2011年07月03日

沖縄の農業は「いける」

沖縄を創る人 第25回
 沖縄百姓の会代表 上地聴さん(下)


 上地聴さん率いる「沖縄百姓の会」が取り扱う品目は、農薬も化学肥料も使う農法、いわゆる慣行農法で作る野菜もあるし、減農薬・減化学肥料で作るものもある。

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 例えば「198円」の価格を崩さずに、量を売っていくタイプの商品は、化学肥料の力によって、単位面積当たり収量を、あるレベル以上確保することがポイントになる。

 逆に、農薬や化学肥料を減らすことで収量を落としても、一定の価格を確保できるタイプの農産物も手がける。例えばイオンの「グリーンアイ」ブランドがそう。沖縄百姓の会は、沖縄県内のイオン各店のグリーンアイ商品生産を請け負っている。安全安心を担保する農業生産工程管理(GAP)を導入した会員農家も35軒ある。

 減農薬・減化学肥料をさらに進めて有機野菜を作る可能性はどうだろうか。

 日本の有機認証は3年以上の土地履歴がないと得られない。気候や市場の変化によっては、3年間のうちに、化学肥料や農薬を使わざるをえないことが起きうる。病気に弱い園芸作物は特にそう。めまぐるしく変わる気候や市場の変動の激しさと、「絶対的な3年間」とは相容れないことがしばしばある。

 有機野菜の市場性に関心は大いに持ちつつも、生産現場を知り尽くしている上地さんは少し慎重だ。無理をして背伸びをすれば、デリケートな農家経営はたちまち破綻するからだ。慎重に、慎重に、上地さんは有機野菜の可能性を探っている。

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 百姓の会は、新しい作物を常に模索してきた。そうした新規導入作物については、生産・出荷が軌道に乗るまで、上地さん自身が自分の畑で実験することが多い。今も新たな品目をいくつか仕込んでいる。

 研究開発を経て、自社ブランドとして本格出荷までこぎ着けた作目の代表格がエダマメ。沖縄なら、4、5月に本土に出荷できる。そろそろビールが飲みたくなるという季節に、他府県の産地に先んじて、タイミングよく食卓に提供できる。

 ことしから本格出荷する予定だったが、折悪しく台風2号が来襲。最後の仕上げ段階まできていた畑の多くがやられてしまった。会員農家のエダマメ畑を回りながら、上地さんが、台風にやられた若いさやを手にとってつぶやいた。「実が入るかな。・・・厳しいな」

 エダマメを出荷するための百姓の会専用袋をちょうど作ったところだった。

 「10万枚がパーです。また来年使えばいいんですけど」

 自然現象の台風に文句を言ってみても始まらないが、「さあ今から」という出ばなをくじかれてはさすがにまいるな。上地さんは多くを語らないが、そんな表情をしてみせた。かなりの損害額に上ることは間違いない。

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 沖縄百姓の会が年商6億を実現できたのは、マーケットのニーズにまじめに応えてきたからにほかならない。「タイミングよく提供する」のも本土向けばかりではない。

 会員の中に、朝どりレタスを出している農家がいる。毎朝収穫したものをその日のうちに県内のイオンに送る。1日、2日経過したものに比べると、鮮度が全く違う。そのことをよく知っている固定ファンのお客さんが楽しみにしているという。

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 台風でやられたエダマメ畑を歩きながら、上地さんは言った。

 「沖縄の農業はいけると思っています」

 自らを鼓舞するための言葉かと思ったが、全く違った。

 「沖縄野菜は、本土の冬場に重宝するんです」

 最初から最後までとことんマーケットに向き合う中で培われた確かな手応え。マーケットが「欲しい」と言ってくるものをまじめに作れば、必ず売れる。上地さんはそう実感している。

[上地聴さんとつながる] 沖縄百姓の会はホームページは作っていない。百姓の会が導入した農業生産工程管理(GAP)についての沖縄タイムスの記事がある。GAPそのものについては農林水産省の解説が詳しい。

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2011年06月26日

畑からの情報が早いことが生命線

沖縄を創る人 第24回
 沖縄百姓の会代表 上地聴さん(上)


 農業はハイリスク、ローリターン。だから、企業は参入に二の足を踏むし、参入してもいつの間にか撤退していく例が多い。そんな中で八重瀬町、糸満市など主に南部の農家が集まる「沖縄百姓の会」は年商6億を着実に売り上げる。百姓の会を率いる上地聴さんに会った。

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 上地さんはJAに勤務した後、独立。自分で野菜を生産しながら仲間を増やし、生産物の販路を徐々に拡げていった。百姓の会は、トマト、キュウリ、レタス、エダマメと、売れるものはなんでも作る。

 農業は、天候に左右されるし、病虫害にもやられやすい。市場価格は乱高下するから、安定した利益を上げるのは簡単ではない。百姓の会では、農家が売りたい価格を決め、それをベースに、会が販売先と交渉するのが基本。

 「席を空けて待っていてもらうわけです」と上地さん。

 農家は売上の見通しが立つ。相手も仕入れの計画ができる。一時的に相場が上がったからといって、約束を守らず、横流しするような会員農家には厳しい姿勢でのぞむ。そこをなあなあにしたら信頼は決して得られない、上地さんはそう考えている。

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 では、一般の農産物流通業者と百姓の会とはどこが違うのか。

 「例えば、買い手の卸業者から、こういう野菜がもう少し欲しいんだけど、という急な話が入ったとします」
 
 スーパーなどでの農産物の販売は、計画通りにいかないことが多い。販売量が見込みを大幅に上回ることもある。「○○が欲しいけど、ないか」という急な話は日常茶飯事だ。

 そんな時、卸業者の多くは青果市場を探す。そこにたまたま欲しいものがあればいいが、求める品質のものがいつもあるとは限らない。

 直接の農家ネットワークを持っている卸業者の場合は、市場頼みの業者よりも、生産現場の近くにいることは確か。だが、彼らが畑の状態を把握するのはそう簡単ではない。1週間前には何ともないと思っていた野菜畑であれよあれよという間に病気が広がるというようなことはよく起きる。1、2度の気温差が実りの時期を早めたり遅くしたりすることも。

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 時々刻々変化するのが畑というもの。そもそも卸業者は生産技術のことはよく分かっていないから、こういう気象条件なら何が起きるか、といったテクニカルな予測を立てることはできない。

 「百姓の会は、メンバーが百姓です。メンバーの畑で何が起きているか、最新情報を逐一把握しています。お客さんから急な話が入っても、それに応えられるのは、どこのだれの畑か、すぐ分かります」

 あるのか、ないのか。あるなら、何がどれくらい手に入るのか。こうした情報こそが、商取引をするうえで信頼を勝ち取る基本になる。買い手の卸業者も、数多くの小売店のニーズに応えて初めて信頼を得られる立場にあるから、信頼に足る早い情報はノドから手が出るほどほしい。

 百姓の会は「畑からの情報が早い」(上地さん)。当事者にしか分からない最新の現場情報が、百姓の会の最大の強みだ。「農家が生き残れるとしたら、この部分しかないと思います」とまで上地さんは言う。

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 顧客とのそういう関係を続けているから、会員農家も買い手のことを常に考えるようになる。お客さんが欲しがる農産物、つまり「売れる農産物」を作ることに全力を傾注する結果になる。

 農産物だから、出来すぎ、穫れすぎ、もある。

 「ふだん相手の期待に応えようと努力しているから、こっちが困っている時は、お願いできないか、と言えるわけです」

 もちろん押し売りではない。あくまで、買い手のニーズに応える形で、だ。続きは7/3(日)に。


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2010年03月21日

[第161話 農、南] 稲の品種改良に注ぐ情熱

 沖縄本島の稲作地域と言えば金武町だが、名護市喜瀬にも田んぼがある。喜瀬の水田地域を回っていたら、小さな苗が植えられていた。沖縄本島では非常に珍しい稲作専業農家、比嘉菊敏さんの田んぼだった。比嘉さんは新しい品種を自ら作っている。

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 比嘉さんの田んぼに植えられていた小さな苗は黒米。定植は10日ほど前のことで、まだ本当に小さな苗だが、よく見ると、紫色の色素を帯びている部分が葉のところどころにある。黒米のアントシアニンの紫色は、子実だけではなく、葉にも現われるらしい。

 第44話で書いたように、沖縄の稲作は八重山や伊平屋などの離島地域が中心で、沖縄本島では既に稲作自体が珍しいものになってしまった。わずかに残された金武町でも、その多くは自給用。

 専業農家の比嘉さんは、当然ながら米を出荷している。黒米だけでなく、普通の白いうるち米も作る。田んぼではターンムも作っているから、正確には、稲作専業農家ではなく、「田んぼ専業農家」というべきだろう。

 ことし比嘉さんは、新しい稲の苗を定植する予定だ。黒米の一種だが、うるち米ともかけ合わせたオリジナル品種。10年がかりで種を選抜し続け、ことしは500坪ほど定植できそうという。

 その苗床を見せてもらった。「モミを割らないと玄米の色が分からないので、すべてモミを割って、玄米を選抜します。だから、この苗はすべて玄米から発芽させたものなんですよ」。播種はモミをまくのが普通なので、玄米から作られた苗の話にはびっくりした。

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 こうした品種改良を自分でやる農家は、沖縄に限らず、現在は非常に少ない。しかし、洋の東西を問わず、農業が始まったとされる2万年前から、品種を絶えず改良してきたのは常に農家だったのだ。

 いま、品種改良は、農家の手から完全に離れている。品種改良を一手に引き受けているのは、米などの穀類なら農業試験場の技官、野菜類ならば民間の種会社。いずれも「育種の専門家」だ。

 だが、目を海外に転じると、農家が品種改良を手がけるケースはまだある。そのほとんどは、開発途上国の、それも交通の不便な地域。そういう地域社会に関する文化人類学者らの報告書を読むと、農家による品種改良の話が時々顔を出す。

 例えば、ペルーのリマにある国際イモセンターが出したある報告書によると、ネパールのある村では、女性の品種改良農家がいて、13種類のサツマイモの品種を改良し続けている。この品種は実が固いけど日持ちがいいので出荷用、この品種は見栄えは悪いが甘みが強いので自家用、この品種は水不足に強いので干ばつ対策用、この品種は甘みは今ひとつだが皮色がきれいなのでやはり出荷用、といった具合だ。その管理ぶりは、あきれるほど細かい。

 品種改良は、無名の篤農家の手によって、文書の記録が残されるはるか以前から行われていた。例えば、第142話でも触れたが、中尾佐助の名著「栽培植物と農耕の起源」によると、バナナが現在のように種なしになったのは約5000年前に今のインドネシアあたりで品種改良が行われたから、と推測されるらしい。

 いったいどんな農民がバナナを種なしにしたのだろうか。たまたま突然変異で種がなくなったバナナを見つけ、その理由を考え、そうする方法を考え考え・・・。いくつもの偶然、幸運、不運が重なり、長い時間がかかったに違いない。その間に登場する篤農家も、たくさん選手交代したことだろう。

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 二酸化炭素や騒音などを全く出さないゼロエミッションの電気自動車。日産自動車がその開発につぎ込んだ研究開発費は5000億円以上、と言われる。カルロス・ゴーン最高経営責任者がそれを明らかにしたのは昨年の東京モーターショーだった。

 比嘉さんやネパールの女性のような名も無き篤農家と、世界規模の巨大企業では、注がれる資金のケタはもちろん全く違う。だが、技術革新に注ぐ情熱は、農業、工業を問わず、今も昔も変わらない。

 もう一つの大きな違いは、育種の専門家や大企業による研究開発は大量生産のための研究開発であること。これに対して、農家による研究開発は、もっと細かく、多様だ。ネパール女性のサツマイモの例がそれを物語る。

 これからの消費者の多様なニーズに応えることができるのは、案外、こうした農家による研究開発になってくるかもしれない。

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2010年03月07日

[第159話 農、食] 岐路に立つ沖縄のサトウキビ

 製糖期である。製糖工場の近くに住んでいると、朝から晩まで、サトウキビの絞り汁を煮詰める香りが漂う。のんびりした風情だが、沖縄の製糖の舞台裏は、牧歌的な状態とは正反対の厳しい状況に追いつめられている(写真は、製糖工場ではなく、伝統的な釜炊きによる黒砂糖づくり)。

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 ざわわ、ざわわ。サトウキビの揺れる穂は、沖縄を象徴する農村風景。収穫は年末から3月にかけてで、刈り取りが始まると、道端に束ねて置かれたサトウキビを、専用のクレーン車が、かさ上げされた10トンダンプに積み込む風景が農村部のあちこちで見られる。

 写真はサトウキビを収穫するハーベスター。ただ、大東島などを除き、これが活躍している場所はあまりなく、昔ながらの手刈りが多い。沖縄のサトウキビの栽培面積は小さいので、ハーベスターをレンタルで入れると利益が得られないことが多いからだ。

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 このご時世に、ほとんど付加価値のつかない作物を手刈りして引き合うのだろうか。そもそも、鮮度が全く問題にならない砂糖のようなもので、労賃が何分の一のアジアやアフリカの発展途上国と競争して、勝てるのだろうか。

 実は、沖縄の製糖は、政府による二重の保護制度の中で成り立っている。一つはサトウキビの農家からの買い上げ価格補填。市場価格の約2倍の値で買い上げ、差額を政府が出す。いま一つは、沖縄の製糖工場の最終製品である原料糖の販売価格補填。原料糖には、市場価格の約3倍が支払われる。サトウキビの買い上げと同様に、市場価格より高い分は政府が出している。

 政府はこれまで、輸入砂糖の輸入関税を財源とし、いわばゲタをはかせる形で、沖縄の製糖業を支えてきた。しかし今後の世界貿易機関(WTO)の協議で砂糖が保護対象からもしはずされれば、こうした輸入関税をかけられなくなり、沖縄の製糖を支えてきた制度は財源を失う。もし制度支援なしで現実の経済競争のただ中に放り込まれたら、沖縄の精糖業はただちに崩壊しかねない。

 しかし、サトウキビという作物は、農業生産の立場から見たら、とても魅力的。イネ科で直根が深く土に入っていき、土の通気性を大いに高めてくれる。葉や茎の表面には酵母などの有益な微生物がたくさんついていて、土の生物性改善にも大きく貢献する。要するに土づくりに非常に役立つ作物なのだ。だから、サトウキビと他の作物の輪作など、応用がいろいろできる。台風に強いのも魅力。

 とはいえ、現実の経済競争の中で勝ち目がなければ、いくら土づくりに役立つなどといっても、どうにもならない。本当に勝ち目はないのだろうか。

 うるま市で製糖工場に長年勤務し、サトウキビ農家を相手に技術指導を続けてきた金城静光さんは、保護制度に依存するだけでなく、農家の自助努力で収量を上げることも重要、と説く。10アールあたり約6トンが現在の平均収量だが、これを2倍にすることは技術的に十分できる。同じ面積の畑から穫れるサトウキビが2倍になれば、畑を2倍にしたのと同じこと。投入資材や労力から考えて、畑の面積を広げるよりは、収量を上げる方がはるかに効率がいい。

 最終製品である砂糖をもっと付加価値の高いものにするというのも一つの方向だろう。例えば、精製を重ねた真っ白な砂糖より、サトウキビの絞り汁を煮詰めただけのミネラルたっぷりの純黒糖の方が栄養価が高く、ヘルシー志向の時代には需要の高まりが期待される。

 沖縄では黒糖をおやつ代わりによく食べる(下の写真)が、このようにして直接消費される砂糖の量はそれほど多くはないし、県内の純黒糖生産は既にだぶつき気味。やはり菓子製造などに使ってもらわないと、量がはけない。

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 有機砂糖はどうだろうか。これは一般市場、業務用市場の両方が期待できる。業務用について言えば、有機食品市場全体で見たら、砂糖を使う食品は山ほどあるはずだ。世界市場を見回してみると、ヨーロッパなどで有機砂糖の需要が伸びている。写真は南米で見かけた有機砂糖。ヨーロッパに輸出しているという。

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 もちろん、沖縄の今の製糖工場は有機砂糖を製造する目的で作られているわけではないので、有機砂糖を作ろうとすれば、プラントの改造は避けて通れない。しかし、中国南部や東南アジアなど、経済成長著しい地域の有機砂糖市場がこれから徐々に拡大していく可能性を考えると、有機砂糖は、沖縄の製糖生き残り戦略の一つの中核になるようにも思える。

 さらに、有機砂糖で終わらせずに、有機砂糖を使った多様な有機食品を作るところまで産業が展開できたら、沖縄の農業、食品製造業は「山椒は小粒でピリリと」の存在になれるかもしれない。

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2010年02月28日

[第158話 農、食] 豆腐を光らせる沖縄在来大豆

 小粒のきれいな大豆が今回の主役。写真上が青ヒグ(オーヒグ)、下が高アンダー(タカアンダー)。いずれも沖縄在来の大豆だ。ほとんど絶えそうになっていたこの在来大豆を復活させる取り組みが、那覇市繁多川(はんたがわ)で進んでいる。

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 豆は、穀類と並んで、人類が一番お世話になっている作物。中でも、大豆は、東アジアに住むわれわれが最も頼りにしている豆だ。豆腐、納豆、味噌、醤油。もし大豆がなかったら、琉球料理はもちろん、日本料理も中華料理もアジア各国の料理も、今のそれとは違うものになっていたことだろう。

 どんな豆でも、だいたい20%台のタンパク質が含まれているが、大豆の場合は35%と飛び抜けて高い。さらに、体内で合成されず、外部から取り入れなければならない必須アミノ酸が豊富に含まれているのも大豆の強み。人間の話はもちろんだが、例えば養豚の世界でも、この必須アミノ酸の多い少ないによって肥育成績に大きな差が出るため、油を絞った後の大豆かすは決定的に重要な飼料とされる。

 大豆は、沖縄でも、長い間栽培されてきた。戦前はもちろん戦後も、稲の後作などにはしばしば大豆が植えられていた。収穫した大豆は、自家製の豆腐や味噌に加工された。その時の品種が、オーヒグであり、タカアンダーだったらしい。

 サトウキビへの転作が進んだこともあって、稲の輪作体系が崩れ、大豆栽培も徐々に廃れていった。今、沖縄で本格的に大豆を作っている畑はめったに見られない。

 在来大豆の復活プロジェクトを進めているのは、那覇市の繁多川公民館。在来大豆の復活に取り組む公民館スタッフ南信乃介さんの話では、繁多川の地域特性を調べる活動の中で、繁多川がかつて、豆腐の産地だったことが浮かび上がってきた。その背景には、きれいな水が豊富なことと、在来大豆がよくできる土地だったことがあった。

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 まず豊富な水の話だが、繁多川という地名は、わき水を意味する「カー」という言葉に「川」という字を当てたという説があるほど。現に、字の中には今も湧き水のあふれている場所がある(上の写真)。水道がなかった頃、カーの水は庶民のくらしに不可欠のものだった。

 次に、在来大豆の生産については、繁多川は今でこそすっかり宅地化しているが、かつては農村。繁多川には今も豆腐メーカーが4、5軒あって、操業している。農産加工品の生産は、原料になる農産物の産地で盛んになるのが普通だから、数多くの豆腐メーカーの存在は、この界隈がかつて大豆の産地だったことをうかがわせるに十分だ。

 「切り口が光っていたという話が出てきたんですよ」。南さんらは、繁多川のお年寄りからの聞き取りの中で、オーヒグを混ぜた豆腐の切り口が光るくらいきめ細かくておいしかった、との話を聞いた。繁多川産の豆腐は人気が高く、那覇の市場でもすぐ売れたという。

 そんなにおいしいものなら、なんとかして復活させたい―。しかし、在来大豆の種は繁多川では見つからず、既に絶えていたようだった。4年前、県の農業研究センターがオーヒグとタカアンダーの種を保存していることが分かった。早速、10粒ずつ分けてもらい、これを増やすことから始めた。こうして「あたいぐゎープロジェクト」が動き出した。「あたいぐゎー」は自給用作物を栽培する家庭菜園のこと。

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 2年目の2作目に、実ったオーヒグと、豆腐づくりによく使われる国産大豆とを混ぜて豆腐を試作した。黄色い大豆にオーヒグを2割ほど混ぜるとおいしい、という話をお年寄りから聞いていたからだ。

 出来上がりは? 「光っている、光っている、と。ただ、豆腐の味は、配合やにがりの打ち方などで大きく変わってきます」と南さん。オーヒグ入りの豆腐のきめ細かさは間違いなさそうだったが、味は、すばらしくおいしくできたこともあるし、そうでもなかったこともあった。豆腐のとしてのおいしさを極めるには少し試行錯誤が必要だったようだ。「最近はだいぶ分かってきました」。将来は、1丁1万円の繁多川ブランド豆腐を商品化したい、とプロジェクト関係者は夢を抱く。

 オーヒグもタカアンダーも小粒で、短い径は4mmほど。小粒納豆の名で売られている納豆があるが、あれくらいのサイズ。オーヒグは青ヒグ。その名の通り、熟しても青い色が残る。

 タカアンダーは、名前から想像するに、アンダー=油分が多いのかもしれない。言うまでもないが、大豆は植物タンパク食品のチャンピオンであると同時に、油糧作物の王様でもある。サラダ油として親しまれている植物油の多くは大豆油と菜種油だ。

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 在来大豆復活の試みは、地道な取り組み。繁多川の参加者は家庭菜園で種を増やしながら、関心を示す外部の人々にも種を分けている。最近では、沖縄本島北部、大宜味村字塩屋の人々が繁多川公民館から種を分けてもらい、植え付けした。

 沖縄在来大豆は11月から4月くらいまでの間が播き時で、3ヶ月ほどで実る。沖縄の気象条件なら、少なくとも年2作は可能で、うまくいけば3作できることもある。

 切り口が光る沖縄在来大豆入りの島豆腐。ぜひ、味わってみたい。

 繁多川公民館は那覇市繁多川4-1-38、098-891-3448。HPはこちら。在来大豆復活プロジェクトについては「あたいぐゎープロジェクト」のコーナーに詳しい。

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2010年02月14日

[第156話 農] ずんぐりむっくり島ダイコン

 島ダイコン。しまーは、ご覧のように、ずんぐりむっくり。横にスパっと切るのに苦労する。よほど大きい包丁でないと一発では切れない。横に切った面に対して側面は角度がついているので、皮をむくのもなかなかたいへんだ。

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 でも、この島ダイコンを作り続けている人がいるということは、買う人がいるから。そう、この島ダイコン、実がつんでいて、煮込むと、きめ細かく柔らかくなる。煮付けやおでんに最適なのだ。

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 島ダイコンの皮は分厚い。品種によっては、煮込んだら皮に埋まっている固い繊維が残って、その部分は食べられないほど。

 その内側にあれほどおいしい部分があるというのは、何かとても大切なものを固い皮がしっかり守っているようにも見える。この固い皮、実は大きな役割を果たしているのかもしれない。

 島ダイコンの産地として知られる中城村の北浜集落を訪ねた。北浜と隣の南浜、和宇慶は、いずれもジャーガルと呼ばれる粘土で、昔から島ダイコンがよく生育したという。

 冒頭の写真の島ダイコンは糸満のJAうまんちゅ市場で撮ったもので、南部産。北浜の島ダイコンは、さらにずんぐりむっくりしている。もう一歩で桜島ダイコン、といったふぜいだ。

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 北浜で島ダイコンを作っているある農家は「昔は旧盆すぎから植え始めて最後は旧正月まで穫れたけど、最近は気温が高くて、すぐトウ立ちしてしまう。温暖化かね」と首をかしげた。

 そのトウ立ち。よくある青首ダイコンは茎が上に伸びていくが、島ダイコンのそれはむしろ横に広がっていく感じで、こんもりとした形を作る。かれんな白い花が咲く。花が終わればサヤの中には来年の種がみっちりと。

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 スーパーで売られている野菜のほとんどは、雑種第一代(F1)だけに現われる優良な成績を期待する「F1品種」になっているため、農家は種を自家採取できない。子世代は成績がガクンと落ちる。結局、農家は、親株を維持している種会社から永遠に種を買い続ける必要がある。

 島ダイコンはそういうF1ではないから、昔ながらの種の自家採取ができる。島ダイコン畑に残されてトウ立ちしている株は、来年の種を採るための繁殖用。白い花を楽しめるのは、繁殖用を残す必要があるからなのだ。

 ところでこの島ダイコン、例によって沖縄県内のスーパーには売っていない。流通業者やお店が扱いにくい形だからだろう。島ダイコンに限らず、野菜の品種は流通や販売の都合で決められている部分がかなりある。しかし、世界各地の青果の売られ方を見ると、ここまで細かく規格を揃えたがるのは日本くらいのものではないだろうか。

 島ダイコンを買うなら、ファーマーズマーケットや道の駅で。糸満市のJAうまんちゅ市場、沖縄市のJAちゃんぷるー市場、南城市の軽便駅かりゆし市、名護市許田の道の駅などでゲットできる可能性が高い。それぞれの住所は第142話の島バナナの記事の末尾をごらん下さい。

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2010年01月31日

[第154話 農、食] 伝統製法の加熱塩蔵ひじき 

 ひじきと言えば乾物。カラカラに干して保存されたものがほとんどだが、沖縄では加熱塩蔵して保存する生活技術が昔からあった。恩納村の上原安房さんは、今もその方法で天然ひじきを加工・販売している。

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 上原さんのひじきが詰まったビニール袋の口を開くと、えもいわれぬ磯の強い香りがプーンと立ち上る。このひじき、まるで佃煮のように黒光りしている。ところどころに塩の結晶が。

 加熱塩蔵するのは、暑い沖縄の常温下で1年以上腐敗させないようにするため。上原さんは、採取したひじきを4台の大鍋で煮る。「5時間炊くんですよ」と上原さん。

 大鍋の下からごろごろと松の薪が顔を出している。薪なら1000度以上の温度にすることもできるが、ガスで同じことをやったら経費がかさんで引き合わないという。松は、近年のマツクイムシの被害であちこちに倒れているから、薪の調達に困ることはない。

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 なぜ5時間も? 一つは海水の水分をしっかり飛ばすため。いま一つは、5時間加熱することで、ひじきを柔らかくするためだ。上原さんのひじきは、15分ほど水で塩抜きした後は、再加熱しなくても、そのまま和えものにしたり、サラダに入れて食べられる。

 上原さんのひじきが黒光りしてまるで佃煮のようだ、と初めに思ったのも、あながちハズレではないのかもしれない。佃煮のように味付けしているわけではないが、塩とともに5時間煮込んであるのだから、見た感じが佃煮のようになっているのはむしろ当然なのだ。

 それにしても、保存するためだけではなく、ちょっと塩抜きしさえすればすぐに食べられるようになっているところが、この伝統技術のミソ。

 小泉武夫教授は、かつおぶしについて、質のよいダシが短時間でとれるよう、あらかじめ手間ひまかけて加工されたものであることに着目している。たんに保存性を高めるだけでなく、使う時にサッと使えるように加工してあるという意味では、この加熱塩蔵ひじきも全く同じ発想といえるだろう。

 沖縄の海岸で天然ひじきが採れるのは1月から4月くらいまで。上原さんは恩納村からうるま市などの海岸まで遠征して、天然のひじきを採取している。干潮時に岩場に残っているひじきを集めていく。「3月3日までは、昼の干潮だと完全に潮が引かないので、夜中の干潮時を狙うんです」。家族総出で夜中に出かけていき、最干潮時の前後2時間で一気に採取するという。
 
 塩蔵の状態では黒光りしている上原さんのひじきも、約15分、水につけて塩抜きすると、元の姿に近い色や形に戻る。その後は、煮付けでも、サラダでもOK。沖縄では、野菜ちゃんぷるーなどのいためものにもよく入れる。

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 塩抜きの時間を少し短くすると、うっすら塩気と磯の香りの残った状態が得られる。これに酢を少したらして、そのまま食べるとなかなかうまい。磯の香りが楽しめる。もの足りなければ、酢醤油やフレンチドレッシングをちょいと足してもいい。乾物のひじきには乾物特有のクセが少しあるが、加熱塩蔵のひじきにはそれがなく、薄い味付けでも食べられる。

 ひじきはカルシウム、鉄分、食物繊維の宝庫。カルシウムは牛乳の13倍、鉄分はホウレンソウの15倍、食物繊維はゴボウの5倍などと言われる。クセのない味なので、それこそサラダや和えものにしてどんどん食べたいヘルシー食品だ。

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 上原さんの天然ひじきは、恩納村のおんなの駅「なかゆくい」や、JAファーマーズマーケット「ちゃんぷるー市場」などで売っている。300g入り300円。「なかゆくい」は恩納村字仲泊1656-9、098-964-1188。「ちゃんぷるー市場」は沖縄市登川2699、098-894-2215。

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2010年01月17日

[第152話 農] 横に増えていくショウガ

 ショウガが実りの季節を迎えている。ショウガは、インドからマレー半島にかけての熱帯アジア原産で、25〜30℃が生育適温。沖縄にもってこいの作物といえる。名護の屋我地島でショウガ栽培に取り組む玉城康成さんの畑を見せてもらった。

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 屋我地島は、名護の羽地内海に浮かぶ島。現在は本島と橋でつながっている。玉城さんは5年前、左官の仕事を辞めて、専業農家に。父や弟と一緒に、地元でゴーヤー、インゲン、キュウリなどの栽培に取り組んでいる。

 ショウガは昨年、初めて植えた。知人から勧められたのがきっかけだった。沖縄では3月植えの11月収穫開始の作型が普通。

 「種にするショウガは、もったいないもったいないして小さいのを植えると、育ちが悪く、収穫も減ります。大きいのを収穫したければ、大きい種を植えないと」と玉城さん。種にするショウガは100gは必要、という。

 冒頭の写真は1株の実りだが、一番下にあるのが種球。例えばジャガイモの場合なら、子が実った後、種イモは枯れていくが、ショウガについては、種球がほぼそのまま残る。

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 種ショウガは、収穫してから3月に植えるまでは冷蔵庫で保存する。13度以下にしておかないと、すぐ芽を出してしまうからだ。1月、2月といえば沖縄でも一番寒い時期だが、13度を上回るのは普通のこと。

 玉城さんの話では、しっかり育ったショウガは1株から1kgくらい収穫できる。同じショウガ科のウッチンは根が下へ下へと膨らんでいくが、ショウガは横へ横へと増えていく。

 ショウガは連作すると収量が大きく減るので、3年で1作くらいの間隔で輪作していく。栽培中に、困った菌が土の中で増えるらしい。葉につく虫の方はどうか。「強い臭いがあるから大丈夫じゃないかと思っていたら、ヨトウムシにやられて。しばらく放っておいたら、やはり生育が悪くなりました」と玉城さん。

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 粘りの強い土なので、有機質をたくさん入れて、よほど水もちと水はけをよくしないといけない。沖縄の土づくりは簡単ではない。同じ名護の金城利信さん、美代子さんの土づくりを第18回で紹介したが、玉城さんも金城夫妻の土づくりを参考にしているという。

 沖縄のショウガの本格的生産はこれからだが、「ショウガ科」となれば、おなじみのメンバーがいる。

 まずサンニン(月桃)。サンニンの葉は、香りがよく、殺菌効果もある。ムーチーをはさむのに使われる(第36話)。前述のとおり、ウッチンもショウガ科。英語ではターメリック。カレーの黄色、と言えば、知らない人はいない。肝臓によい。沖縄各地で生産されている。

 最近は、ミョウガも栽培されているが、これもショウガ科。ショウガもウッチンもミョウガも、草や葉の感じがとてもよく似ている。サンニンの葉はショウガより大きいが、遠目に見た時の草の形はやはり似ている。

 さらに南に行くと、インドネシアやマレーシアでは、英語でジンジャーバッド、直訳すれば「ショウガのつぼみ」をいろいろな料理に使う。これは、トーチジンジャーという、真っ赤な花をつけるショウガの仲間の芽で、外観はミョウガにそっくり。

 ショウガ原産地の一つとされるインドでは、もちろんショウガをよく使う。まずカレー類にはたっぷり入れる。ニンニクも大量に使うが、ショウガをたくさん入れないと、インドカレーっぽい感じにならない。チャイと呼ばれる、ショウガが効いたミルクティーもポピュラー。

Shoga2

 現在のショウガ大国は中国で、世界一の生産量を誇る。ショウガが中華料理に不可欠の存在であることは説明するまでもないだろう。ショウガは香辛料であると同時に漢方薬でもある。検索するとたくさんの効能が出てくる。

 沖縄料理では、第150話で紹介した中身汁やヒージャー汁(ヤギ汁)の吸い口によく使われる。

 ショウガの香りを強調する場合は、皮ごとおろすのがコツ。皮についた土をよく洗い、古くひからびたような部分があれば取り除き、あとは皮をむかずにそのままおろす。皮をむいてからおろしたものと比べると、香りの違いは歴然としている。

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