2011年10月16日

ヒラヒラ感がたまらない

沖縄とアジアの食 第5回 フォー

 前回はフォーの写真を出しておきながら、肉の話に終始してしまった。今回から麺の話に移る。そのフォーからいこう。

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 ハノイの旧ハンザ市場の近く。旧市街は、いかにもごちゃごちゃした下町ふぜいが魅力だ。各店舗は間口が狭いからか、通りにまで品を出して売っているので、どことなく屋台店舗風の趣きになる。米粉の菓子、果物、麺類、豆腐、鶏。何でもある。その合間を天秤棒や自転車に野菜などを載せた商人が行き交う。

 食品関係の店に混じって、飲食店もいろいろある。店舗内だけでは狭いので、歩道上にもどんどん展開して、プラスチックのイスを並べる。子供用にしか見えない低くて小さなイス。人々はそこに腰掛けて、麺類やベトナム風の濃いコーヒーをゆっくりと楽しむ。

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 食料品店、飲食店、天秤棒。一つひとつが小さなピースで、街全体がジグソーパズルのように見えてくる。街路樹がどこも適度に張り出して木陰を作っているから、常夏の国ではあっても、意外に涼しい。

 その中に、ひときわ、人の出入りが激しいフォー屋があった。間口1.2mほど。見ていると、次々に客が声をかけ、注文が入る。かなりの人気店らしい。「限定××食、売り切れじまい」といった趣きだ。

 女性3人で切り盛りしている。1人が外でトッピング用の牛肉をせっせと薄切りにしている。前回書いたように、切った後はあまり間を置かずに使うのが衛生管理上のノウハウ。別の1人が奥で麺をどんぶりに入れ、もう1人が具や調味料を入れて熱いスープを注ぎ、客に出す。見事な連携プレー。

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 生牛肉のフォーを注文した。念のため、化学調味料は少しにしてね、と言ったら、分かってるわよぉ、と言わんばかりのはじけるような笑顔で応じてくれた。若いベトナム人に聞いたが、ひと頃は化学調味料全盛で、何にでも大量に入れていたが、最近は敬遠する人もいるらしい。

 麺。ひたすら薄く仕上げてられていて、スープと一体になったヒラヒラした感触がたまらない。スルスル、スルスル、いくらでも入ってしまう。コシめいたものは全くない。コシが欲しいとも思わない。

 麺のコシは、スルスルとすすり上げて口に入れた後、噛んだ時に得られる食感。フォーを食べていて思うのは、薄さとヒラヒラした独特の食感が口いっぱいに広がり、そのボリュームでそれなりの噛み応えがあれば十分、ということ。スープと完全に一体化した麺に、歯を押し戻すようなコシがあったら、かえって邪魔になる。

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 日本では、麺といえば小麦の麺が中心なので、グルテンの生成によるコシが命ということになっている。沖縄でも、沖縄そばは独特のコシで、その話は以前、万鐘本店で書いたが、ともかくコシがなくては話にならない。パスタもそう。芯が残るくらいのゆで加減がいい、とされる。

 フォーの食感は、そうしたコシとは対極にある。が、噛み応えがないわけではない。

 フォーの原材料になるベトナムの長粒種のコメは、粘りのないアミロースでんぷんの含有量が日本米より多い。

 日本の短粒米の品種改良は、粘りの強いアミロペクチンでんぷんの含有量を上げ、粘りを高めることに力が注がれてきた。電気炊飯器も、コンピューター制御で複雑な火加減を実現しているが、その目指すところは、粘りのあるごはんを炊き上げることに尽きる。かくして、いまの日本の食卓に出てくるごはんは、ものすごく粘りが強い。昭和の時代のアミロースが多い米の食感がどんなものだったか、大方の日本人は忘れているのではないか。

 フォーのソフトな歯ごたえは、まさにアミロース中心の食感。粘りはほとんどなく、歯にまとわりつくことがない。実にさらり、としている。透明なスープとの相性抜群の「さらり麺」だ。

 この場合、薄さが命だろう。アミロース中心の麺が太かったり、厚かったりしたら、歯を押し戻す力がない中に歯がだらしなく埋没していくような中途半端な感じになり、もたつくに違いない。薄ければ、歯がスっと入ったとたんに切れて、心地よい。

 この店、これまで食べたどのフォー屋よりうまかった。

 ラッキーなことに1時間後、再び近くを通った。よし、失礼してもう1杯食べようか、と思ってのぞいたら、店はもう閉まっていた。


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2011年10月09日

肉はいつまでもつか

沖縄とアジアの食 第4回 肉扱いの文化

 そろそろアジア麺の話をしようか、と思って、ベトナム・ハノイの旧市街で食べたこのフォーの写真を取り出したら、また肉の話になってしまうことに気づいた。麺好きの方には申し訳ないが、もう1回、肉の話におつきあい下さい。

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 昨年、富山、福井の焼肉チェーン店で出された生牛肉ユッケが原因の食中毒で、4人が亡った。

 肉の取り扱いは難しい。それは必ずしも「取り扱い技術の難度が高い」という意味ではない。肉を取り扱うことが国民的な生活技術、生活文化になっておらず、暗黙の衛生管理基準のようなものがないため、よけい難しくなっているように思える。

 南アフリカ共和国の田舎で、結婚披露宴に出席したことがある。披露宴はひたすら屋外でのダンス。次々に大音響の曲がかかり、参加者は体を動かす。新郎新婦も踊りの輪に加わる。その地域では、結婚式があると牛を1頭つぶし、肉を焼いて参列者にふるまう。久しぶりのごちそうに、ダンスの合間に食事をとる参列者たちの表情もほころんで見えた。

 しばらくして、会場内の小さな小屋に案内された。そこには牛の頭と内臓が置かれていた。部屋が狭いこともあるだろうが、アンモニアの強い臭いがたちこめていた。屠畜から少し時間が経っているようだった。

 南アフリカでは、おかずに牛の内臓の入ったシチューをよく食べる。肉でも魚でも、内臓は栄養豊富で味も濃いごちそう。どの国でも、内臓を捨てるような伝統文化はまず存在しない。

 東京でフランス料理のシェフから聞いた話だが、腕っこきのフレンチの料理人は、ありきたりの肉料理ではなく、内臓料理にこそ腕のふるいがいがあると思っているのだそうだ。それほど、フレンチの内臓料理は多彩で、奥が深いということなのだろう。

 南ア農村の結婚式で、小屋に置いてあった牛の内臓のアンモニア臭を感じながら、思った。「この人たちは、牛の内臓がどれくらいもつかを、よく知っているー」。めったいにないごちそうである牛の内臓を腐らせて終わるなんてことは、絶対にありえない。

 沖縄にも、そういう肉取り扱い技術の文化がある。市場でもスーパーでも、肉が大きな固まりのままで売られている。肉や内臓がどれくらいもつものか、家庭の主婦がだいたい経験的に分かっている。

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 1960年くらいまでの沖縄の農村では、どの家庭も豚を飼い、自分たちで屠畜もやっていた。1頭丸ごと処理するのだから、南アの牛と同じく、内臓まで含めて、すべての部位の取り扱い方法は「常識」だったに違いない。

 日本の本土でも、魚肉の取り扱い方については、文化と呼べる基礎がある。

 たとえば、どれくらいの鮮度なら刺身で食べられるかは、どの魚屋やスーパーも自分で判断している。魚を売る方も、そして大方の客も、目のにごり具合や、身の色、香りなどから、その魚の鮮度がいいか悪いか、ある程度は経験的に判断できる。暗黙の衛生管理基準のようなものがあると言ってもいい。

 一般に、大きな肉ほど腐りにくい。その意味では、魚の多くは、牛肉や豚肉の大きな固まりよりも腐りやすい。ただ、肉の大きな固まりも、空気や異物に触れる表面は、どんどん悪くなっていく。

 焼肉チェーン店での事故の後に「トリミング」という専門用語がニュースで流れた。肉の表面を削ることを言う。そう、大きな固まり肉でも、空気や手が触れる表面は、時間の経過とともに悪くなるから、悪くなった部分を削らなければならない。

 肉食の長い地域では、そういうことが文化として受け継がれている。日本でも、例えばサバは腐りやすいからよほど鮮度がよくなければ刺身で食べる人はいない、といった細かさで取り扱いの文化があるように、肉食文化が根付いている地域では、つぶしてから何日目からは肉の表面をこれくらいの厚さで削り落とす方が安全、といったそれなりの生活技術を多くの人が知っている。

 日本での事件の後に、韓国の焼肉店のスタッフが、なぜそんなことが起きるのか分からない、と首をかしげている映像をテレビのニュースで見た。肉食文化の長い伝統がある韓国では、日本の鮮魚と同じように、肉の熟成と腐敗について社会の経験の層が厚いのだろう。1990年代半ばに韓国の農村部を回ったことがあるが、裏庭で自分で豚をつぶしている農家がまだあった。

 写真はバンコクの市場の肉屋。肉が固まりなのはもちろんだが、冷蔵ではなく、常温で売っている。タイだけではない。東南アジアのほとんどは、精肉を常温で流通させている。それは冷蔵システムが発達していないからではあるのだが、常温となれば、肉扱いの技術はさらに高度なものにならざるをえない。

 常温の方が菌の繁殖速度は速いから、リスクもそれだけ大きい。統計をとれば、冷蔵流通が普通になっている日本より食中毒の発生頻度は高いかもしれないが、では食中毒が毎日のように起きているか、と言えば、さすがにそんなことはないだろう。それを支えているのは、細かい政策・制度でも、高度な検査機器でもなく、長い経験を通じて培われてきた普通の人々の肉に関する鮮度感覚にほかならない。

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 冒頭写真のハノイのフォーの店では、のせる牛肉を、担当の女性が大きな肉の固まりから薄く切り分け、すぐ使っていた。切り分けて、あまり時間をおかずに使うことがノウハウといえる。それなら、新たに表面に出た部分に菌が繁殖しない。

 こういう扱い方が分かっているから、常夏の国で、冷蔵庫もなしで、生肉を食べてもめったにあたらない。もし、しばしばあたるようなことがあれば、みなが危険を感じて、星の数ほどあるフォー屋も、生肉のせをやめざるをえなくなってしまうだろう。

 もう少し細かく言うなら、フォーの生牛肉の安全については(1)肉の鮮度(2)かけるスープの温度(3)肉の厚さと量―の3つの要素が重要だと思う。

 ベトナムは長い肉食文化を持つ地域なので、鮮度の悪い肉を使うことは一般的には考えにくい。数多くの客が訪れる人気店なら、試されずみの客数が多いという意味だけでなく、原材料の回転がよいという意味でも、さらに安心だろう。

 万一を考えて、スープによる熱殺菌効果を期待するには、スープが90度、95度といった高温でないといけない。それは注がれるスープの湯気の立ち具合を見ればだいたい分かる。

 加えて、肉があまり厚いとスープの温度が肉の中心まで伝わらない。肉の量が多すぎても、冷たい肉がスープの温度を下げてしまう。

 適度な厚さと量の肉がのり、湯気がたっぷりと上がる鍋から熱々のスープがかけられて、フォーが出てきたら、肉をスープによくひたしながら少し待ち、肉全体が白濁気味のミディアム状態になってからおもむろに食べる。

 日本本土は、特に戦後、肉の大量生産が行われるようになって、肉食が一気に大衆化した。しかし、肉を扱う伝統文化は弱いから、扱い方を知らない人が肉を扱う可能性がどうしても高くなる。特に、高度な判断を求められるユッケのような境界線のところで、社会全体の経験不足が出てしまうように思う。

 食のあり方に政府が介入して特定の食べ方を「禁止」したりするのはいかがなものかと思うが、るる述べてきた文脈からすれば、取り扱い方法がよく見えない飲食店が出す生肉については「無理をしないでおく」というのが正解のような気がする。

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2011年10月02日

アグーはラードをとる豚だった

沖縄とアジアの食 第3回 M字のアジア地豚
 
 ラードといえば、アグーと呼ばれる沖縄在来種の豚は、ラードをとるための豚だった。沖縄の昔の暮らしでラードがいかに大切な食品だったかは、前回、述べた通り。その大切なラードを供給してくれたのがアグーだった。

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 アグーは、体重80kgくらいの小さな体に、厚さ4、5cmもの背脂肪が載っている。西洋種の豚が、体重が110kgにもなるのに背脂は2cmに届かなかったりするのと全く対照的だ。

 西洋種は、肉を少しでもたくさんとるために脂肪が薄くなるよう、長い時間をかけて改良されてきた。これに対してアグーはもともと脂がたっぷりあるからこそ重宝された。

 戦後、アグーは西洋種と交配が進み、純系種が消えかけていたのを、さまざまな人々の努力で、ようやく純系種に近いとされる状態にまで「戻し交配」したところ。産肉を目指すとしたら、そのための改良はこれから、というのが実態だ。アグーに限ったことではないが、安定した系統の造成には、少なくとも20-30年かかる。

 そもそもアグーはラードをとるための豚なので、肉は少ない。脂が多くて肉が少ないこと、にもかかわらず生育期間が、つまり餌代をはじめとする生産コストが2倍以上になること、さらに時間をかけても体はあまり大きくならないことを考え併せると、アグーの価格は、すぐ大きくなって肉が大量にとれる西洋種の豚肉の3、4倍になってしまう。いくら希少価値といっても、100gで400円もするような高い豚肉が売れるはずもない。

 現実的な解決策として、経済性の高い西洋種とかけ合わせた豚を「アグー」の名前で売ることになる。出回っている「アグー」のほとんどは、アグーの血が一部入った西洋種との交配豚だ。

 アグーは500-600年前に中国から入ってきたらしい。小型で毛が黒い。ラオスでもベトナムでも、アグーに似た地豚を見た。

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 2枚の写真はラオスで見た地の豚。2頭の豚とも雌で、いずれも乳がよく張っている。1枚目は毛が黒だが、下腹部は少し白い毛が混じっている。2枚目は、赤土の泥水を浴びたばかりなので、すっかりそんな色になっているが、毛は黒に少し白が混じっている。こちらは体が少し大きかった。体つきから見て、中国系の改良種の血が混じっているかもしれない。

 2頭の豚とも、背中がくぼんで、横から見るとアルファベットの「M」のように見える。冒頭のアグーも、心なしかM字っぽい。昔のアグーの写真を見ると、もっとはっきりM字の形をしているものもある。下の写真はベトナムで見た地豚。やはり背中がくぼんでM字に見える。

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 アジアにはM字の豚があちこちにいるようだ。ラオスの豚もベトナムの豚も、アグーと同じく、ラードタイプの豚とみられる。途上国の田舎では、舎飼いではなく、放し飼い。そこらじゅうを歩き回ってはエサを探している。

 アグーは、本来の役割、つまりラード作りに生かした方がいいように思う。アグーの脂の質は非常に優れている。融点が低く、口どけがよい。イベリコ豚と同じように、夏場は常温で脂が溶け出すほど。大げさに言えば、ラード観が変わってしまうくらいの、すっきりした脂だ。

 一般の人が最もラードを身近に食べているのは、トンカツ専門店のトンカツだろう。トンカツ専門店のトンカツが香ばしく、サクサクした食感で、うまみが感じられる最大の理由は、揚げ油にラードを使うから。

 でも、アグーの高級ラードを、揚げ油として大量に使うのはあまりにもったいない。そのまま食べる料理に使いたい。

 例えば、サラミソーセージの白い脂は豚のラードだが、そこにアグーのラードを使ったら、さぞおいしいサラミができるだろう。あるいは、シンプルなキャベツいため。フライパンにアグーのラードをひとさじ入れて加熱し、キャベツをよくいためて塩をふるだけ。加熱されたラードとそれで焼かれたキャベツの香り高さ。あきれるほどうまいはずだ。火を止める前にジャッと醤油をたらせば、ごはんに最高のおかずになる。

 万鐘島ぶたのラードも、融点の低さとすっきりした感じはアグーに負けていない。商品化してはいないが、万鐘島ぶたのラードついてはこちらの過去記事をどうぞ。

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2011年09月25日

煮魚の奥から「あの味」が

沖縄とアジアの食 第2回 アンダカシー

 ベトナム・ホーチミン市の食堂で、雷魚の煮付けを食べ進むうちに、1センチ角くらいの小さな固まりが煮汁の中にあるのに気づいた。もぐもぐしていると、複雑な甘辛味の奥から「あの味」がじわじわと口に。久しぶりに旧友に出会ったような懐かしさ。アンダカシーじゃないか。

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 アンダカシーはウチナーグチ(沖縄語)。「アンダ+カシー」を和語にすれば「脂+かす」。豚のラードをとった後に残るカリカリした脂身かすのことだ。沖縄でも若い世代や都市部の人はアンダカシーを知らないかもしれないが、農村部の商店などには、今もアンダカシーが置かれていることがある。

 ラードの作り方はこうだ。写真は沖縄ではなく、ラオス北部の食堂で見かけたもの。やり方は沖縄と全く同じ。大きな鍋に豚の脂身と水を入れて火にかける。加熱された脂身からラードが徐々に溶け出してくる。

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 やがて溶けた脂の量が水の量を上回り、最後は水が完全に蒸発する。脂身は、自身が出したラードによってカリカリに揚げられて終わる。これがアンダカシー(冒頭の写真)。

 もちろん主産物はラードだ。昔の沖縄では、年末などに豚をつぶしたが、肉の方はすぐ食べてなくなってしまう。冷蔵庫のない時代には肉を大量の塩で漬け込んでスーチカーとして保存したが、それでも、脂の果たした「細く長い役割」には遠く及ばない。

 ラードは酸化しにくい。植物油はすぐ酸化してしまうし、家庭で搾油することも簡単ではない。ラードなら簡単にたくさんとれて、しかも酸化せずに常温で長い間保存できる。

 今と違って、昔の生活では、肉はたまにしか食べられないが、常備されているラードを野菜の煮込みやみそ汁に少し加えれば、すばらしい味と香りと栄養が得られた。ふだんの沖縄の食生活では、豚肉よりもラードの方が大きな役割を演じていたに違いない。

 写真はラオスの市場。こんなふうに豚の脂身がドカンと売られている。それだけニーズが高いからだろう。

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 アンダカシーはラード作りの副産物ながら、脂身がきつね色に焦げて、何とも言えない独特の香りを放つ。料理に加えれば、コクと香りを与えてくれる。

 ベトナムの雷魚の煮付けにアンダカシーが必ず入っているというわけではないが、くだんのホーチミン市の食堂は、アンダカシーを入れることでコクと香りを一段と高めていたのだろう。雷魚自体はあまり脂のない淡白な魚なので、全体のコクを増すのにアンダカシーはうってつけなのだ。

 沖縄でも、かつてはアンダカシーをいろいろに使った。例えばー。

 沖縄には、アンダンスーと呼ばれるごはんのお供がある。万鐘の肉みそは豚赤身肉を煮込んで作るが、アンダンスーは豚三枚肉を小さく切って、味噌、砂糖とともにいためて作る。久米島出身のある知人がアンダンスーの意外な作り方を教えてくれた。

 「うちの母は、三枚肉ではなく、アンダカシーでアンダンスーを作っていました」

 アンダカシー入りのアンダンスー。さぞ香ばしかったことだろう。

 沖縄やアジアだけではない。アンダカシーは、アメリカの大きなスーパーにも置かれていたし、南アフリカの農村部でも見かけた。豚を食する世界中の人々が、同じ技術でラードをとり、アンダカシーを楽しんでいる。

 アンダカシーは料理に使われるが、ちょっと塩をふってそのまま食べれば、おやつや酒のアテにも最高だ。

 ところでー。ラードと言えば「体に悪い」と条件反射のように考えてしまうクセが今の日本人にはあるが、それはおそらく違う。ラードを食用に使っているラオス人が太っているわけではない。今の沖縄の肥満はひどいが、ラードを食べていた昔、沖縄県民が肥満に悩むなどという話はなかった。

 なぜ? 答えは簡単。ラオス人も昔の沖縄も、まずは食べる油脂の総量が少なかったのだ。今の日本は、油脂の摂取量が多すぎる。もし同じ調子でラードを大量に食べたら体に悪いに決まっている。

 逆に、少量の良質なラードを賢く食生活に取り入れれば、食は豊かになるはず。マーガリンやショートニングなどトランス脂肪酸を多く含む油脂を大幅に減らして、少量の良質なラードをうまく取り入れればいいのではないだろうか。

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2011年09月18日

死んだ魚は買いません

 シリーズ「沖縄を創る人」に加えて、新シリーズ「沖縄とアジアの食」を始めます。沖縄はアジアへの玄関口。アジアを歩くと、あちこちで沖縄とよく似た豊かな食に出会います。新シリーズでは、そんな話を綴っていきます。更新は毎週日曜日。不定期になりますが、「沖縄を創る人」も随時掲載します。


沖縄とアジアの食 第1回 雷魚の甘辛煮

 ごはんにのった輪切りの煮魚。ベトナムの国民的ごはんのおかず、雷魚の甘辛煮だ。醤油と砂糖で作る日本の甘辛味の魚の煮付けと似ていて、ごはんがすすむ、すすむ。

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 日本の魚の煮付けと似てはいるが、ベトナムの煮魚の味わいはもっと複雑な感じ。使われている調味料が日本の煮魚と違う。

 まず、醤油ではなく、魚醤ヌクマムを使う。煮込み料理なので、ヌクマム独特の香りはほとんど飛んでしまい、うまみだけが残っている。ヌクマムのうまみは、醤油よりは線が細いが、先のとんがったモリで突くような鋭い強さがあって、彫りの深い味を作り出す。

 魚の煮汁の甘みは、砂糖をひとひねりしたカラメルが担う。カラメルは砂糖を加熱して少し焦がしたもので、日本ではプリンのソースとしておなじみ。焦がし具合にもよるが、甘みにわずかな苦みが加わるから、ただの砂糖よりも複雑な味になる。

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 雷魚は淡水魚なので、微かな臭みがあるが、魚醤とカラメルの煮汁がその臭みを消してくれる。

 中までしっかりと甘辛味がしみ込んだ煮魚を白いごはんと一緒に口に入れれば、アジアのごはん文化の豊かさをしみじみと実感できる。アジアの米どころと言えば、まずはタイと、このベトナムを挙げないわけにはいかない。知人のベトナム人が言った。

 「南部のメコンデルタには巨大な精米所が軒を並べていますよ」

 メコンデルタは、場所によって3期作までできるそうだ。

 ベトナムは日本とよく似た形で、南北に長い海岸線を持つ国なのだが、食卓に出てくる魚と言えば、決まって雷魚のような淡水魚だ。なぜだろう、と考えているうちに、面白いものを見た。

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 ホーチミン市郊外の巨大な魚卸売市場。大きな鍋のようなタンクがいくつも並ぶ。聞けば、生きた魚を入れて運ぶタンクとのこと。一緒にいたベトナム人が言った。

 「ベトナム人は、死んだ魚は買いません」

 その後、各地を回ったが、地方の小さな市場でも、たらいの水に入れて生きたままで売られている魚が多かった。

 それにしてもー。魚より水の方がはるかに重いのだから、生きたまま運べばかなりの運搬コストになるはず。

 日本では、ベトナム流で言えば「死んだ魚」が鮮魚店に並んで鮮度を競っている。が、周年、摂氏30度近いベトナムでは、死んだ魚はすぐ腐敗する。「新鮮な魚」から「危ない魚」に変わるまでの時間が短いから、「生きた魚」にこだわらざるをえない、ということか。

 海の魚を内陸まで生きたまま運ぶことはできないから、生きた魚を食べようとすれば、消費地に池を掘り、そこで淡水魚を養殖する以外にない。実際、ベトナムの内陸部で、こんなところに、と思うような場所に灌漑兼養殖のための大きな池が作られているのをあちこちで見た。 

 ホーチミン市の、ある食堂で昼ごはんに定番の煮魚を食べながら、ベトナム人と淡水魚のそんな関係をつらつら考えていたら、1センチ角くらいの小さな固まりが煮汁の中にいくつかあるのに気づいた。ん? 魚ではない。何だろう。

 続きは次回9/25に。

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2011年02月06日

ちんすこう着てトライアスロン

沖縄を創る人 第6回
 新垣カミ菓子店 伊波元丸さん


 新垣カミ菓子店の琉球伝統菓子の味と香りは昔も今も変わらない。その一方で、同店の仕事には、時代の変遷とともに変わってきた部分もある。例えば、ちんすこうの形と大きさ。

 「これを見て下さい」。伊波元丸さんが、作業場の奥の方から、使い込まれた感じの木型を取り出してきた。

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 現在のちんすこうは、長さ6cmほどの細長いものが2本、1袋に入っているタイプがほとんど。伊波さんが作るちんすこうもこのタイプだが、かつてのちんすこうは1個がもっと大きかった。

 一番右の菊の型が普通のちんすこう用で、直径4cmほど。焼くと1.5倍に膨らむというから、出来上がりは6cmくらいになるのだろうか。厚さも1cm強になりそうだ。戦後間もなくまではこの型が使われていたという。

 左側と真ん中の2つは、特別注文で作られる祝儀用ちんすこうの木型だ。真ん中の型は「祝」の文字がくり抜かれている。食紅を混ぜた生地をこの「祝」の型に詰め、次いで、左の穴のあいた木型を乗せて、そこに普通の生地を詰める。2種類の生地を1つにして型から抜くと、上部に赤い「祝」の字が乗ったスペシャルちんすこうができる。

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 今ではこの木型が使われることはないという。「今の細長いのでも大きすぎるという人がいるくらいだからね」。伊波さんの母で7代目の恵子さんが言った。

 包装についても、伊波さんはさまざまな工夫を凝らしている。前回の冒頭で書いたように、同じ新垣名のちんすこうメーカーは3社あるので、うっかりすれば埋没しかねない。伊波さんはちんすこうの包装を、食品業界ではあまり使われない黒と金にしてみた。カラフルなおみやげ品が並ぶ中に置かれると、黒の包装は確かによく目立つ。

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 27袋入りと15袋入りの2種類の黒いパッケージに加え、10袋入りのシルバグレーの小さな箱も作った。「ちょっとしたお返しに使いたい」というお客さんの声を形にした。

 シルバーグレーの小さな箱には表の左下の部分に切れ込みが入れられるようになっていて、そこにあいさつ状などを差し込める。この色なら、祝儀、不祝儀いずれのお返しにも使えるだろう。

 「ちょっと待って下さいね」と言って席を立った伊波さんが、なにやら手に持って戻ってきた。

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 伊波さんが広げてみせたのは、新垣カミ菓子店のトレードマークの竜をあしらったスポーツウエア。

 伊波さんは体を動かすのが好きで、長くマラソンをやってきた。しばらく前から泳ぎを始め、それなら、と自転車にも乗るようになって、ついにトライアスロンを始めた。宮古島で開かれる大会などに毎年のように出場している。

 竜の絵に加えて「ちんすこう」と大書きされている。スポーツ用品メーカー名が入ったウエアに飽きた人たちにとって、「ちんすこう」は新鮮だったのかもしれない。スポーツウエアと伝統菓子のちんすこう。これほどコントラストの強い組み合わせは珍しいかもしれない。

 ホームページでこれの製作を知らせたら、あちこちから注文が舞い込んできて、これまでに60着も売れたという。特別注文なので原価で1着1万2000円もするのに、である。

 「これを着て走っていると、『ちんすこう、頑張れ!』って声援が飛ぶんです」。伊波さんが楽しそうに話す。

 この竜、よく見ると、ちんすこうを食べている。遊び心も十分だ。

[伊波元丸さんとつながる] 新垣カミ菓子店の首里製造所は那覇市首里赤平町1-3-2、886-3081。伊波元丸さんは「琉歌百景」のブログを書いている。商品が買えるのは、国営首里城公園のショップ、那覇空港の沖縄美々(ちゅらぢゅら)、沖縄市にある東京第一ホテルなど。新垣カミ菓子店のホームページからも取り寄せられるが、受注生産が原則。ちんすこうは置いていることが多いが、ちいるんこうはないことも多いので問い合わせを。

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2011年01月30日

ちんすこう支える「何も変えない勇気」

沖縄を創る人 第5回
 新垣カミ菓子店 伊波元丸さん


 ちんすこうをはじめとする昔ながらの琉球伝統菓子を作り続ける新垣カミ菓子店。8代目にあたる伊波元丸さんに首里の製造所で話を聞いた。

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 新垣カミ菓子店の歴史は200年前にさかのぼる。琉球王府の包丁方を拝命した新垣親雲上淑規(あらかきぺーちんしゅくき)が開祖。店名になっている新垣カミは、淑規から4代後の淑正の妻で、早くに夫を亡くし、女手ひとつで戦前、戦中、戦後の激動の時代に、伝統の味を守り続けた。

 同じ「新垣(あらかき)」の名でちんすこうを製造しているメーカーは3軒ある。いずれも開祖は同じ淑規で、長い歴史の途中で分かれた。

 新垣カミ菓子店の製品は、ちんすこう、ちいるんこう、はなぼうる、くんぺんなど。伊波さんは現在、ちんすこうとちいるんこうを主に作っている。

 伝統的なちんすこうは、小麦粉、ラード、砂糖、ふくらし粉で作る。新垣カミ菓子店は国産の小麦粉とラードを使う。

 「ちんすこうの食感には小麦粉が大きな影響を与えます」と伊波さん。

 鶏卵が入らないため、結着効果は小麦粉と砂糖だけが担うことになる。いろいろな国産小麦粉を使ってみたが、同じ国産小麦粉といっても、ちんすこうを作ってみると、固すぎる出来上がりになるものもあるし、逆に柔らかすぎてすぐ崩れてしまうものもある。

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 ちんすこうは、生地を焼くと、少し膨らんで上部が盛り上がるとともに、中に3ミリくらいの小さな空洞がいくつかできる。これが口の中で噛むうちにほろほろ崩れる感じの食感の一翼を担っているが、膨らみすぎてもいけない。むしろ生地はしっかり押さえて空気を抜くようにして整える。このような微妙で繊細な感覚が、昔から変わらぬおいしさを支えているといえそうだ。

 新垣カミは「昔からの味は絶対に変えてはならない。お客に対しては、常に立派な菓子をお出しするのがあたりまえ」と常々言っていたという。

 昔の味とは違う新しいものに挑戦したくなりませんか、と伊波さんに尋ねたら、こんな答が返ってきた。

「あえて何も変えない勇気っていうのもあるのかな、と思うんです」

 素材の確かさ、味や香りは昔のまま。看板やパッケージに「伝承200年」とうたっている。

 ちんすこうのほかに、伊波さんが担当しているのが、ちいるんこう。これは万鐘本店1期の第155話で紹介した。卵黄がたっぷり入る栄養豊富なお菓子だ。カステラよりもしっかりした食感。

 琉球国王の王冠の宝石を模したピーナツときっぱんが表面にあしらわれている。生地をじっくりと蒸し上げて作る。

 生地の材料を混ぜ合わせてから時間が経つと生地から気泡が出てきて、仕上がりが悪くなるので、生地づくりから蒸しまでの作業はスピーディーにやる必要がある。これも、代々伝承され、伊波さんの母で7代目の恵子さんから伊波さんに伝えられてきた作り方の一つだ。

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 首里城の中で王子の控え所だった「鎖之間(さすのま)」では、現在、見学者がさんぴん茶と琉球伝統菓子を楽しめる。どの琉球菓子店のお菓子を採用するか、首里城のスタッフが各社の製品を食べ比べた結果、新垣カミ菓子店のものが採用された。

 続きは次回2/6(日)に。

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2011年01月23日

日本有数の品ぞろえと価格競争力

沖縄を創る人 第4回
 しゃりま店長 仲本朝洋さん(下)


 仲本朝洋さんのオリーブハウスは、なぜこんな所にとだれもが思うような、宜野湾市の住宅街の分かりにくい場所にある。そんな場所を探して、高品質のオリーブオイルを求めにやってくるお客さんが絶えない。現在は平均して毎日20ー30本売れる。場所や単価から考えると、これはちょっと驚異的な販売数といえるだろう。

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 「年齢や性別は関係ないですね」

 来店するお客さんの多くが「健康」を口にするという。メタボ危機の一方で、健康を取り戻したいと意識的に行動する沖縄県民もまた増えているのかもしれない。

 オリーブオイルの効能はいろいろあるようだ。高コレステロール低下、リウマチ予防、乳がん予防、大腸がん予防、便秘解消、心臓発作予防などが科学的に証明されているほか、胃に負担がかからない、消化吸収を助ける、老人性痴呆症・骨粗鬆症・皮膚の老化を防ぐなどとも言われる。

 単価から考えて驚異的な売れ行き、と書いたのは、価格志向の強い沖縄県民からすれば、という意味合いがある。スーパーで売っているオリーブオイルと比べれば、高品質のオリーブオイルは当然ながら高い。2倍、3倍するものもある。

 一方で、東京の百貨店などで売られている同格の高品質品と比較したら、オリーブハウスの価格は安い。イタリアの妹夫妻が自らセレクトして直送してくるシステムで、中間業者が介在しないからだ。

 つまり、オリーブハウスは、日本でトップクラスの品ぞろえに加えて、一定の価格競争力も備えている。これを武器にすれば、県外や海外の市場も視野に入ってくる、と仲本さんは考えている。

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 オリーブハウスの一番の売れ筋はこれ。フィレンツェにある採油工場で作られているグレッツォ・リフラント。絞っただけで濾過していないため、青みがかった緑色がぼんやりと濁っている。苦み、辛み、渋み、香り、どれもしっかりあるタイプ。味くーたーが好きな沖縄県民好みなのかもしれない。

 グレッツォ・リフラントに限らず、高品質のオリーブオイルには、苦みや辛みがあるし、オリーブの香りも強い。「大人の味」、と思いきや、仲本さんが意外なエピソードを披露してくれた。

 「小さい子供が野菜を食べなかったのに、これをかけたら食べるようになったと語るお客さまが何人もいらっしゃるんです」

 中には、そんな小さな子の手を引いて、オリーブオイルを買い求めに来るお母さんもいるという。とらわれのない小さい子供は、体にいいものを本能的にかぎ分けて、高品質のオリーブオイルを喜んで食べるということだろうか。

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 高品質のオリーブオイルは油っぽさがないのが特徴だが、皿についたオリーブオイルを洗うのに、せっけんを使わなくてもきれいになるという話を仲本さんに聞いたので、実際にやってみた。

 皿についたオリーブオイルは水でよく流れた。表面に薄く残ったものも、指でこすっていると次第にキュキュッという音がし始め、やがてきれいになってしまった。最後のオイルの一部は指先に吸収されていくのかもしれない。

 そう、肌への吸収がよいのは、いわば実証済み。肌につけるオイルとして活用している人はたくさんいる。

 品質の高さを維持するのは簡単ではない。まず光に当ててはならない。温度の変化にも敏感。普通の店では客が手にとれる棚に商品を並べているが、オリーブハウスでは、商品はすべて専用の保管庫に入れている。

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 仲本さんの店のファンの一人が贈ってくれたオリーブの苗木を店の前に植えたら、枝をどんどん広げ、わずか3年で高さ7、8mにも成長した。オリーブの木は生命力が強い。

 その間には、実もつけた。オリーブで知られる小豆島に勉強に行った際に、沖縄では寒さが足りないので実はつかないだろうと言われていただけに、「感激しました」と仲本さん。

 リピーターは、どんなに間があいても3カ月に1回は必ず来店するという。高い品質のほんものの持つ力が、健康を求めてやまない顧客をひきつける。ごまかしのない商売の王道に、仲本さんは確信を深めている。

[仲本朝洋さんとつながる]
 オリーブハウスは沖縄県宜野湾市新城2-45-6、098-892-2289。一部の取扱商品については、HPのネット直販でも買える。

bansyold at 00:35|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック