2011年11月

2011年11月27日

乳酸発酵で常温保存される魚

沖縄とアジアの食 第11回 魚の発酵食品(下)

 前回、紹介したどろどろの魚の塩辛パーデークのほかにも、魚の伝統的発酵食品にはいろいろなバリエーションがある。まず、ラオス南部のローカル市場で撮ったこの写真、沖縄県民には既視感があるはず。

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 沖縄のスクガラスを立てて入れたビン。あれに似ている。

 ラオスのこれはパーソムと呼ばれる。パーソムの方がスクガラスより魚がずっと大きい。もう一つ、パーソムがスクガラスと大きく違う点がある。

 スクガラスは非常に塩辛い。塩気だけで言えば、前回紹介した塩辛のパーデークに近い。これに対して、パーソムはかなりの塩気はあるものの、パーデークほどではない。その結果、そのまま焼いてごはんのおかずとして食べられる。

 このパーソム、パーデークほど塩を大量に入れるわけではないのに、液に漬けておけば常温でも1カ月以上もつという。なぜか。

 パーソムには、塩だけではなく、ごはんや炒った米が入っている。それをエサに乳酸菌が増え、乳酸発酵が進む。だから腐らない。そもそも、パーソムを訳せば「酸っぱい魚」。焼いて食べると、しょっぱくて、すっぱい。もちろん、非常にうまい。主食のもち米がいくらでも食べられる。

 次もパーソムなのだが、小魚タイプよりもさらに塩気が少なく、ごはんが多い。上は大きな川魚の切り身を漬け込んだ切り身タイプ。やはり焼いて食べる。パーチャオと呼ばれることもある。下は尾頭付きの一尾タイプ。

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 このように乳酸発酵させることによって、ラオスのような熱い国で、冷蔵冷凍設備がなくても生の魚を腐らせることなく保存できる。30度を超すような気温の下で大量の塩も使わずに常温保存できるというのは、なかなかの技術といえないだろうか。

 同じ原理の保存食品は日本にもある。ナレズシがまさにそれ。日本では琵琶湖のフナずしが有名だ。塩漬けにしたフナにごはんを詰めて乳酸発酵させる。

 ナレズシはアジア各地にある。現物を見たことはないが、タイのある地方では、子供が生まれるとカメ一杯の魚のナレズシを仕込み、その子が、成人するか結婚するかした時に取り出して食べる習慣があると聞いた。

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 乳酸発酵した魚には、こんなものもある。魚をミンチ状にして発酵させたもの。ラオス南部のローカル市場でよく見る。ソーセージのような感じ。おけ一杯に固めて作り、切り分けて売っている。これには米粉が練り込んであって、やはり乳酸発酵を促している。

 発酵魚は、常温保存できるという点だけが長所なのではない。タンパク質がアミノ酸に分解されて、うまさも倍増する。その結果、しょっぱさと、すっぱさと、うまみの三角形がピタリと決まる。写真は一尾タイプを焼いたもの。

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 日本で焼き魚を食べるように箸で切って食べようとしたら、同席したラオスの知人に止められた。多すぎる、という。

 「味が濃いので、モチ米を指で丸めて、それで魚をほぐすようにしながら、少しつければおいしく食べられます。一家4、5人の夕食で、1、2尾焼いたら十分なんです」

 確かに、ピンポン球より一回り小さいくらいに丸めたモチ米にパーソム小さじ1/4くらいでちょうどバランスする感じ。なんと言うか、うま味に深さがあって、同時に鋭さも感じさせる。発酵がもたらす深い味。調味料だけでは、恐らくこんな味にはならない。

 そういうわけで、パーソムは、ごはんやお酒が進む。だが、不思議なことに、多少食べ過ぎても、さほどもたれない。保存性とうまさが増す以外にも、体にいいことが何かあるのかもしれないな、などと思いながら、また一口、食べてしまう。

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2011年11月20日

クサうまの親分、魚の塩辛

沖縄とアジアの食 第10回 魚の発酵食品(上)

 今回はアジアの「クサうま味」の話をつづってみたい。まずはこの写真から。

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 ラオスの名物料理、唐辛子の効いた青パパイヤのサラダ「タムマクフーン」。青パパイヤのサラダと言えば、タイ料理の「ソムタム」が有名だが、ラオスや東北タイで食べられているこのタムマクフーンがいわば本家。

 このタムマクフーンには、本家ならではの「こだわり」がある。バンコクや日本のタイ料理店で出てくるソムタムは、魚醤ナンプラーで味付けされているものが多いが、タムマクフーンは、魚の塩辛「パーデーク」を使う。東北タイなら「パーラ」。この魚の塩辛こそ、アジア「クサうま味」の親分のような存在だ。

 パーデークはクサくてうまい。だから、ナンプラー味のすっきりソムタムよりも、パーデークを使うタムマクフーンの方が、味わい複雑で、奥深い。ラオスではもち米を主食に食べるが、タムマクフーンだけで立派にそのおかずになる。

 青パパイヤは酵素パパインの働きで減量効果があると日本でも一時話題になった。不思議なことに、完熟の果物パパイヤになるとこの酵素はぐっと減ってしまうので、減量を期待する向きは青パパイヤを食べなければいけないらしい。

 青パパイヤは沖縄でもよく食べる。万鐘本店でかつて紹介したように、沖縄では火を通してイリチャーで食べる。インドでは煮込み料理によく入れるらしい。東南アジアではタムマクフーンのように生で登場することが多いように思う。

 ラオスの食堂やごはん系屋台では、やや縦長のすり鉢とすりこぎで突き混ぜながら、タムマクフーンをよく作っている。食事時になると、「トントン、トントン」と、青パパイヤを叩く音が聞こえてくる。青パパイヤは繊維が密で固いので、すりこぎで叩きながら、同時に調味料を染み込ませていく。その結果、固い青パパイヤが短時間でしなしなになる。

 次の写真の右下のあたりに、トマト、唐辛子などとともに、茶色のパーデークのとろみを帯びた液が大さじ1杯ほど入れられているのが見える。これに青パパイヤを加えて、トントンと突きながら混ぜていく。

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 ラオスで普通に食べられているタムマクフーンは、かなり辛い。激辛へっちゃらの人以外は、唐辛子をわずかにしてもらうように頼んだ方がいいかもしれない。

 さてさて、味付けに使われている魚の塩辛パーデークが、今回の本題だった。ラオスではどの町にもローカル市場があり、プラスチックの桶に入ったどろどろのパーデークが量り売りされている。

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 魚が発酵して身が溶けた状態。いかにも臭そうに見える。いや、実際、十分クサい。ただ、この臭いには、なんとも言えない懐かしさがある。眠っている記憶が呼び覚まされるような臭い。日本人におなじみの魚の干物やイカの塩辛と同種の香りの強烈バージョンだ。

 その臭いが鼻に抜けた瞬間、うまみが口の中にバーッと広がる。魚の干物や塩辛などが好きな人にはたまらない味のはず。

 ラオスは内陸国なので、川魚を使ってパーデークを作る。魚をよく洗ってぶつ切りにし、塩を混ぜながらかめに漬け込む。塩の量は、魚の1/3くらいというレシピが多い。塩に加えて、どのレシピにもヌカやモミ殻を入れるとある。

 日本ではモミ殻と言えば文字通り殻だけだが、ラオスでは精米の方法が日本と違うため、モミ殻にヌカや小さな砕米が混ざっている。農村ではこれを鶏や豚の餌にする。つまり炭水化物やヌカ栄養が混ざったモミ殻、というものがあるのだ。

 パーデークづくりの現場を見たわけではないが、使われる「モミ殻」もこれではないかと想像する。ヌカにはいろいろな菌がついているので、それがスターターになり、同時に砕米の炭水化物が発酵菌のエネルギー源として使われる、というわけだ。

 漬け込み期間は1年以上。6カ月くらいから食べられるが、長く漬けた方がうまくなるという。

 アジアのクサうま、と言えば、タイの「ガピ」もそうだし、ベトナムの「マムネム」もそう。この手の発酵クサうま食品は、料理に使われるだけでなく、つけダレとして小皿に入ってテーブルにもよく出てくる。複雑な香りと深い味わいをぜひお楽しみいただきたい。

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2011年11月13日

鍋の底知れぬバリエーション

沖縄とアジアの食 第9回 熱帯アジアの鍋(下)


 日本では鍋料理の鍋は、すきやきの鉄鍋などを除いて、土鍋が多い。土鍋はいかにも温かそう。アジアではほとんどステンレス製やアルミ製だった。ベトナム鍋も、タイすきの鍋も。ラオスの鍋もそうだった。

 暑い中では、涼しげな金属鍋が似合うかもしれない。前回の冒頭写真のようなタイプが普通だが、こんなのもある。

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 カウボーイハットのつばのように、翼が広がっていて、そこに材料を並べる。肉、レバー、エビ、イカ、それに各種野菜。食べたい材料を、適宜、中に入れていく。ブンなど、ここに乗りきらない材料は別皿で控えている。

 次は、前回のイカネギ鍋で出てきたパーティー銀皿風の鍋が再び登場する。この鍋は材料が相当変わっていて、イモのような甘くないバナナと肉、それにたっぷりの野菜。これらをどろどろの汁に入れて煮る。

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 これが意外にうまかった。絶妙のバランス。汁にはウッチン(ターメリック)が使われている。こうした複雑な味がどこからひねり出されてくるのか。ちょっと想像力が追いつかない。

 しかも、この鍋は、穀物系として、ブンではなく、なんとなんとフランスパンをめいめいの取り皿に入れ、鍋材料をお迎えする。はあ? フランスパン? と思ったが、パンの焼けた部分の味に、鍋の汁のうまみがピタリと寄り添って、うまい。こんな味の組み立て、一体どうやって思いつくのか。

 変わった形の鍋、という意味ではこちらを紹介しないわけにはいかない。タイではムーカタ、ラオスではシンダードと呼ばれている鍋料理。写真はラオス北部。

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 ジンギスカン鍋とよく似た真ん中の盛り上がった部分にラードを乗せて脂を溶かしてから、主に豚肉を焼いて、焼肉として食べる。一方、下の溝の部分にはダシがはられていて、そこにエビや野菜、キノコ、はるさめなどを入れて楽しむ。ダシに味はついているが、ピーナツ味噌、ライム、唐辛子、刻みニンニクなどを足す。

 「首都のビエンチャンでは、10年くらい前から見かけるようになりましたね。上で焼いた肉の肉汁が下に入って、汁がうまくなるみたいです」とラオスの知人。ただし、食べ放題の安い店だと、汁は顆粒コンソメだったりする。

 これが「何でもあり」のこだわりのない欲張り鍋の代表格なら、その正反対の鍋もある。ベトナム中部で遭遇したストイックな鍋。

 鍋はありふれた形だが、中身がすごい。すごい、といっても、材料は2つだけ。地鶏のぶつ切りとゴーヤーの葉。地鶏の強いダシに、ゴーヤーの苦い葉をどかどか入れて、もりもり食べる。

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 ほとんど薬膳の世界とも言うべきストイックな鍋だが、これがまたうまい。当然ながら、苦い。ゴーヤー葉の強烈な苦さが、地鶏の強い旨味に抱きかかえられて、うまい。デトックスになりそうな、そんなありがたい鍋だった。

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 この店は高床式の東屋。地鶏料理の専門店なのだという。

 アジア鍋は、底知れぬバリエーションを見せてくれる。その盛り上がりぶりは、とどまるところを知らない。

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2011年11月06日

想像力と舌を刺激する鍋

沖縄とアジアの食 第8回 熱帯アジアの鍋(上)


 前回のブンのところで触れた鍋料理を、今回と次回で紹介しよう。日本の鍋や韓国のチゲなど、鍋料理は寒いところの食べものというイメージが強いかもしれないが、常夏のアジアの人々は、実はとても鍋が好きだ。

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 よくあるアジア鍋は、肉や魚介類と野菜の組合せ。野菜をどかどか食べる。写真はベトナム中部。肉やエビ、イカなどは先に鍋に入れてある。

 野菜は、クレソン、ウンチェーバー(空芯菜)、ツルムラサキ、カラシナ,シュンギク、バナナのつぼみなどが常連。だいたいは緑の濃い、苦みや香りの強い熱帯系野菜たちだ。火に通すと強い香りや苦みがマイルドになるせいか、いくらでも食べられる。これだけたっぷり濃緑色野菜を食べれば、体にいいこと間違いなし。

 ダシは牛骨や豚骨、鶏ガラベース。味はついているので、そのまま食べられる。魚や肉やエビの味が薄いと感じる場合は、テーブルに置かれた小皿の魚醤をチョンとつけて口に放り込む。

 もちろんブンを忘れてはいけない。この手の寄せ鍋風の鍋にはだいたいブンが登場するようだ。ブンは前回紹介したツルツルの優しい米麺。めいめいの取り皿に少量入れて、鍋材料と一緒にいただく。

 鍋材料は、いろいろ、さまざま。冒頭の肉や海鮮の寄せ鍋風のものばかりではない。シンプルなものを紹介しよう。ベトナム中部で見かけたネギとイカだけの鍋。ダシの味つけも非常にシンプルだ。

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 この鍋は、鍋というよりは、パーティなどでよく目にする銀皿のような形をしている。だが、よく見ると、パーティ銀皿より深さがあるから、やはり鍋料理用なのだろう。厨房で煮込んできたものをそのまま出してもさほど変わらないのかもしれないが、客の目の前でグツグツやれば食欲もそそられる、というもの。

 「ネギが半煮えの時を狙って食べて下さい」。同席の鍋奉行氏がそう教えてくれた。そうか、加熱を止めるタイミングが微妙ならば、やはりテーブルの上で火加減を調整しながら作るのが正解だ。

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 こちらはベトナム北部で出会った小さな淡水魚の鍋。ドジョウによく似ている。店は広大な水田地帯のすぐ前。この魚もおそらく田んぼで獲れるのだろう。ドジョウは田んぼ、と昔から決まっている。

 小骨が多いので、舌先を細かく動かさないといけない。魚と言えばフィレしか食べたことのない最近の日本の子供では太刀打ちできないかもしれない。ダシがよく出ている。

 バナナのつぼみのスライスをたっぷり入れて食べる。もちろん、バジルなどの青い野菜もドカンと。店の奥では、鍋に入れる野菜を少女がていねいにつくろっていた。

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 アジア鍋の複雑な味の組み立ては、想像力と舌を激しく刺激する。複雑さを支える自然の恵みと、それをうまく組み合わせる呆れんばかりの知恵。

 鍋は、材料から完成品までの過程を目の前で見られるから楽しい。

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