2011年02月

2011年02月27日

「金来火帰」で歌三線を出張指導

沖縄を創る人 第9回
 三味線製作所代表・三線教室主宰 金城盛長さん(上)


 三線を弾きながら沖縄民謡を歌って楽しむ人が全国的に増えている。全国を飛び回って「歌三線(うたさんしん)」を指導している金城盛長さんに話を聞いた。

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 金城さんは、めっぽう忙しい。本土の三線教室での出張指導が定期的に入っているからだ。例えば、ことし1月の動きなこんな調子だった。

 1/ 7(金)名古屋で指導
 1/ 8(土)鎌倉で指導
 1/ 9(日)鎌倉で指導
 1/10(月)鎌倉で指導
 1/11(火)沖縄に戻る

 1/14(金)大阪で指導
 1/15(土)仙台で指導
 1/16(日)沖縄に戻る

 1/21(金)東京で指導
 1/22(土)藤沢で指導
 1/23(日)札幌で指導
 1/24(月)沖縄に戻る

 国会議員の忙しさを表現するのに「金帰火来」という言葉がある。週末に選挙区に帰って週明けに東京に来ることを毎週繰り返す、という意味だが、金城さんの日程はこれに似ている。ほぼ毎週、金曜発で全国各地に指導に出かけ、週明けに沖縄に帰ることを繰り返すから、議員とは逆の「金来火帰」。一時の三線ブームは落ち着いたと言われているが、少なくとも金城さんの多忙ぶりを見る限り、そういう話でもないような気がしてくる。

 金城さんはいま、沖縄の1教室を含めて、全国に教室を6つ抱えている。

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 京都出身のある女性が、沖縄にいた時に金城さんに三線を習い、京都に戻った後、「通信教育で教えてほしい」と言われたのが本土在住者への三線指導のきっかけ。この女性が演奏をカセットに吹き込んで沖縄に送り、それを金城さんが聞いて電話で指導する「通信教育」だった。次いで金沢に住む人にも同様に2年間、通信教育をした。

 「カセットを聞けば、音の出し方に問題があることがすぐ分かるんですよ。三線に関心を持っている人が目の前にいて、しかも、おかしな演奏の仕方をしていると分かれば、放っておけないじゃないですか」

 旅好きの金城さんは、「温泉があって、酒がおいしい」金沢に、気分転換に出かけ、初めてその人に会った。当初は金沢旅行を時々楽しむついでに三線を指導するくらいのつもりだったが、三線指導を希望する沖縄出身者や大学生が金沢にいたこともあり、そうした人々を母体に、やがて教室に発展していった。

 金城さんの「本業」は父の代からの三線製作。もちろん今も三線を作り続けている。県内の客が中心だが、本土からの注文も増えた。ある時、鎌倉の三線サークルから5、6丁のまとまった注文が入ったので、納品の際に弾き方を指導した。

 「おかしなクセがついていたので、それを直してあげたんです」

 夜の飲み会の席で、金城さんが即席ライブをやったところ、ぜひ教えに来てほしい、という話になり、鎌倉教室が始まった。

 金沢教室の教え子の1人が仙台に転居したことがきっかけで、やがて仙台教室が始まった。大阪の教え子の1人が札幌に転勤し、それと前後して札幌の別の人から三線の注文が入って、これが札幌教室になった。というような具合で、いもづる式に三線教室が広がっていった。

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 金曜に出かけると、ほぼ毎日、7、8時間は歌いっぱなし。一つの場所で、普通クラスのほかに初級クラスや中級クラスがあり、それらが終わると、夜は何人かの個人指導が待っている。

 「火曜日だけは一切歌わないようにして、のどを休めています」と金城さん。もちろん、地元沖縄でも三線教室を持ち、県内の専門学校の作業療法学科でも歌三線を教えているから、火曜日以外はほぼ連日、民謡を歌い続けていることになる。それにしても、この腰の軽さは尋常ではない。なぜ?

 「若い頃は、旅行業志望だったんです」


 続きは3/6(日)に。


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2011年02月20日

受話器の向こうに伝わる温かみ

沖縄を創る人 第8回
 SGシステム沖縄コンタクトセンター主任 野原真弓さん(下)


 説明している内容が顧客にどうしても理解してもらえないことがある。若いオペレーターの中には「何度話しても伝わらない」と弱音を吐いたり、「もっと詳しい担当者に代わって」と言われて落ち込む人もいる。そんな時、野原真弓さんは、同じ言葉を繰り返すのではなく言い方を変えてみて、と助言している。

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 「ダブルクリック、ではなく、マウスの右側のボタンを、2回、カチカチと押していただけますか、という感じですね」

 質問の数で言えば、アプリケーションの使い方に関する初歩的な質問の方が多いというが、一方で、システムに詳しい顧客もいる。そんなテクニカルな質問にも回答できるとなれば、スタッフはシステムに関する基礎知識や経験がある人たちなのではないか、と想像していたが、見事にはずれた。

 「そういう人はほとんどいないんです」

 野原さんの職場のスタッフの9割は女性で、平均年齢は31歳。野原さんが続ける。

 「実は私自身も、パソコンは一応使えるという程度で、特に詳しくありませんでした。でも、それがかえって強み、というか」

 どういう言い方をしたら、詳しくない自分が分かるように、相手によく伝わるかー。自分が知らないだけに、困っている顧客の目線に立つことができる、というわけだ。

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 それにしても、複数の専用アプリケーションの細かいノウハウやトラブルが理解できて、それをどんなレベルの相手にも十分に説明できるようになるには相当の苦労がありそうだ。そんな対策のひとつが事例集。

 これまで尋ねられた具体例を蓄積しておき、質問が出たら、類似の事例を参照できる仕組みだ。キーワード検索ができるので、質問を受けながら、手元のパソコンで事例集の中から近いケースをスピーディーに探して、回答に役立てる。事例の総数は1000くらいになるという。

 事例集だけでなく、これまでの経験のつみ重ねから、顧客対応の方法なども自前の教材で研修する。新人でも1ヶ月ほど研修したら、電話をとり始める。3カ月から半年すれば、複数の送り状発行システムの基本が分かり、顧客からの質問に答えられるようになっていく。

 沖縄県のHP資料によると、県内にコールセンターを設置している企業は平成22年1月1日現在で57社、1万3536人が働いている。日本IBM、シティバンク、オリックス、ヤマダ電機、ソフトバンクテレコム、メニコンなどといったおなじみの企業名が並んでいる。10年前の平成12年には15社、2808人だったから、右肩上がりで伸びてきたことは間違いない。

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 進出企業にしてみると、東京などに比べて人件費が安いという魅力があるのは確かだろう。しかし、どうもそれだけではなさそうだ。沖縄がコールセンターに向いている、という話はしばしば耳にする。

 どこがいいのでしょうか、と野原さんに尋ねたら、こんな答が返ってきた。

 「温かみがある、という評価をいただくことがありますね」

 見知らぬ人と電話で気持ちよくやりとりするのは、顔が見えないだけに難しい。実際、顧客の求めに応えようと努力するよりも、マニュアル通りの紋切り型の受け答えに終始するコールセンターにぶつかって閉口した経験を持つ人も多いのではないだろうか。

 そんな中で、受話器に向こうに「温かみ」が自然に伝わるならば、それは大きな強みになるはず。

 その「温かみ」と表裏一体なのかもしれないが、「のんびりした県民性」が顧客をいらだたせることもある、と野原さんは冷静にみている。「時間の感覚を持つことは電話オペレーターに必要な要素」―。野原さんは、社員教育でそのことを強調しているという。


[野原真弓さんとつながる] 野原さんの職場は、佐川急便の送り状作成アプリケーションのユーザーだけが利用するコールセンターなので、ユーザー以外の人がコンタクトすることはあまりないだろう。とりあえず、文中に出てくる佐川急便の送り状発行システムに関心がある方はこちらを。沖縄全体のコールセンターの現状については、沖縄県の観光商工部情報産業振興課のHPが詳しい。進出企業向け支援策の解説のほかに、実際に進出した企業数などの実績情報も。「情報通信産業立地ガイド」のP3−4には、コールセンタ−を含む情報関連進出企業の県内マップが載っている。

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2011年02月13日

クリック知らない人にどう説明するか

沖縄を創る人 第7回
 SGシステム沖縄コンタクトセンター主任 野原真弓さん(上)


 商品情報などについて電話で回答するコールセンター。国や県の支援策もあって、現在、沖縄には日本企業60社近くがコールセンターを置いている。佐川急便グループの送り状発行システムの問い合わせに応じる宜野湾市のコールセンターに、平成14年の立ち上げ時からのベテランスタッフ野原真弓さんを訪ねた。

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 コールセンターにはいくつかのタイプがある。NTTの104のような一般的な情報を提供するタイプ。商品の不具合などに対するクレームの受け付け。特定の機器やアプリケーションソフトの使い方を回答するテクニカルサポート、などなど。

 野原さんの職場、SGシステム株式会社BPO事業部沖縄コンタクトセンターは、3番目のタイプ。佐川急便の送り状発行専用アプリケーションソフトの操作方法が分からなかったり、思ったような結果が得られずに困っているユーザーを電話でサポートするのが役割だ。

 全国からひっきりなしにかかってくる電話を受けるオペレーターは67人いる。野原さんは、源河卓センター長の下で、主任の1人として新人スタッフがカバーできる機種を増やす研修を実施したり、難しい質問があった場合に代わって答えるなど、スタッフの指導や後方支援業務を受け持っている。

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 佐川急便に限らず、業務用の商品・サービスを提供する各社は独自のアプリケーションソフトを開発して、顧客である業者に使ってもらっている。独自アプリケーションソフトの多くは、それなりにテクニカル。例えば、CSVファイルを読み込んで宅配便の送り状を作成できる佐川急便専用アプリケーション「e飛伝II」の場合、インターネットショップの顧客名簿をCSVファイルの形でダウンロードしても、そのままe飛伝IIに流し込めるわけではなく、e飛伝IIの求める形に加工しなければならない。

 項目全体の削除や追加は当然だが、アプリケーションは、個々のデータの細かい問題にも「きちんと」反応する。つまり、システムの要求に合わないデータが入るとたちまちエラーが出る。

 例えば、送り先の住所表記で、平成の大合併によって市名が変更されていたり、相模原市や岡山市など、比較的最近、政令市に昇格して新たに区名の記載が必要になったケース。あるいは、横浜市保土ケ谷区は「ヶ」ではなく「ケ」が正式なので「ヶ」は受け付けない、というような細かい難しさもあったりする。

 インターネットショッピングでは、購入者自身が住所などの情報をパソコンや携帯電話で入力するが、住所表記の変更や細かい表記については当の購入者自身もよく分かっていない場合がしばしばあるからだ。

 送り状を作成しようとしている業者がe飛伝IIの扱いに不慣れな場合、データを流し込んでさまざまなエラーが表示されても、実際のところ何が起きているか分からず、野原さんのセンターに助けを求めて電話することになる。

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 佐川急便の送り状発行システムの登録ユーザー数は全国に10万社。1日の問い合わせ数は平均1200件。さすがにこれだけの数になると、そうしたアプリケーションやシステムに相当詳しい人から、パソコン操作自体をほとんど知らないような人まで、さまざまなタイプの顧客を相手にしなければならない。野原さんが言う。

 「例えば『クリック』という言葉をご存知ないお客さまもいらっしゃいます。相手の方がよく分かるようにお話しするにはどうしたらいいかを、いつも考える必要があります」

 「クリック」を知らない人に専用アプリケーションの使い方を説明するというのは、言ってみれば、幼稚園生に中学の教科書を教えるようなもの。簡単にいくはずもない。

 続きは次回2/20(日)に

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2011年02月06日

ちんすこう着てトライアスロン

沖縄を創る人 第6回
 新垣カミ菓子店 伊波元丸さん


 新垣カミ菓子店の琉球伝統菓子の味と香りは昔も今も変わらない。その一方で、同店の仕事には、時代の変遷とともに変わってきた部分もある。例えば、ちんすこうの形と大きさ。

 「これを見て下さい」。伊波元丸さんが、作業場の奥の方から、使い込まれた感じの木型を取り出してきた。

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 現在のちんすこうは、長さ6cmほどの細長いものが2本、1袋に入っているタイプがほとんど。伊波さんが作るちんすこうもこのタイプだが、かつてのちんすこうは1個がもっと大きかった。

 一番右の菊の型が普通のちんすこう用で、直径4cmほど。焼くと1.5倍に膨らむというから、出来上がりは6cmくらいになるのだろうか。厚さも1cm強になりそうだ。戦後間もなくまではこの型が使われていたという。

 左側と真ん中の2つは、特別注文で作られる祝儀用ちんすこうの木型だ。真ん中の型は「祝」の文字がくり抜かれている。食紅を混ぜた生地をこの「祝」の型に詰め、次いで、左の穴のあいた木型を乗せて、そこに普通の生地を詰める。2種類の生地を1つにして型から抜くと、上部に赤い「祝」の字が乗ったスペシャルちんすこうができる。

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 今ではこの木型が使われることはないという。「今の細長いのでも大きすぎるという人がいるくらいだからね」。伊波さんの母で7代目の恵子さんが言った。

 包装についても、伊波さんはさまざまな工夫を凝らしている。前回の冒頭で書いたように、同じ新垣名のちんすこうメーカーは3社あるので、うっかりすれば埋没しかねない。伊波さんはちんすこうの包装を、食品業界ではあまり使われない黒と金にしてみた。カラフルなおみやげ品が並ぶ中に置かれると、黒の包装は確かによく目立つ。

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 27袋入りと15袋入りの2種類の黒いパッケージに加え、10袋入りのシルバグレーの小さな箱も作った。「ちょっとしたお返しに使いたい」というお客さんの声を形にした。

 シルバーグレーの小さな箱には表の左下の部分に切れ込みが入れられるようになっていて、そこにあいさつ状などを差し込める。この色なら、祝儀、不祝儀いずれのお返しにも使えるだろう。

 「ちょっと待って下さいね」と言って席を立った伊波さんが、なにやら手に持って戻ってきた。

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 伊波さんが広げてみせたのは、新垣カミ菓子店のトレードマークの竜をあしらったスポーツウエア。

 伊波さんは体を動かすのが好きで、長くマラソンをやってきた。しばらく前から泳ぎを始め、それなら、と自転車にも乗るようになって、ついにトライアスロンを始めた。宮古島で開かれる大会などに毎年のように出場している。

 竜の絵に加えて「ちんすこう」と大書きされている。スポーツ用品メーカー名が入ったウエアに飽きた人たちにとって、「ちんすこう」は新鮮だったのかもしれない。スポーツウエアと伝統菓子のちんすこう。これほどコントラストの強い組み合わせは珍しいかもしれない。

 ホームページでこれの製作を知らせたら、あちこちから注文が舞い込んできて、これまでに60着も売れたという。特別注文なので原価で1着1万2000円もするのに、である。

 「これを着て走っていると、『ちんすこう、頑張れ!』って声援が飛ぶんです」。伊波さんが楽しそうに話す。

 この竜、よく見ると、ちんすこうを食べている。遊び心も十分だ。

[伊波元丸さんとつながる] 新垣カミ菓子店の首里製造所は那覇市首里赤平町1-3-2、886-3081。伊波元丸さんは「琉歌百景」のブログを書いている。商品が買えるのは、国営首里城公園のショップ、那覇空港の沖縄美々(ちゅらぢゅら)、沖縄市にある東京第一ホテルなど。新垣カミ菓子店のホームページからも取り寄せられるが、受注生産が原則。ちんすこうは置いていることが多いが、ちいるんこうはないことも多いので問い合わせを。

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