[第50話 農] 島ニンニクの収穫、真っ盛り[第52話 沖縄] 歴史の荒波に翻弄された王女

2008年04月18日

[第51話 沖縄] 豊漁祈る平安座島のサングヮチャー

 数多くの伝統行事が行われる平安座島で、年間最大の行事サングヮチャーが行われた。島人は強い日差しの中で歌い、舞って、海の安全と豊漁を祈った。

Sangwacha1

 旧暦3月3日から5日に行われるからサングヮチャー(「サングヮツの行事」の意)。潮干狩りをするハマウリ(浜降り)が沖縄各地では行われるが、平安座島では、この日に、集落を挙げて海の安全と豊漁を祈願する。

 初日は海難事故で亡くなった身内を慰霊する日。それぞれの家族ごとに浜に出て、海難の方角へ向かって慰霊する。

 中日にあたる旧3月4日、行事は最大の盛り上がりを見せる。ことしの新暦では4月9日。昼を過ぎた頃から、それまでの雨混じりの曇天が、ウソのようにみるみる晴れ、雲の合間から強い日差しが差し始めた。午後1時、平安座公民館の裏手にある東川上商店前の路上。数多くの観光客やマスコミ関係者などが見守る中で、まず下條義明自治会長がサングヮチャー3日間の概要を説明した。

 初めに三線片手の地方(じかた)の男たちと音取り(ニードゥイ)の女たちが「三月の歌」を歌って奉納。うちの1人がさらにモリを手に舞い、マクブとタマンを突き刺してトゥダヌイユした。トゥダはモリ、イユは魚(ウオ)だから、トゥダヌイユは直訳すれば「モリの魚」。

Sangwacha2

 突く際に、太鼓や手拍子で、マクブとタマンが歌詞に織り込まれた漁の歌を歌う。黒く体を塗った男たちや、かぶりものをした男たちも入ってきて、慶びの踊りを次々に舞った。このマクブとタマンは翌日、解体して、神官であるノロに献上してから、おつゆにして、島人にふるまわれる。

 ひととおりの神事が終わると、魚をかたどった神輿をかついで、島の少し沖にあるナンザ岩に向けて行進。引き潮の際には、ナンザ岩まで歩いて渡れるのだ。おばあたちは男たちが岩に渡るのを見送り、男たちが岩で祈りを捧げる。ナンザ岩では、下條自治会長が、ニライの海にいるすべての魚が平安座に押し寄せてきてほしい、と神に豊漁を祈願した。

Sangwacha3

 こうした行事が終わると、重箱などに詰めたポーポーを持ち寄って、祝宴が始まる。ポーポーは、小麦粉と黒砂糖を水で溶き、その生地を薄くのばして焼いたものをくるくると丸めたお菓子。サングヮチャーの日は、各家庭でポーポーをたくさん作る。

Sangwacha4

 島人の話では、サングヮチャーのポーポーは、小麦を丸ごとひいた全粒粉で作るので、独特の舌ざわりになる。かつて、この時期は麦の収穫期にあたっていたため、サングヮチャーの食べ物としてポーポーが定着したという。

 ところで、こうした薄焼きをくるくる丸めたお菓子には、もう一つある。白い生地を焼いて、甘い味噌を中に入れて巻いたものがそれだ。正しくはこちらがポーポーではないかと言う人が多い。中国語で炮炮(パオパオ)がポーポーになったのだとすれば、中にあんが入っているのがポーポーで、何も入っていないのはチンビンが正解、というわけだ。

 ただ、面白いことに、この混乱は平安座島だけでなく、全沖縄に見られる。言葉としてポーポーの方が印象に残りやすいため、薄焼きを丸めたものは、中身のあるなしにかかわらず、みなポーポーということに徐々になってきたのかもしれない。

bansyold at 00:10│TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote 沖縄 

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