したことだろう。

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 二酸化炭素や騒音などを全く出さないゼロエミッションの電気自動車。日産自動車がその開発につぎ込んだ研究開発費は5000億円以上、と言われる。カルロス・ゴーン最高経営責任者がそれを明らかにしたのは昨年の東京モーターショーだった。

 比嘉さんやネパールの女性のような名も無き篤農家と、世界規模の巨大企業では、注がれる資金のケタはもちろん全く違う。だが、技術革新に注ぐ情熱は、農業、工業を問わず、今も昔も変わらない。

 もう一つの大きな違いは、育種の専門家や大企業による研究開発は大量生産のための研究開発であること。これに対して、農家による研究開発は、もっと細かく、多様だ。ネパール女性のサツマイモの例がそれを物語る。

 これからの消費者の多様なニーズに応えることができるのは、案外、こうした農家による研究開発になってくるかもしれない。

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2010年03月14日

[第160話 食、南] コリアンダーたっぷりのペルー料理

 生コリアンダーの葉をふんだんに使う南米ペルー家庭料理の店「ティティカカ」をご紹介。経営するのは、ペルー生まれの比嘉ルイスさん、マリーさん夫妻。ふるさとペルーの家庭の味を、両親の故郷沖縄で提供している。

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 沖縄移民は、ブラジルをはじめ、南米各地にたくさんいる。ブラジル移民帰国者が作るおやつの話は第47話で紹介した。ペルーも沖縄出身者とその子弟が多い。現在、ペルーに10万人いる日系人の7割は沖縄系。沖縄からペルーへの移住の歴史は古く、2006年には首都リマで「県人ペルー移住100周年記念式典」が盛大に開かれた。

 ルイスさん、マリーさんの店ティティカカは、国際色豊かな沖縄市の一角にある。土日ともなれば、ペルー出身で沖縄在住の仲間がつどい、ふるさとの味に舌つづみを打つ。飾り気のない素朴な店内には、ペルーの人気歌手のビデオが流れ、ペルー直輸入の食材が並ぶ。

 冒頭の写真が、アロス・コン・ポヨ、つまり鶏のせごはん。炭火焼きの鶏肉が、緑色のごはんの上に乗っている。この緑色が生コリアンダーの葉。さわやかな香りとかすかな苦みが特徴だ。このごはんは、生コリアンダーの葉と鶏肉、玉ネギ、ニンニクがたっぷり入った炊き込みごはん。結婚式などにもよく出るメニューという。

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 アロス・コン・ポヨのポヨ、つまり炭火焼の鶏が、実は、ティティカカの一番人気メニューらしい。25種類のスパイスを入れた漬け汁に前日から漬け込み、味をしみ込ませて、炭火でじっくりと焼く。パサつきがちなフライドチキンと違い、しっとりジューシー。炭火焼きの香りがたまらない。

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 こちらはセビッチェ・ペスカード、つまり魚のマリネ。白身の生魚にタマネギ、ニンニク、セロリといった芳香を放つ野菜類と生コリアンダーを混ぜ、レモン汁を注いで漬け込んだもの。香味野菜群が、独特の強いインパクトを醸し出す。

 コハダやママカリのような魚の酢漬けが好きで、かつ、ネギ、ニンニクに目がないという人には最高だろう。ただし、ティティカカでは、セビッチェは土日限定メニュー。

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 最後にエストファド・デ・カルネとフリフォーレス。エストファド・デ・カルネは牛肉のシチュー。ごらんのように緑色をしているのは、そう、生コリアンダーがたっぷり入るから。トマト仕立てのビーフシチューよりも全体にさわやかな感じになっているのは、やはり生コリアンダーのせいだろう。

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 牛肉の相方を務めるフリフォーレスはマメ。マメの煮込みは、ペルーに限らず、中南米で広く食べられる。形が崩れるくらいコトコト煮込んだ豆と、炊いた白いごはんの組み合わせが多い。

 国や地域によって使われる豆に違いがある。小豆のようなフリフォーレスも見かけるが、ペルーでは、この白いカナリオ豆が使われるという。よく煮ると、金時豆を煮た時のように粘りが出る。

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 目に鮮やかな紫色の飲み物は、チチャ・モラーダ。紫色のトウモロコシをゆでて色素を煮出し、レモンと砂糖などを加えたもの。赤ワインのような色合いだが、体によいポリフェノールはそのワインよりもずっと多く含まれているらしい。ちなみに、チチャは、同じトウモロコシを発酵させた地酒だが、チチャ・モラーダは発酵過程はない。アルコール分を全く含まないソフトドリンク。

 ルイスさんの両親は本部町、マリーさんの両親は那覇市の出身。二人はリマで育った。日本に来て、初めは川崎市で働いていたが、3人の子供たちがいずれも日本の大学を無事卒業。子育てが一段落したのを機に、昨年、両親のふるさと沖縄でティティカカを開いた。

 ティティカカは沖縄市中央1-23-16、090-1344-3688、火曜定休。

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2010年03月07日

[第159話 農、食] 岐路に立つ沖縄のサトウキビ

 製糖期である。製糖工場の近くに住んでいると、朝から晩まで、サトウキビの絞り汁を煮詰める香りが漂う。のんびりした風情だが、沖縄の製糖の舞台裏は、牧歌的な状態とは正反対の厳しい状況に追いつめられている(写真は、製糖工場ではなく、伝統的な釜炊きによる黒砂糖づくり)。

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 ざわわ、ざわわ。サトウキビの揺れる穂は、沖縄を象徴する農村風景。収穫は年末から3月にかけてで、刈り取りが始まると、道端に束ねて置かれたサトウキビを、専用のクレーン車が、かさ上げされた10トンダンプに積み込む風景が農村部のあちこちで見られる。

 写真はサトウキビを収穫するハーベスター。ただ、大東島などを除き、これが活躍している場所はあまりなく、昔ながらの手刈りが多い。沖縄のサトウキビの栽培面積は小さいので、ハーベスターをレンタルで入れると利益が得られないことが多いからだ。

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 このご時世に、ほとんど付加価値のつかない作物を手刈りして引き合うのだろうか。そもそも、鮮度が全く問題にならない砂糖のようなもので、労賃が何分の一のアジアやアフリカの発展途上国と競争して、勝てるのだろうか。

 実は、沖縄の製糖は、政府による二重の保護制度の中で成り立っている。一つはサトウキビの農家からの買い上げ価格補填。市場価格の約2倍の値で買い上げ、差額を政府が出す。いま一つは、沖縄の製糖工場の最終製品である原料糖の販売価格補填。原料糖には、市場価格の約3倍が支払われる。サトウキビの買い上げと同様に、市場価格より高い分は政府が出している。

 政府はこれまで、輸入砂糖の輸入関税を財源とし、いわばゲタをはかせる形で、沖縄の製糖業を支えてきた。しかし今後の世界貿易機関(WTO)の協議で砂糖が保護対象からもしはずされれば、こうした輸入関税をかけられなくなり、沖縄の製糖を支えてきた制度は財源を失う。もし制度支援なしで現実の経済競争のただ中に放り込まれたら、沖縄の精糖業はただちに崩壊しかねない。

 しかし、サトウキビという作物は、農業生産の立場から見たら、とても魅力的。イネ科で直根が深く土に入っていき、土の通気性を大いに高めてくれる。葉や茎の表面には酵母などの有益な微生物がたくさんついていて、土の生物性改善にも大きく貢献する。要するに土づくりに非常に役立つ作物なのだ。だから、サトウキビと他の作物の輪作など、応用がいろいろできる。台風に強いのも魅力。

 とはいえ、現実の経済競争の中で勝ち目がなければ、いくら土づくりに役立つなどといっても、どうにもならない。本当に勝ち目はないのだろうか。

 うるま市で製糖工場に長年勤務し、サトウキビ農家を相手に技術指導を続けてきた金城静光さんは、保護制度に依存するだけでなく、農家の自助努力で収量を上げることも重要、と説く。10アールあたり約6トンが現在の平均収量だが、これを2倍にすることは技術的に十分できる。同じ面積の畑から穫れるサトウキビが2倍になれば、畑を2倍にしたのと同じこと。投入資材や労力から考えて、畑の面積を広げるよりは、収量を上げる方がはるかに効率がいい。

 最終製品である砂糖をもっと付加価値の高いものにするというのも一つの方向だろう。例えば、精製を重ねた真っ白な砂糖より、サトウキビの絞り汁を煮詰めただけのミネラルたっぷりの純黒糖の方が栄養価が高く、ヘルシー志向の時代には需要の高まりが期待される。

 沖縄では黒糖をおやつ代わりによく食べる(下の写真)が、このようにして直接消費される砂糖の量はそれほど多くはないし、県内の純黒糖生産は既にだぶつき気味。やはり菓子製造などに使ってもらわないと、量がはけない。

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 有機砂糖はどうだろうか。これは一般市場、業務用市場の両方が期待できる。業務用について言えば、有機食品市場全体で見たら、砂糖を使う食品は山ほどあるはずだ。世界市場を見回してみると、ヨーロッパなどで有機砂糖の需要が伸びている。写真は南米で見かけた有機砂糖。ヨーロッパに輸出しているという。

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 もちろん、沖縄の今の製糖工場は有機砂糖を製造する目的で作られているわけではないので、有機砂糖を作ろうとすれば、プラントの改造は避けて通れない。しかし、中国南部や東南アジアなど、経済成長著しい地域の有機砂糖市場がこれから徐々に拡大していく可能性を考えると、有機砂糖は、沖縄の製糖生き残り戦略の一つの中核になるようにも思える。

 さらに、有機砂糖で終わらせずに、有機砂糖を使った多様な有機食品を作るところまで産業が展開できたら、沖縄の農業、食品製造業は「山椒は小粒でピリリと」の存在になれるかもしれない。

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