油少なめの揚げナスを作るには勝連城跡から超高級の染付が

2012年10月29日

勝連城にはもう1つの入口があった

 だいぶ秋めいてきました。勝連はよい天気が続いています。ももと庵の前の海も色あざやか。勝連城跡の石垣が、青空にくっきりと映えています。

 ももと庵があるのは、勝連城跡に来る人のほとんどが入る西原御門側とは反対の、南風原御門側です。

 西原御門側には、県道16号線があり、駐車場や休憩所もあるので、勝連城跡といえば、西原御門側から入るものと思っている方がほとんどでしょう。ところがー

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 ももと庵から出て右側にわずか30mほど行ったところに、こんな小さな入口があります。いかにも通用口といったふぜいの簡単な造りのこの入口が、南風原御門側から勝連城跡に上る道の入口なんです。

 南風原御門。「はえばるうじょう」と読みます。雑草に覆われているこの小さな入口の先にあった南風原御門こそ、実は勝連城跡の正門だったんです。

 与並岳生さんの「琉球王女・百十踏揚(ももとふみあがり)」には、首里王府と対峙していた勝連城主の阿麻和利(あまわり)に嫁ぐために首里から勝連にやってきた国王尚泰久の娘、百十踏揚の一行が、いよいよ勝連城に足を踏み入れるシーンがあります。ちょっとだけ、さわりを引用させてもらいます。

 行列はゆったりと涼傘をなびかせて、勝連城へ登って行った。
 城のふもとには、将兵や村人たちが、総出で出迎えていた。

 (中略)
 
 行列は、城の南面の、石畳を敷いた長い急坂を登って行った。上り詰めたところの門が、正門の南風原御門だった。
 首里城の門と同じ、櫓を乗せた石造の拱門であった。


 この後、百十踏揚は、初めて阿麻和利と対面します。続きは、ぜひ本を読んで下さい(ももと庵で売っています)。読み出したら、他のことに手がつけられなくなりますけど。

 この南風原御門側の入口から勝連城に上ると、勝連城跡の石垣が、びっくりするくらいすぐ近くに現われます。歩く距離も、西原御門側からよりだいぶ短くてすむ感じです。写真は、南風原御門側の入口から入って、少し勾配のある道を2、3分上り、視界が開けたとたん、目に飛び込んでくる勝連城跡です。

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 南風原御門それ自体は、今はありません。このあたりにあったはず、ということです。

 南風原御門側から勝連城跡に出入りするおもしろさの一つは、それが海側にあって、沖縄本島の東側を一望できることでしょう。泡瀬から始まって、中城、西原、与那原と続き、知念までが見えます。

 西原の先には首里があります。緊張関係にあった15世紀の首里と勝連。首里国王の娘をめとった阿麻和利は、どんな思いで、この風景を毎日眺めていたのでしょう。いや、むしろ、政略結婚で阿麻和利に嫁ぐことになった百十踏揚自身が、地元で大歓迎されながらも、いったいどんな複雑な思いでこの風景を眺めていたかー。想像力がかき立てられますね。

 南風原御門側入口からの勝連城。ぜひ一度、上がってみて下さい。

 それから、与並さんの「琉球王女・百十踏揚」。猛烈に面白いですよ。これを読んでから勝連城に立つと、登場人物が生きて動き出します。

 ただ、ドンと分厚い大作なので、時間とお金に多少ゆとりのある時がいいかも。県内の各書店や万鐘ももと庵で取り扱っています。セブンネットでも扱っていますので、県外の方もぜひ。

bansyold at 00:00│TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote 勝連城跡周辺 

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