2016年09月

2016年09月28日

ローマコインが来た道はこれ

 勝連城跡から出土した古代ローマの銅貨。いったい、どうやって勝連までたどり着いたのでしょうか。ももと庵で作った「南が上のアジア地図」に、ちょっと上書きしてみました。

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 前回、書いたように「陶磁の道」と呼ばれる東西の交易路がありまして、これは簡単に言えば、アラビア半島からインド洋を経由して東アジアに至る「海の道」なんです。

 東西を結ぶのは陸路のシルクロードもありますけど、勝連城から出るいろいろな陶磁器類には東南アジアのものがかなり含まれています。

 勝連に現れる前に、ローマコインは東南アジアにあったんじゃないか、と思いたくなる傍証がもう1つあります。

 それは、勝連で出土した銅貨と同じようなローマコインが、ベトナムやタイなど、東南アジア各地でも出ていること。ある研究者によると、その多くはインド経由で、8世紀以降に入ったきたといいます。

 古代ローマ帝国の東端に位置するアラビア半島からインドに流れ、インド周辺で何百年か眠っていたローマコインが、8世紀以降に東南アジア各地に入ってきたとしても、勝連に登場するのが15世紀ですから、まだだいぶ時間差がありますね。

 インド周辺や東南アジアで、ローマコインは何百年もの時をどう過ごしていたんでしょうか。

 さて、地図

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 赤い線は西域発の貿易品がインド洋から東南アジアに入ってくるルートの一例です。ここでは、スリランカ南部からそのままマレー半島に向かう経路と、ベンガル湾、ミャンマーを陸伝いに進むルートの2種類が示されています。

 一方の青い線は、沖縄とアジアの交易ルート。大陸側は、中国南部を経由して、ベトナムからタイに至ります。マレー半島、スマトラ、ジャワ各地に向けてさらに南進するルートや、中国南部からフィリピンに向かうルートも見えますね。

 西から来る赤い線はマラッカのところで止めてありますが、実はその先もあり、タイやベトナムを経由して中国南部の沿岸部まで船は来ていたようです。あるいはインドネシア各地にも。

 つまり、東南アジア圏では、赤い線と青い線はあちこちで重なっているわけです。時代の幅はかなりありますが、双方が同じような場所で活動していたことは間違いなさそうです。

 おさらいすると、古代ローマで作られたコインは、海の道を通って、インド経由で東南アジアに流れ、それが沖縄のアジア貿易ネットワークを通じて、貿易拠点のひとつだった勝連にも入ってきた・・・

 依然ナゾの多い「大胆な推測」ではありますが、これで、古代ローマと勝連がなんとかつながりましたか。

 それにしても、15世紀の勝連ってどんなところだっだんでしょう。日本本土はもちろん、首里でも出土しないようなローマコインが出てくる勝連って、いったい何?  改めて思わずにはいられません。

 勝連城からわずか20mのももと庵の庭にも、何かすごいものが埋まっているかも、ですね。

 ももと庵は、勝連城の正門だったといわれる南風原御門跡からすぐのところにあります。現在メインで使われている入り口と城をはさんで反対側の海側です。

 詳しいアクセスはGoogle Map検索「ももと庵」で出てきます。こちらのHPでもご案内しています。

bansyold at 08:53|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2016年09月26日

ローマ帝国の銅貨が出た!

 勝連城跡から、なんと、3、4世紀ごろの古代ローマ帝国の銅貨が出土したそうです。NHKニュースの画像を拝借!

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 すごいですね! ローマっぽい人の顔が彫り込まれているのがはっきり分かります。

 3世紀から4世紀ごろの古代ローマ帝国のものとみられる銅貨4枚と17世紀後半のオスマン帝国のものとみられる銅貨1枚が見つかったんだそうです。

 前にこのブログで紹介した三上次男「陶磁の道」には、中国で作られた最高級の陶磁器がアラビアあたりにまで輸出されていた様子がいきいきと描かれています。同じ最高級の陶磁器が勝連城跡から出土していることは、前に紹介しました。

 古代ローマに話を戻せば、そう、アラビア半島の付け根は、古代ローマ帝国の一部じゃないですか。ということは・・・

 大胆に推測してみてもいいですか。

 古代ローマ時代から1000年の時を経てアラビアで出土した貴重品のコインが、やがて陶磁の道に乗って遠く東アジアまで運ばれ、さらには東アジア貿易ネットワークの中で、15世紀の貿易拠点の1つだった勝連にも届いた、という流れでしょうか。

 いやあ、壮大! イマジネーションがとっても刺激されますね。


bansyold at 21:58|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote 勝連城跡周辺 | アジアの文化

2016年09月24日

路上の行列店ーアジア点描

 アジア点描、もう1ついきましょか。

 歩道上に何やら人だかりが。のぞいてみると、、、

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 おいしそうな麺。エビやすり身揚げ、野菜をたっぷりのせてから、あちこーこーのスープを注いでいます。

 人口800万を超す大都会、ベトナム・ホーチミン市の路上。横をたくさんのバイクや車がビュンビュン行き交います。

 常夏の街ですが、炭火をあてがったスープ鍋からは湯気が。なんと、竹の天秤棒1本で、重たいスープ鍋から麺、具などの材料まで、全て肩にかついで来ているんですね。

 少し並んでお目当ての1杯を受け取ったお客さんが、思い思いの場所に座り込み、なんともうまそうにスープをすすっています。


bansyold at 12:06|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote アジアの文化 | 沖縄とアジアの食

2016年09月19日

シンガポールの街並みーアジア点描

 ももと庵の風景やメニュー以外に、アジア各地の点描を時々お届けします。

 同じ写真を店内にも飾っていますよ。いつもよりちょっと大きめの写真で、アジアンな雰囲気をお楽しみ下さい。

 第1回はシンガポールの街並みです。

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 ももとふみあがりと同時代の15世紀後半以降、マラッカ、ペナンなどマレー半島の各地に、南下してきた中国・福建人の文化、植民地支配していたヨーロッパ文化、それに地元のマレー文化の特徴を併せ持つプラナカン建築が生まれました。

 マレー半島の先端にあるシンガポールの街にも、そんな個性的な建築がたくさん並んでいます。

 1階が店舗、事務所で2階が住宅、というショップハウス式が基本。現在は、それらをぶちぬいてホテルにしたり、いろいろな形で現役で使われています。

bansyold at 19:12|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote アジアの文化 

2016年09月15日

レキオに掲載されました

 琉球新報のレキオにももと庵が掲載されました!

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 お店紹介でおなじみの「ぐるぐるグルメーこの店・この一品」。今回の一品は、インドネシア名物、ナシゴレントラシでございます。

 トラシというのは発酵えびみそ。まさに、うまみのカタマリです。これで作った特製焼き飯はもうそれはそれは・・・。どんどん食べ進んでしまいますよ。

bansyold at 20:23|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2016年09月10日

新しいHP!

ももと庵のホームページを新しくしましたよ!

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メニューページにはフルメニューを掲載。最近増えている外国からのお客様向けに英語版も、です。



bansyold at 14:21|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote ももと庵メニュー | 万鐘

2016年09月05日

メニューはイラスト!

 ももと庵のメニューはイラスト! こんな感じです。

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 例えば、ナシゴレントラシ。アジア米の焼飯を中心に、鶏の唐揚げや目玉焼きがついています。これらを全部口で説明するのはちょっと大変。こんな風にイラストで図解する方が分かりやすいですよね。

 麺なら、スープの種類やトッピングの説明を添えています。担々麺は豆乳入り練りごまスープ、牛肉フォーでは牛ベースの透明スープ、という具合です。

 外国からのお客さま向けに英語版も用意していますよ。

bansyold at 22:29|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote ももと庵メニュー