2013年12月
2013年12月28日
おおらかで透明な琉球ガラス
いよいよ年の瀬。寒波到来で沖縄でもふるえています。ことし最後の記事は、おおらかで透明な琉球ガラスで。
琉球ガラスは、沖縄戦ですべてが失われ、何もなかった時代に、コーラの空きびんなどを利用して作られ始めた生活雑器です。その独特の風合いが人気を呼び、沖縄の特産品になりました。
県内にはたくさんの工房があって、一部は技術をアジアの国に移転して現地生産もされているようですが、きょう、ご紹介するのは、いわば元祖。昭和27年創業の奥原硝子製造所の作品です。
写真でおわかりのように、琉球ガラスはぼったりと厚みがあるおおらかさが特徴です。切り子のようなシャープな感じとは対極をいく風合い。
ガラスはどこまでも透明。光の加減によって、この透明な感じが本当にきれいに見えるんです。ぼったりとした厚みがかえって透明さを強調しているのかもしれません。
県内のガラス工房の中でも、奥原硝子の作品は、この琉球ガラスオリジナルの風合いが生き続けているのが特徴です。
先日、作品を仕入れに奥原硝子をお訪ねして、自分が欲しいものを選ぶと、代表の宮城和六さんが「きょうは持って帰れないんですよ。一つひとつ検品してから、値段をつけますので」とすまなそうに言われました。
ソース瓶の取手のつけ根に手を当てて「ここが」と一言。よく見ると、ややエッジが立ったようになっていて、そこに力を入れて触ると案外鋭いエッジになっていることが分かりました。
普通の人はまず気づかないでしょうし、よほど運が悪くなければ手が切れるようなことはなさそうですが、宮城さんは妥協しません。
周囲を見回してみると、選んだバイヤーの名刺が貼られた段ボール箱がいくつもあります。入念な検品を待っている箱と、検品を終えて出荷OKが出た箱たちでした。
奥原硝子の作品、ももと庵に置かせてもらうことにしました。来店されて「出会い」があれば、どうぞお買い求め下さい。
ことしも万鐘ももと庵にご愛顧たまわり、ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎え下さい。
年内は明日12/29(日)まで、年明けは1/4(土)から営業します。従業員一同、心からご来店をお待ちしています。
琉球ガラスは、沖縄戦ですべてが失われ、何もなかった時代に、コーラの空きびんなどを利用して作られ始めた生活雑器です。その独特の風合いが人気を呼び、沖縄の特産品になりました。
県内にはたくさんの工房があって、一部は技術をアジアの国に移転して現地生産もされているようですが、きょう、ご紹介するのは、いわば元祖。昭和27年創業の奥原硝子製造所の作品です。
写真でおわかりのように、琉球ガラスはぼったりと厚みがあるおおらかさが特徴です。切り子のようなシャープな感じとは対極をいく風合い。
ガラスはどこまでも透明。光の加減によって、この透明な感じが本当にきれいに見えるんです。ぼったりとした厚みがかえって透明さを強調しているのかもしれません。
県内のガラス工房の中でも、奥原硝子の作品は、この琉球ガラスオリジナルの風合いが生き続けているのが特徴です。
先日、作品を仕入れに奥原硝子をお訪ねして、自分が欲しいものを選ぶと、代表の宮城和六さんが「きょうは持って帰れないんですよ。一つひとつ検品してから、値段をつけますので」とすまなそうに言われました。
ソース瓶の取手のつけ根に手を当てて「ここが」と一言。よく見ると、ややエッジが立ったようになっていて、そこに力を入れて触ると案外鋭いエッジになっていることが分かりました。
普通の人はまず気づかないでしょうし、よほど運が悪くなければ手が切れるようなことはなさそうですが、宮城さんは妥協しません。
周囲を見回してみると、選んだバイヤーの名刺が貼られた段ボール箱がいくつもあります。入念な検品を待っている箱と、検品を終えて出荷OKが出た箱たちでした。
奥原硝子の作品、ももと庵に置かせてもらうことにしました。来店されて「出会い」があれば、どうぞお買い求め下さい。
ことしも万鐘ももと庵にご愛顧たまわり、ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎え下さい。
年内は明日12/29(日)まで、年明けは1/4(土)から営業します。従業員一同、心からご来店をお待ちしています。
2013年12月20日
勝連城跡の周辺整備がスタート
ももと庵のある勝連城跡周辺がいよいよ本格的に整備されることになりました。うるま市がその基本計画を策定。昨夜、市民説明会が開かれ、100人ほどの市民が集まりました。
計画のうたい文句は「世界遺産である勝連城跡および周辺地域を、うるま市の歴史文化の拠点として、また市民や来訪者などの人々が交流し、文化・観光の振興に資する空間として整備を図る」。ちょっとカタくて長い文ですけど、まさにそういうことでしょう。
今の勝連城跡周辺は、世界遺産のある場所とは思えないほどの未整備ぶり。これでは、せっかくの歴史ロマンも伝わりませんし、「にぎわい」もあまり感じられません。
勝連城跡本体以外にあるものといえば、駐車場と休憩所、その中にある名産品店の「うるまーる」。周辺のお店と言えば、パーラー2軒と万鐘ももと庵のみ、という、かなり寂しい状態です。
計画は、勝連城跡ゾーン、拠点ゾーン,観光誘導ゾーンなどからなります。
勝連城跡ゾーンは、城跡内の城壁や門などの復元整備を行います。世界遺産として、勝手にいじることはできないため、史実に照らした復元を進める、との説明でした。
一方、拠点ゾーンは、現在の駐車場のある一帯で、1枚目の絵では、中央を走るシンボルロードの左側になります。ここに勝連城資料館や地域特産品の販売施設が新たに建設され、オフィシャルな情報発信や駐車場などの拠点機能を担います。
観光誘導ゾーンは、ももと庵のある場所から太平洋側の一帯。飲食店や店舗の誘導、駐車場や休憩所の整備、南原漁港の活用などが想定されています。にぎわいをもたらす民活ゾーン、ですね。
歴史公園としての落ち着きのある空間と、それにふさわしいにぎわいをどう実現するか。官民ともにアイデアと力量が問われます。もちろん、ももと庵も、その一部として、取り組みに積極的に参加します。
昨夜の市民説明会では、1時間以上にわたって、熱心な質問や意見が次々に出され、参加した人たちの関心の高さをうかがわせていました。
7年後の完成が目標とのこと。まだだいぶ時間がかかりますが、どうぞお楽しみに。勝連城周辺の整備事業に関する動きは、これからもこのブログでお伝えしていきます。
計画のうたい文句は「世界遺産である勝連城跡および周辺地域を、うるま市の歴史文化の拠点として、また市民や来訪者などの人々が交流し、文化・観光の振興に資する空間として整備を図る」。ちょっとカタくて長い文ですけど、まさにそういうことでしょう。
今の勝連城跡周辺は、世界遺産のある場所とは思えないほどの未整備ぶり。これでは、せっかくの歴史ロマンも伝わりませんし、「にぎわい」もあまり感じられません。
勝連城跡本体以外にあるものといえば、駐車場と休憩所、その中にある名産品店の「うるまーる」。周辺のお店と言えば、パーラー2軒と万鐘ももと庵のみ、という、かなり寂しい状態です。
計画は、勝連城跡ゾーン、拠点ゾーン,観光誘導ゾーンなどからなります。
勝連城跡ゾーンは、城跡内の城壁や門などの復元整備を行います。世界遺産として、勝手にいじることはできないため、史実に照らした復元を進める、との説明でした。
一方、拠点ゾーンは、現在の駐車場のある一帯で、1枚目の絵では、中央を走るシンボルロードの左側になります。ここに勝連城資料館や地域特産品の販売施設が新たに建設され、オフィシャルな情報発信や駐車場などの拠点機能を担います。
観光誘導ゾーンは、ももと庵のある場所から太平洋側の一帯。飲食店や店舗の誘導、駐車場や休憩所の整備、南原漁港の活用などが想定されています。にぎわいをもたらす民活ゾーン、ですね。
歴史公園としての落ち着きのある空間と、それにふさわしいにぎわいをどう実現するか。官民ともにアイデアと力量が問われます。もちろん、ももと庵も、その一部として、取り組みに積極的に参加します。
昨夜の市民説明会では、1時間以上にわたって、熱心な質問や意見が次々に出され、参加した人たちの関心の高さをうかがわせていました。
7年後の完成が目標とのこと。まだだいぶ時間がかかりますが、どうぞお楽しみに。勝連城周辺の整備事業に関する動きは、これからもこのブログでお伝えしていきます。
2013年12月15日
渦巻く思惑
しばらく間が空いてしまいましたが、勝連城歴史ロマンの第4回をお届けします。これまで同様、テキストは与並岳生「琉球王女・百十踏揚」。引用を許可して下さった与並さんに御礼申し上げます。
勝連を抑えて平和を保ちたいという父、尚泰久(しょう・たいきゅう)王の意向により、勝連城主の阿摩和利(あまわり)に嫁いだ王女・百十踏揚(ももと・ふみあがり)。
首里に弓引くやもしれぬと悪いうわさばかりだった阿摩和利に、戦々恐々の思いで輿入れした百十踏揚でした。が、思いがけぬ阿摩和利の優しさ、誠実さに包まれて、しばし、平穏で幸せな日々を送ることができました。
しかしー。歴史の歯車は密かに回っていたのです。
1457年。尚泰久王妃、つまり百十踏揚の母が病死します。その百日の喪が明ける頃になると、微妙な変化が現れました。
側室が継妃となり、亡くなった王妃の父、つまり尚泰久王の岳父だった中城(なかぐすく)の護佐丸(ごさまる)と王との間にすきま風が流れ始めます。体調不良を理由に、護佐丸の王朝行事への欠席が続くようになりました。
尚泰久王には懐刀と呼べる有能な部下がいました。その名は金丸(かなまる)。金丸は伊是名島出身の流れ者で、実力のみでのし上がってきた能吏でした。
しかし、金丸は護佐丸から煙たがられていました。王の岳父で天下一の武将と讃えられた護佐丸が本気になれば、王の懐刀として国政を取り仕切る金丸といえども排除される可能性があることを、金丸は非常に恐れていました。
王妃が亡り、首里に現れなくなった護佐丸について、金丸は密偵から情報を得ます。中城城で軍事訓練を強化したり、他の按司たちと連絡をとり合っているというのです。
護佐丸が謀反を企んでいるー。もし護佐丸が勝連の阿摩和利に声をかけて連合が成立したら、首里といえども危ない。そうなれば自分は真っ先に血祭りに上げられるだろう。
急がねばならぬー。金丸は、阿摩和利を密かに首里に呼び、護佐丸謀反の読みを伝えます。
まさか、と絶句する阿摩和利に、たたみかけるように、金丸は根拠を挙げます。王朝行事への欠席続き、軍事訓練の強化、娘の王妃が亡き後、側室が継妃となったこと、尚泰久王に対する批判の言辞が伝わってくること、などなど。
金丸は尚泰久王にも同様の見方を伝えます。当初は、護佐丸による排除を恐れている金丸の讒言ではないか、と疑っていた尚泰久王でしたが、理路整然とした金丸の説明に次第に説得されていきます。
阿摩和利を使って護佐丸を討つー。金丸の思惑が、こうして次第に現実味を帯びてきました。
勝連を抑えて平和を保ちたいという父、尚泰久(しょう・たいきゅう)王の意向により、勝連城主の阿摩和利(あまわり)に嫁いだ王女・百十踏揚(ももと・ふみあがり)。
首里に弓引くやもしれぬと悪いうわさばかりだった阿摩和利に、戦々恐々の思いで輿入れした百十踏揚でした。が、思いがけぬ阿摩和利の優しさ、誠実さに包まれて、しばし、平穏で幸せな日々を送ることができました。
しかしー。歴史の歯車は密かに回っていたのです。
1457年。尚泰久王妃、つまり百十踏揚の母が病死します。その百日の喪が明ける頃になると、微妙な変化が現れました。
側室が継妃となり、亡くなった王妃の父、つまり尚泰久王の岳父だった中城(なかぐすく)の護佐丸(ごさまる)と王との間にすきま風が流れ始めます。体調不良を理由に、護佐丸の王朝行事への欠席が続くようになりました。
尚泰久王には懐刀と呼べる有能な部下がいました。その名は金丸(かなまる)。金丸は伊是名島出身の流れ者で、実力のみでのし上がってきた能吏でした。
しかし、金丸は護佐丸から煙たがられていました。王の岳父で天下一の武将と讃えられた護佐丸が本気になれば、王の懐刀として国政を取り仕切る金丸といえども排除される可能性があることを、金丸は非常に恐れていました。
王妃が亡り、首里に現れなくなった護佐丸について、金丸は密偵から情報を得ます。中城城で軍事訓練を強化したり、他の按司たちと連絡をとり合っているというのです。
護佐丸が謀反を企んでいるー。もし護佐丸が勝連の阿摩和利に声をかけて連合が成立したら、首里といえども危ない。そうなれば自分は真っ先に血祭りに上げられるだろう。
急がねばならぬー。金丸は、阿摩和利を密かに首里に呼び、護佐丸謀反の読みを伝えます。
まさか、と絶句する阿摩和利に、たたみかけるように、金丸は根拠を挙げます。王朝行事への欠席続き、軍事訓練の強化、娘の王妃が亡き後、側室が継妃となったこと、尚泰久王に対する批判の言辞が伝わってくること、などなど。
金丸は尚泰久王にも同様の見方を伝えます。当初は、護佐丸による排除を恐れている金丸の讒言ではないか、と疑っていた尚泰久王でしたが、理路整然とした金丸の説明に次第に説得されていきます。
阿摩和利を使って護佐丸を討つー。金丸の思惑が、こうして次第に現実味を帯びてきました。
2013年12月07日
「民謡で今日拝なびら」に出ました
沖縄の最長寿番組、RBCラジオの「民謡で今日拝なびら(ちゅう・うがなびら)」に昨日、ゲスト出演してきました。
番組のホスト上原直彦さんの話術とまとめ方はなんとも巧み。それにおんぶしながら、万鐘の南向きアジア地図やももと庵のことについて、あれこれおしゃべりしました。
南向きアジア地図については、進む方向が前で、それは下ではなく、上向きに表示されるのが普通であること、その結果、南を上にするとアジア各国が非常によく見えてくること、沖縄がアジアへの玄関になっていることも一目で分かることを説明。
ももと庵で鶏の唐揚げにかけているパインだれが、沖縄のパインとアジアの魚醤のコラボでできていることなどもお話ししました。アジアと沖縄のいいところを合わせると何か新しいものが生み出せるのでは、と。
上原直彦さんは、1963年から実に50年以上、月曜から金曜まで、毎日、この番組を生放送しています。
ディレクターが「ではよろしくお願いします」とドアを閉めた後、スタジオ内は、上原直彦さんとゲストの2人だけ。でも、へんな緊張感はなく、リラックスした日常感が漂っています。
音楽の送出やマイクの切り替え操作なども上原直彦さんが全部1人で。CMタイムの間などに、次の準備をチャチャッとすませて、トイレにも立つ余裕は、さすがに52年の大ベテラン。
トークは、台本はおろか、打ち合わせらしい打ち合わせもなしのぶっつけ本番。あらぬ方向に話が飛んでしまいそうになるのを、上原さんが上手に軌道修正しながら着地させて下さいました。ありがとうございました。
番組のホスト上原直彦さんの話術とまとめ方はなんとも巧み。それにおんぶしながら、万鐘の南向きアジア地図やももと庵のことについて、あれこれおしゃべりしました。
南向きアジア地図については、進む方向が前で、それは下ではなく、上向きに表示されるのが普通であること、その結果、南を上にするとアジア各国が非常によく見えてくること、沖縄がアジアへの玄関になっていることも一目で分かることを説明。
ももと庵で鶏の唐揚げにかけているパインだれが、沖縄のパインとアジアの魚醤のコラボでできていることなどもお話ししました。アジアと沖縄のいいところを合わせると何か新しいものが生み出せるのでは、と。
上原直彦さんは、1963年から実に50年以上、月曜から金曜まで、毎日、この番組を生放送しています。
ディレクターが「ではよろしくお願いします」とドアを閉めた後、スタジオ内は、上原直彦さんとゲストの2人だけ。でも、へんな緊張感はなく、リラックスした日常感が漂っています。
音楽の送出やマイクの切り替え操作なども上原直彦さんが全部1人で。CMタイムの間などに、次の準備をチャチャッとすませて、トイレにも立つ余裕は、さすがに52年の大ベテラン。
トークは、台本はおろか、打ち合わせらしい打ち合わせもなしのぶっつけ本番。あらぬ方向に話が飛んでしまいそうになるのを、上原さんが上手に軌道修正しながら着地させて下さいました。ありがとうございました。
2013年12月04日
豚鍋まつり始めました
お知らせ続きですが、きょうは、ももと庵ではなく、万鐘ネットショップです。「あったか豚鍋まつり」を始めましたよ。関連商品がすべて10%引きです。
寒い時には鍋が一番!
豚鍋は万鐘の造語で、豚しゃぶと豚肉だんごを一つの鍋で楽しんでいただこうという趣向です。
豚鍋セットはA、Bとも、豚しゃぶと肉だんご、それに出し昆布と酢醤油たれがついています。豚鍋そばセットA、Bは、豚しゃぶ、肉だんご、出し昆布、酢醤油たれのほかに、鍋のシメ用の沖縄そばがついています。
白菜、もやし、玉ねぎ、長ねぎなどお好みの野菜や、豆腐、したらき、キノコなどをご用意いただければ、いずれも最高の豚鍋が楽しめますよ。
食べ終わった後のおつゆは豚のうまみいっぱい。鍋のシメにごはんで雑炊にするもよし、豚鍋そばセットの沖縄そばを入れるもよし。
豚しゃぶだけたっぷり食べたい、肉だんごはいらない、という方のために、豚しゃぶ5パック入りも10%引きにしました(ただし、こちらは出し昆布や酢醤油たれはついていません)。
豚鍋セットA(3人前) 通常価格3460円 → 3110円
豚鍋セットB(5人前) 通常価格5200円 → 4680円
豚鍋そばセットA(2人前) 通常価格2460円 → 2210円
豚鍋そばセットB(3人前) 通常価格3800円 → 3420円
豚しゃぶ5(3-5人前) 通常価格3300円 → 2980円
あったか豚鍋で寒い師走を乗り切りましょう。
期間は12月23日までですが、40セット限定です。
商品は冷凍でお届けします。冷凍庫で1カ月もちます。
寒い時には鍋が一番!
豚鍋は万鐘の造語で、豚しゃぶと豚肉だんごを一つの鍋で楽しんでいただこうという趣向です。
豚鍋セットはA、Bとも、豚しゃぶと肉だんご、それに出し昆布と酢醤油たれがついています。豚鍋そばセットA、Bは、豚しゃぶ、肉だんご、出し昆布、酢醤油たれのほかに、鍋のシメ用の沖縄そばがついています。
白菜、もやし、玉ねぎ、長ねぎなどお好みの野菜や、豆腐、したらき、キノコなどをご用意いただければ、いずれも最高の豚鍋が楽しめますよ。
食べ終わった後のおつゆは豚のうまみいっぱい。鍋のシメにごはんで雑炊にするもよし、豚鍋そばセットの沖縄そばを入れるもよし。
豚しゃぶだけたっぷり食べたい、肉だんごはいらない、という方のために、豚しゃぶ5パック入りも10%引きにしました(ただし、こちらは出し昆布や酢醤油たれはついていません)。
豚鍋セットA(3人前) 通常価格3460円 → 3110円
豚鍋セットB(5人前) 通常価格5200円 → 4680円
豚鍋そばセットA(2人前) 通常価格2460円 → 2210円
豚鍋そばセットB(3人前) 通常価格3800円 → 3420円
豚しゃぶ5(3-5人前) 通常価格3300円 → 2980円
あったか豚鍋で寒い師走を乗り切りましょう。
期間は12月23日までですが、40セット限定です。
商品は冷凍でお届けします。冷凍庫で1カ月もちます。
2013年12月02日
民謡でちゅううがなびら、に出演します
またまた勝連城歴史ロマンにお休みしてもらい、ちょっとお知らせを。
みなさん、沖縄の最長寿ラジオ番組って、ご存知ですか。RBCラジオ毎日午後3時からの1時間番組「民謡でちゅううがなびら(民謡で今日拝なびら)」がそれ。画像をRBCのホームページから拝借しました。
リスナーからリクエストされた沖縄民謡をパーソナリティの上原直彦さんが紹介しながらおしゃべりするこの番組、放送開始は1963年ですから、ことしで実に50年。たいへんな長寿番組なんです。
車でラジオを聞きながら移動するのが日常の沖縄県民ならだれでも知っている番組。
「ちゅう、うがなびら」はそのまま訳せば「きょう、お目にかかります」という意味ですが、目上の人に使うていねいなあいさつ言葉です。
その長寿番組に、万鐘ももと庵店主の小山敦史が出演することになりました。今週の金曜日、12/6(金)です。毎週、金曜日はさまざまなゲストがスタジオに招かれ、上原直彦さんとおしゃべりする時間になっています。
万鐘が創立10周年を記念して制作した、南が上の南向きアジア地図「アジアの世紀」のことなどについてお話しする予定です。
沖縄県内にいる方は、12/6(金)午後3時、ぜひAM738のRBCラジオにチューニングして下さいね。
この長寿番組、なんと、全国でも聞けるんです。短波放送のラジオNIKKEIの第一放送で、少し時間が遅れてですが、毎日、放送されています。
短波ラジオは持っていないよ、という方も多いでしょう。はい、ラジオはなくても大丈夫です。
インターネットラジオの「ラジコ radiko」を使うと、スマートフォンやタブレット、パソコンでもラジオNIKKEIが聞けるんですね。なんとも便利な世の中になったもんです。スマホ、タブレット用にはラジコのアプリも用意されています。
ラジオNIKKEIの放送時間は少し遅くて、同日、12/6(金)の午後7時から。
12/6(金)午後7時に、お手持ちのスマホ、タブレット、パソコンでラジコに飛び、ラジオNIKKEI第一を選べば、たちまち沖縄民謡が流れてきますよ。
どうぞお楽しみに。
みなさん、沖縄の最長寿ラジオ番組って、ご存知ですか。RBCラジオ毎日午後3時からの1時間番組「民謡でちゅううがなびら(民謡で今日拝なびら)」がそれ。画像をRBCのホームページから拝借しました。
リスナーからリクエストされた沖縄民謡をパーソナリティの上原直彦さんが紹介しながらおしゃべりするこの番組、放送開始は1963年ですから、ことしで実に50年。たいへんな長寿番組なんです。
車でラジオを聞きながら移動するのが日常の沖縄県民ならだれでも知っている番組。
「ちゅう、うがなびら」はそのまま訳せば「きょう、お目にかかります」という意味ですが、目上の人に使うていねいなあいさつ言葉です。
その長寿番組に、万鐘ももと庵店主の小山敦史が出演することになりました。今週の金曜日、12/6(金)です。毎週、金曜日はさまざまなゲストがスタジオに招かれ、上原直彦さんとおしゃべりする時間になっています。
万鐘が創立10周年を記念して制作した、南が上の南向きアジア地図「アジアの世紀」のことなどについてお話しする予定です。
沖縄県内にいる方は、12/6(金)午後3時、ぜひAM738のRBCラジオにチューニングして下さいね。
この長寿番組、なんと、全国でも聞けるんです。短波放送のラジオNIKKEIの第一放送で、少し時間が遅れてですが、毎日、放送されています。
短波ラジオは持っていないよ、という方も多いでしょう。はい、ラジオはなくても大丈夫です。
インターネットラジオの「ラジコ radiko」を使うと、スマートフォンやタブレット、パソコンでもラジオNIKKEIが聞けるんですね。なんとも便利な世の中になったもんです。スマホ、タブレット用にはラジコのアプリも用意されています。
ラジオNIKKEIの放送時間は少し遅くて、同日、12/6(金)の午後7時から。
12/6(金)午後7時に、お手持ちのスマホ、タブレット、パソコンでラジコに飛び、ラジオNIKKEI第一を選べば、たちまち沖縄民謡が流れてきますよ。
どうぞお楽しみに。
2013年12月01日
小松菜ラッシュ
勝連城歴史ロマンをちょっとお休みして、ももと庵の畑だよりをお届けします。沖縄も、このところ気温が下がり、朝晩はけっこう冷えていますが、すばらしく天気のよい日が続いています。
お店の横の土地を耕して、葉野菜類を中心に、あれこれ植えています。ちょうど小松菜がどんどん出てきて、まさにラッシュ。ちょっと種を密にまきすぎました。
というか、今回はまったく適当にバラまきしたので、手がすべってたくさんの種が落ちたところがこんな感じに。他の葉野菜の種も似たような状態です。それでも、なんとか出てきてくれるから、ありがたいこと。小松菜の向こうには青ネギとカンダバーが見えています。
小松菜の葉をよく見ると、赤いテントウムシがゆっくりと歩いていました。
緑の地に真っ赤な虫の背中が栄えます。キラキラしていて、なんか、黒いもようがついたヘルメットのよう。
とれたての小松菜は、お味噌汁に入れてお出ししています。青々した色がとてもきれいです。
お店の横の土地を耕して、葉野菜類を中心に、あれこれ植えています。ちょうど小松菜がどんどん出てきて、まさにラッシュ。ちょっと種を密にまきすぎました。
というか、今回はまったく適当にバラまきしたので、手がすべってたくさんの種が落ちたところがこんな感じに。他の葉野菜の種も似たような状態です。それでも、なんとか出てきてくれるから、ありがたいこと。小松菜の向こうには青ネギとカンダバーが見えています。
小松菜の葉をよく見ると、赤いテントウムシがゆっくりと歩いていました。
緑の地に真っ赤な虫の背中が栄えます。キラキラしていて、なんか、黒いもようがついたヘルメットのよう。
とれたての小松菜は、お味噌汁に入れてお出ししています。青々した色がとてもきれいです。