農
2008年05月06日
[第54話 農] 庶民の味 カンダバーのみそ汁
少し前の沖縄の庶民にとって最も身近な地野菜の料理と言えば、なんといってもカンダバーのみそ汁だろう。強風や酷暑といった厳しい環境でも育つカンダバーは、沖縄の食事のレギュラーメンバーとして、人々の健康を支えてきた。

カンダバーは、和語ではかずらの葉。サツマイモの葉、と言えば分かりやすいかもしれない。が、土の中に大きなイモが実る品種の葉は、えぐみが強かったり、固かったりして、あまりおいしくない。イモの中でも葉を食べるための品種というのがあって、カンダバーとしてはそれが栽培されている。この品種は地中のイモが大きくならない。
品種は違っても、栽培方法はイモと同じ。苗は葉のついた茎1本で、これを畑に差し込めば、そこから根が出てきて株になる。繁殖力が強いので、少々の雑草は抑えてしまう。地面を這うので、台風時の強風にも強い。仮に葉がかなりやられても、また伸びてくる。こうした強靭さとおいしさで、カンダバーは毎日のように庶民の食卓に上ることになった。写真は豊見城市字高安にある座安博さんのカンダバー畑。


ただし、カンダバーは「地野菜の王者」というような勇ましいイメージではない。貧しい時代は、葉野菜と言えばカンダバーしかないこともあった、と年輩者は言う。でも、そのおじいやおばあたちは、毎日のようにカンダバーを食べて長寿を実現したのだから、カンダバーはやはりよほど体にいいのだろう。
カンダバーに限った話ではないが、安仁屋洋子琉球大医学部教授の研究によると、紫外線の強い環境で生育した植物は、紫外線の弱い環境で育った植物よりも抗酸化力が強くなるという。抗酸化力の強い地野菜を毎日のように食べ続けてきたことが、沖縄の長寿を生み出した一因ではないか、とも考えられるわけだ。
しかし、カンダバーは現在、残念ながら「忘れられた野菜」に近い。生鮮食品物流網の発達で本土産の温帯野菜が大量に流入している中で、カンダバーの流通量は微々たるもの。カンダバーは地元農協も取り扱わないので、生産農家は相対取り引きの農連市場に持ち込むか、顧客に直接販売することになる。
その結果、沖縄県民でも、特に若い人の中にはカンダバーを知らない人が多い。今から数年前、県内のある大学でカンダバーを知っているかどうか尋ねたところ、知っていたのは2割に満たなかった、というエピソードも。
紫外線を浴びないで育った本土の野菜ばかり食べるようになったから沖縄の長寿が揺らいだ、とまでは言えないかもしれない。が、人間が浴びる紫外線はむしろ増えているのだから、健康・長寿を願うならば、抗酸化力が強いカンダバーなど地野菜の復権はやはり必須なのではないだろうか。
冒頭で書いたように、カンダバーの一番手近な食べ方はみそ汁の実にすること。カンダバーは葉だけを使う。だしをしっかりとってカンダバーを入れ、すぐに味噌を入れてひと煮立ちさせたら出来上がり。
加熱されたカンダバーは柔らかくなって、少しとろみが出てくる。この点はモロヘイヤに似ている。おじやであるボロボロジューシーに入れてもおいしい。みそ仕立てのカンダバージューシーは健康食として見直されつつある。

イモの葉は、世界では最もポピュラーな野菜の一つ。タマネギやトマトと煮込んだり、油いためにするなどして、アジアやアフリカでもよく食べられている。「穀物・イモ+葉野菜+しばしば豆+ときどき動物タンパク」が世界中どこに行っても見られる食事の基本形だが、この「葉野菜」の中にイモの葉が一役買っていることが多い。
サツマイモの類はイモゾウムシやアリモドキゾウムシといった害虫がつくため、日本政府は、植物防疫の観点から、生の葉やイモの沖縄から本土への持ち込みを禁じている。これらの害虫が根絶されるまでは、沖縄産カンダバーを味わうのは沖縄で、ということになりそうだ。
ただ、観光で沖縄に来た人が、飲食店でカンダバーを食べるのは難しいかもしれない。カンダバーは、店でお金をとって出すような野菜の対極にある「ふだん着野菜」。そのせいか、カンダバーを食材として使っている食堂やレストランは少ない。
しかし、生のカンダバーなら、スーパーに置かれていることも多いし、JAのファーマーズマーケットや各地の農産物直売所、農連市場などで出回っているので、そこで買える。自炊できる宿ならそこで自炊するか、沖縄の知人に頼んで調理してもらうのがいいだろう。

カンダバーは、和語ではかずらの葉。サツマイモの葉、と言えば分かりやすいかもしれない。が、土の中に大きなイモが実る品種の葉は、えぐみが強かったり、固かったりして、あまりおいしくない。イモの中でも葉を食べるための品種というのがあって、カンダバーとしてはそれが栽培されている。この品種は地中のイモが大きくならない。
品種は違っても、栽培方法はイモと同じ。苗は葉のついた茎1本で、これを畑に差し込めば、そこから根が出てきて株になる。繁殖力が強いので、少々の雑草は抑えてしまう。地面を這うので、台風時の強風にも強い。仮に葉がかなりやられても、また伸びてくる。こうした強靭さとおいしさで、カンダバーは毎日のように庶民の食卓に上ることになった。写真は豊見城市字高安にある座安博さんのカンダバー畑。


ただし、カンダバーは「地野菜の王者」というような勇ましいイメージではない。貧しい時代は、葉野菜と言えばカンダバーしかないこともあった、と年輩者は言う。でも、そのおじいやおばあたちは、毎日のようにカンダバーを食べて長寿を実現したのだから、カンダバーはやはりよほど体にいいのだろう。
カンダバーに限った話ではないが、安仁屋洋子琉球大医学部教授の研究によると、紫外線の強い環境で生育した植物は、紫外線の弱い環境で育った植物よりも抗酸化力が強くなるという。抗酸化力の強い地野菜を毎日のように食べ続けてきたことが、沖縄の長寿を生み出した一因ではないか、とも考えられるわけだ。
しかし、カンダバーは現在、残念ながら「忘れられた野菜」に近い。生鮮食品物流網の発達で本土産の温帯野菜が大量に流入している中で、カンダバーの流通量は微々たるもの。カンダバーは地元農協も取り扱わないので、生産農家は相対取り引きの農連市場に持ち込むか、顧客に直接販売することになる。
その結果、沖縄県民でも、特に若い人の中にはカンダバーを知らない人が多い。今から数年前、県内のある大学でカンダバーを知っているかどうか尋ねたところ、知っていたのは2割に満たなかった、というエピソードも。
紫外線を浴びないで育った本土の野菜ばかり食べるようになったから沖縄の長寿が揺らいだ、とまでは言えないかもしれない。が、人間が浴びる紫外線はむしろ増えているのだから、健康・長寿を願うならば、抗酸化力が強いカンダバーなど地野菜の復権はやはり必須なのではないだろうか。
冒頭で書いたように、カンダバーの一番手近な食べ方はみそ汁の実にすること。カンダバーは葉だけを使う。だしをしっかりとってカンダバーを入れ、すぐに味噌を入れてひと煮立ちさせたら出来上がり。
加熱されたカンダバーは柔らかくなって、少しとろみが出てくる。この点はモロヘイヤに似ている。おじやであるボロボロジューシーに入れてもおいしい。みそ仕立てのカンダバージューシーは健康食として見直されつつある。

イモの葉は、世界では最もポピュラーな野菜の一つ。タマネギやトマトと煮込んだり、油いためにするなどして、アジアやアフリカでもよく食べられている。「穀物・イモ+葉野菜+しばしば豆+ときどき動物タンパク」が世界中どこに行っても見られる食事の基本形だが、この「葉野菜」の中にイモの葉が一役買っていることが多い。
サツマイモの類はイモゾウムシやアリモドキゾウムシといった害虫がつくため、日本政府は、植物防疫の観点から、生の葉やイモの沖縄から本土への持ち込みを禁じている。これらの害虫が根絶されるまでは、沖縄産カンダバーを味わうのは沖縄で、ということになりそうだ。
ただ、観光で沖縄に来た人が、飲食店でカンダバーを食べるのは難しいかもしれない。カンダバーは、店でお金をとって出すような野菜の対極にある「ふだん着野菜」。そのせいか、カンダバーを食材として使っている食堂やレストランは少ない。
しかし、生のカンダバーなら、スーパーに置かれていることも多いし、JAのファーマーズマーケットや各地の農産物直売所、農連市場などで出回っているので、そこで買える。自炊できる宿ならそこで自炊するか、沖縄の知人に頼んで調理してもらうのがいいだろう。
2008年04月12日
[第50話 農] 島ニンニクの収穫、真っ盛り
島ニンニクの収穫が最盛期を迎えている。昨年8月頃に植えた株が実るのがちょうど今ごろ。写真の上は、うるま市の字上江洲で安里シゲ子さんが栽培した島ニンニク。下の写真は、高速名護インターから降りて間もなくのところにある許田の「道の駅」で売られていた今帰仁産の島ニンニクだ。


島ニンニクは、よくあるニンニクよりも小さい。皮に赤紫の色がほんのりとついている。味も香りも鮮烈。生のスライスを食べるとその鮮烈さがよく分かるが、なるべく薄く切って試す方が無難。比較的若いうちに収穫されたものは、葉もまだ青々としている。その葉をニラのようにして食べると、いい香りがしておいしい。

ニンニクに限らないが、野菜類は、どれも品種改良が進んでいる。品種改良の目的はいろいろあるが、やはり主なねらいは、食べる部分を大きく、おいしくすること。だが、こと香りについては、改良種は弱くなる場合が多いような気がする。大きくなった分だけ、水で薄まったような結果になる、と言ったら言いすぎだろうか。沖縄の島ニンニクを含むアジアやアフリカの在来種のニンニクは、どれも小さくて香りが強い。
香りが強いのは魅力だが、その一方、かなり小さいので、皮をむいて中を取り出すのは面倒くさい。だから、というわけではないだろうが、島ニンニクは丸ごと漬け物にすることがよくある。
写真は伊江島の石新政子さんが漬けた黒糖漬け。商品名は「にんにくん」。これも許田の道の駅で売られている。

政子さんは、毎年、島ニンニクを3トン漬ける。塩で下漬けしてから、黒糖や酢を混ぜた液に3ヶ月ほど漬け込むと食べられるようになる。皮ごと漬けるが、漬けているうちに皮も水分を含んで柔らかくなるので、食べる時はそのまま食べられる。
とはいえ、やはりニンニクなので、そうむやみとボリボリ食べるわけではない。風邪をひきかけたかな、というような時に食べるのが普通。ニンニク本体だけでなく、漬け汁を薬代わりに飲む人もいる。
ただ、漬け込まれたニンニクは、生の時ほど強い臭いはなくなるし、味もマイルドになる。そのせいか、風邪をひいたわけでもないのに、「うまい、うまい」と、冷蔵庫を開けてはポリポリ食べてしまう向きが、どこの家にもいたりする。
ニンニクはいためものに使われるだけではない。豚レバーと豚赤身肉に野菜を入れたシンジムン(煎じ汁)と呼ばれるおつゆに、ニンニクを入れることも多い。やはり風邪気味の時などに飲むおつゆで、ニンニクを入れれば強壮効果が高まること間違いなし。そういう場合は刻んで入れたりせず、一片ずつコロコロと入れて、そのまま食べてしまう。
シンジムンを味噌仕立てにすると、これまた非常においしい。「豚+にんにく+味噌」は黄金の組み合わせ。風邪気味でないと食べられないと言うのなら喜んで風邪をひきましょう、と言い出す輩もいる激ウマ汁だ。


島ニンニクは、よくあるニンニクよりも小さい。皮に赤紫の色がほんのりとついている。味も香りも鮮烈。生のスライスを食べるとその鮮烈さがよく分かるが、なるべく薄く切って試す方が無難。比較的若いうちに収穫されたものは、葉もまだ青々としている。その葉をニラのようにして食べると、いい香りがしておいしい。

ニンニクに限らないが、野菜類は、どれも品種改良が進んでいる。品種改良の目的はいろいろあるが、やはり主なねらいは、食べる部分を大きく、おいしくすること。だが、こと香りについては、改良種は弱くなる場合が多いような気がする。大きくなった分だけ、水で薄まったような結果になる、と言ったら言いすぎだろうか。沖縄の島ニンニクを含むアジアやアフリカの在来種のニンニクは、どれも小さくて香りが強い。
香りが強いのは魅力だが、その一方、かなり小さいので、皮をむいて中を取り出すのは面倒くさい。だから、というわけではないだろうが、島ニンニクは丸ごと漬け物にすることがよくある。
写真は伊江島の石新政子さんが漬けた黒糖漬け。商品名は「にんにくん」。これも許田の道の駅で売られている。

政子さんは、毎年、島ニンニクを3トン漬ける。塩で下漬けしてから、黒糖や酢を混ぜた液に3ヶ月ほど漬け込むと食べられるようになる。皮ごと漬けるが、漬けているうちに皮も水分を含んで柔らかくなるので、食べる時はそのまま食べられる。
とはいえ、やはりニンニクなので、そうむやみとボリボリ食べるわけではない。風邪をひきかけたかな、というような時に食べるのが普通。ニンニク本体だけでなく、漬け汁を薬代わりに飲む人もいる。
ただ、漬け込まれたニンニクは、生の時ほど強い臭いはなくなるし、味もマイルドになる。そのせいか、風邪をひいたわけでもないのに、「うまい、うまい」と、冷蔵庫を開けてはポリポリ食べてしまう向きが、どこの家にもいたりする。
ニンニクはいためものに使われるだけではない。豚レバーと豚赤身肉に野菜を入れたシンジムン(煎じ汁)と呼ばれるおつゆに、ニンニクを入れることも多い。やはり風邪気味の時などに飲むおつゆで、ニンニクを入れれば強壮効果が高まること間違いなし。そういう場合は刻んで入れたりせず、一片ずつコロコロと入れて、そのまま食べてしまう。
シンジムンを味噌仕立てにすると、これまた非常においしい。「豚+にんにく+味噌」は黄金の組み合わせ。風邪気味でないと食べられないと言うのなら喜んで風邪をひきましょう、と言い出す輩もいる激ウマ汁だ。
2008年03月07日
[第44話 農] 田植えが始まった
ことしの田植えが始まった。写真は金武町。抜けるような青空の下で、島本勉さんが小型の田植え機を慎重に運転し、青々とした苗をスッ、スッとリズミカルに植えていた。ただ、面積はわずかなもの。自家消費用の米という。


八重山では田植えは既にほぼ終わっており、沖縄本島と伊是名、伊平屋などが今から本格的な田植えシーズンを迎える。
沖縄の稲作は、2、3月田植えの6、7月収穫。その後にもう1作、2期目を作ることもあるが、2期目は台風に当たる確率が高いのと、どうしても収量が落ちるので、やらない人も多い。品種は「ひとめぼれ」か「ちゅらひかり」。
沖縄本島では、ターウム(田芋)用の田は金武町や宜野湾市にかなりあるが、稲が植えられている田はあまり見られない。金武町、恩納村、国頭村に少しあるくらいだ。
現在の沖縄の稲作は離島が担っている。トップは八重山。石垣島、西表島などで1800トンほど作っている。八重山の稲作は日本一早い。5月末から6月に収穫された米は超早場米として高値で取り引きされる。JA沖縄八重山営農センターの話では、日本一高価な新潟・魚沼産コシヒカリに次ぐ値がつくという。品種はひとめぼれ。
伊平屋島では1000トン、伊是名島で200トンほどの米がそれぞれ作られている。伊是名の米はブランド化され、沖縄本島のスーパーなどで売られている。伊平屋の米は特にブランド化はしておらず、ブレンド米の一部になる。
こうして離島を中心に米は作られているが、沖縄全体でも1000haほどの作付けにすぎない。


かつて、沖縄では稲作がもっと盛んだった。戦後の最盛期だった1955年の作付面積は現在の10倍以上の1万2000ha。農村部に住む年輩者に聞くと、稲作を大豆などと輪作していたと話す人が多い。人類普遍の食糧ともいえる「穀物+豆」の黄金の組み合わせである。
しかし1960年代から、カネになるサトウキビへの転換が進み、水田は急速に姿を消していった。ちょうどこの頃と時期を同じくして、各家庭で飼われていた豚やヤギも姿を消していく。作物と家畜の複合経営によって食べものを自給していく仕組みが崩壊。農業は現金収入を得るための換金農業になり、自分の食べものは、作るのではなく買うものになった。
農村部では、朝起きれば野良着を着て畑に出る習慣を続けているおばあもたくさんいるが、今は小面積の野菜類が中心。主食になるような米やイモ類を自給している人は少ない。離島は別として、少なくとも沖縄本島の稲作は、こうした歴史の流れの中で生き残った数少ない主食自給農業と言えるだろう。


八重山では田植えは既にほぼ終わっており、沖縄本島と伊是名、伊平屋などが今から本格的な田植えシーズンを迎える。
沖縄の稲作は、2、3月田植えの6、7月収穫。その後にもう1作、2期目を作ることもあるが、2期目は台風に当たる確率が高いのと、どうしても収量が落ちるので、やらない人も多い。品種は「ひとめぼれ」か「ちゅらひかり」。
沖縄本島では、ターウム(田芋)用の田は金武町や宜野湾市にかなりあるが、稲が植えられている田はあまり見られない。金武町、恩納村、国頭村に少しあるくらいだ。
現在の沖縄の稲作は離島が担っている。トップは八重山。石垣島、西表島などで1800トンほど作っている。八重山の稲作は日本一早い。5月末から6月に収穫された米は超早場米として高値で取り引きされる。JA沖縄八重山営農センターの話では、日本一高価な新潟・魚沼産コシヒカリに次ぐ値がつくという。品種はひとめぼれ。
伊平屋島では1000トン、伊是名島で200トンほどの米がそれぞれ作られている。伊是名の米はブランド化され、沖縄本島のスーパーなどで売られている。伊平屋の米は特にブランド化はしておらず、ブレンド米の一部になる。
こうして離島を中心に米は作られているが、沖縄全体でも1000haほどの作付けにすぎない。


かつて、沖縄では稲作がもっと盛んだった。戦後の最盛期だった1955年の作付面積は現在の10倍以上の1万2000ha。農村部に住む年輩者に聞くと、稲作を大豆などと輪作していたと話す人が多い。人類普遍の食糧ともいえる「穀物+豆」の黄金の組み合わせである。
しかし1960年代から、カネになるサトウキビへの転換が進み、水田は急速に姿を消していった。ちょうどこの頃と時期を同じくして、各家庭で飼われていた豚やヤギも姿を消していく。作物と家畜の複合経営によって食べものを自給していく仕組みが崩壊。農業は現金収入を得るための換金農業になり、自分の食べものは、作るのではなく買うものになった。
農村部では、朝起きれば野良着を着て畑に出る習慣を続けているおばあもたくさんいるが、今は小面積の野菜類が中心。主食になるような米やイモ類を自給している人は少ない。離島は別として、少なくとも沖縄本島の稲作は、こうした歴史の流れの中で生き残った数少ない主食自給農業と言えるだろう。
2008年02月12日
[第40話 農] 熱田の海の恵み、アーサ
アーサを収穫する季節になった。沖縄ではアーサをよく食べる。和名でヒトエグサというノリの仲間。沖縄のあちこちの海でとれるが、養殖でまとまった量を生産しているのは北中城村の熱田だ。ここが県内生産の6割以上を占める。
熱田の海に網を張っておくと、アーサは自然に生えてくる。種付けや育苗がいらない自然任せの養殖といえるが、網の張り方にはいろいろ技術があるようだ。毎年11月ごろ網を張り、2月くらいから本格的に収穫する。


上の2枚の写真のうち、初めの方が芽が出て間もない頃で、2枚目はそれがいくぶん成長した段階。干潮時、網が水面より上に出た時に撮影した。
アーサは、乾燥させたものが県内のスーパー各店や沖縄みやげの店で売られているが、生か、生をそのまま冷凍したものの方が断然おいしい。乾燥アーサに比べて、生のアーサは、色と舌ざわりのなめらかさが一段上をいく。
アーサ汁が代表的な食べ方。濃いめのかつおだしをとり、塩で味を整える。好みで少量の醤油を入れてもいいが、きれいなアーサの色を邪魔したくないので、薄口醤油を少量使うにとどめたい。アーサを入れ、細かくあられに切った豆腐を散らす。アーサを入れてから長時間加熱すると色があせるので注意。

アーサ自体にはそれほど強い味はないが、たっぷり入れると、とろ味を伴う不思議な食感が楽しめる。青みを帯びた透明な深い緑色が実にきれいで、かすかな海の香りが食欲を刺激する。味噌汁に入れてもおいしい。
乾燥ものは、このとろみが弱く、どうしてもいくぶんカサカサする。色もあせた感じになりがちだ。

冷凍アーサは北中城漁協や、沖縄市漁協の直売店パヤオで売っている。500gで800円。量が多いが、8つくらいに切り分け、1つずつラップして冷凍庫で保存すれば、かなりもつ。1つがアーサ汁3、4杯分なので、必要な量だけ使っていけばよい。

アーサに関する問い合わせは、北中城村漁業組合まで。北中城村字熱田2070-7、098-935-4955。
熱田の海に網を張っておくと、アーサは自然に生えてくる。種付けや育苗がいらない自然任せの養殖といえるが、網の張り方にはいろいろ技術があるようだ。毎年11月ごろ網を張り、2月くらいから本格的に収穫する。


上の2枚の写真のうち、初めの方が芽が出て間もない頃で、2枚目はそれがいくぶん成長した段階。干潮時、網が水面より上に出た時に撮影した。
アーサは、乾燥させたものが県内のスーパー各店や沖縄みやげの店で売られているが、生か、生をそのまま冷凍したものの方が断然おいしい。乾燥アーサに比べて、生のアーサは、色と舌ざわりのなめらかさが一段上をいく。
アーサ汁が代表的な食べ方。濃いめのかつおだしをとり、塩で味を整える。好みで少量の醤油を入れてもいいが、きれいなアーサの色を邪魔したくないので、薄口醤油を少量使うにとどめたい。アーサを入れ、細かくあられに切った豆腐を散らす。アーサを入れてから長時間加熱すると色があせるので注意。

アーサ自体にはそれほど強い味はないが、たっぷり入れると、とろ味を伴う不思議な食感が楽しめる。青みを帯びた透明な深い緑色が実にきれいで、かすかな海の香りが食欲を刺激する。味噌汁に入れてもおいしい。
乾燥ものは、このとろみが弱く、どうしてもいくぶんカサカサする。色もあせた感じになりがちだ。

冷凍アーサは北中城漁協や、沖縄市漁協の直売店パヤオで売っている。500gで800円。量が多いが、8つくらいに切り分け、1つずつラップして冷凍庫で保存すれば、かなりもつ。1つがアーサ汁3、4杯分なので、必要な量だけ使っていけばよい。

アーサに関する問い合わせは、北中城村漁業組合まで。北中城村字熱田2070-7、098-935-4955。
2008年01月01日
[第33話 農] 鳴く雄豚
あけましておめでとうございます。万鐘本店、新年の幕開けは、正月にふさわしい子孫繁栄の話で。ただし、主役は雄豚である。

母豚は、成長して性の成熟期に入ると、21日の間隔で発情が来るようになる。1回の発情期間は2、3日で、その間しか雄を受け入れない。それ以外の時は、雄を全く相手にせず、雄が追いかけようものなら、「助けてくれ」と大声を上げながら徹底的に逃げ回る。
豚はふだん、雌雄別々の房にいるので、管理者は母豚の発情を見はからって、雄豚を母豚の房に入れ、種付けをする。ただ、発情期間中は、そわそわする母豚もいるが、そうでもないものもいて、個体差が激しい。その結果、発情をうっかり見落としてしまうことがある。一度、見落とすとまた21日待たなければならず、種付けは遅れ、生産性が落ちる。
母豚の発情を把握するには、雄豚を使うのが確実。雄豚を近づければ、発情している母豚は「受け入れ姿勢」をとり、じっと動かなくなるからだ。
ところが、万鐘の農場にいるアダムという雄豚は、もっと簡単に母豚の発情を知らせてくれる。同じ豚舎にいる母豚が1頭でも発情していると、それをちゃんと感知して、ウーウーと鳴き声を上げるのだ。アダムが鳴き声を上げることはめったにないから、ほぼ確実に分かる。まさに、生きたセンサー。「鳴いている時のアダムは、日頃の猛烈な食欲も控えめになります」と農場主任の大和田宝林は話す。

アダムのいる房から母豚が見えるとは限らない。母豚の側が特別の臭いや音などを出していて、それをアダムが感じ取るのかもしれない。そうしたメカニズムのすべてが、子孫を残すための豚の本能に基づいているのだろう。
アダムが鳴いている時は、どの母豚が発情しているかを、まず見極める。分からなければアダムを房から出して好きに歩かせれば、発情している母豚に近づいていく。母豚がいる房内で交配が終わったら、扉付近に自分からやって来る。仕事を終えたら餌をもらえることを知っているからだ。扉を開ければ、特に指示しなくても、巨体を揺らしながら廊下を走って、おいしい餌の待つ自房へまっしぐら。その安定感のある働きぶりには、大和田も厚い信頼を寄せている。
そんなアダムも、活躍の場がだんだん減ってきた。少しずつ成長を続けるうちに体が大きくなり、若くて小さい母豚だと彼が乗った時に、重くて体重を支えきれないのだ。アダムは既に300kg以上あるとみられる。このデュロックという品種の豚の雄は、350kgくらいまでは成長していく。
試みに、生まれて1週間の2kgほどの子豚をアダムの背中に乗せてみた。この2頭、れっきとした親子なのだが、まるでネズミとゾウのようだと言ったら、さすがに言い過ぎか。


大きな雄豚は、飼う側にとって、いささか危険を伴う。動物同士の力くらべは、ごく大ざっぱに言えば、まずは体重の勝負だ。万一、300kgもある雄豚と勝負するハメになれば、60kgや70kgの人間に勝ち目はない。現に養豚の世界では、雄豚に太ももを丸ごと噛み切られたというような事故がたまに起きる。むろん、人間から勝負を挑むことはないが、人間の行動を雄豚に誤解され、運悪く噛みつかれる、というような悲劇がまれに起きるのだ。
巨大な雄豚の前に立つ時は自然に「シャンとして強い気を送らなきゃ」という気持ちになる。こちらも一応、動物だからだろう。むろん命は惜しいので、勝ち目のない勝負を仕掛けるようなことは絶対しないが。

母豚は、成長して性の成熟期に入ると、21日の間隔で発情が来るようになる。1回の発情期間は2、3日で、その間しか雄を受け入れない。それ以外の時は、雄を全く相手にせず、雄が追いかけようものなら、「助けてくれ」と大声を上げながら徹底的に逃げ回る。
豚はふだん、雌雄別々の房にいるので、管理者は母豚の発情を見はからって、雄豚を母豚の房に入れ、種付けをする。ただ、発情期間中は、そわそわする母豚もいるが、そうでもないものもいて、個体差が激しい。その結果、発情をうっかり見落としてしまうことがある。一度、見落とすとまた21日待たなければならず、種付けは遅れ、生産性が落ちる。
母豚の発情を把握するには、雄豚を使うのが確実。雄豚を近づければ、発情している母豚は「受け入れ姿勢」をとり、じっと動かなくなるからだ。
ところが、万鐘の農場にいるアダムという雄豚は、もっと簡単に母豚の発情を知らせてくれる。同じ豚舎にいる母豚が1頭でも発情していると、それをちゃんと感知して、ウーウーと鳴き声を上げるのだ。アダムが鳴き声を上げることはめったにないから、ほぼ確実に分かる。まさに、生きたセンサー。「鳴いている時のアダムは、日頃の猛烈な食欲も控えめになります」と農場主任の大和田宝林は話す。

アダムのいる房から母豚が見えるとは限らない。母豚の側が特別の臭いや音などを出していて、それをアダムが感じ取るのかもしれない。そうしたメカニズムのすべてが、子孫を残すための豚の本能に基づいているのだろう。
アダムが鳴いている時は、どの母豚が発情しているかを、まず見極める。分からなければアダムを房から出して好きに歩かせれば、発情している母豚に近づいていく。母豚がいる房内で交配が終わったら、扉付近に自分からやって来る。仕事を終えたら餌をもらえることを知っているからだ。扉を開ければ、特に指示しなくても、巨体を揺らしながら廊下を走って、おいしい餌の待つ自房へまっしぐら。その安定感のある働きぶりには、大和田も厚い信頼を寄せている。
そんなアダムも、活躍の場がだんだん減ってきた。少しずつ成長を続けるうちに体が大きくなり、若くて小さい母豚だと彼が乗った時に、重くて体重を支えきれないのだ。アダムは既に300kg以上あるとみられる。このデュロックという品種の豚の雄は、350kgくらいまでは成長していく。
試みに、生まれて1週間の2kgほどの子豚をアダムの背中に乗せてみた。この2頭、れっきとした親子なのだが、まるでネズミとゾウのようだと言ったら、さすがに言い過ぎか。


大きな雄豚は、飼う側にとって、いささか危険を伴う。動物同士の力くらべは、ごく大ざっぱに言えば、まずは体重の勝負だ。万一、300kgもある雄豚と勝負するハメになれば、60kgや70kgの人間に勝ち目はない。現に養豚の世界では、雄豚に太ももを丸ごと噛み切られたというような事故がたまに起きる。むろん、人間から勝負を挑むことはないが、人間の行動を雄豚に誤解され、運悪く噛みつかれる、というような悲劇がまれに起きるのだ。
巨大な雄豚の前に立つ時は自然に「シャンとして強い気を送らなきゃ」という気持ちになる。こちらも一応、動物だからだろう。むろん命は惜しいので、勝ち目のない勝負を仕掛けるようなことは絶対しないが。
2007年12月10日
[第29話 農] 1株130kgで優勝 ヤマイモ勝負
この写真の手前に写っているものは何でしょう。まるでアザラシが群れているみたいだが、これはヤマイモ。それも1株から収穫されたヤマイモだ。

うるま市の石川地区はヤマイモの生産が盛んで、12月に入ると、1株あたりのイモの重さを競う「やまんむすーぶ」が字ごとに開かれる。分かち書きにすると、やま・んむ・すーぶ。漢字に直せば、山芋勝負。字(あざ)伊波(いは)のすーぶに行ってみた。
ヤマイモは、4月ごろに植え、11月後半から収穫される。沖縄のヤマイモは、熱帯のヤムの正統派。つるの株元には、直径1m近くにわたって、でっかいイモがゴロゴロ実る。アジアでもアフリカでも同じようなヤマイモが各地で栽培され、食べられている。
すーぶは、字の役員が立会人になり、間違いなく1株についているイモであることを、事前に参加者が畑で掘り出す際に現場確認する。そのうえで、参加者は12月第2日曜日のすーぶの日に会場に運び込んで、計量する。


午前中は、班ごとにブルーシートを敷いて、計量した「出品作」を並べていく。「○○さんのは形がいいよ」「どうやってあんなに大きくするのかね」ー。重量と生産者名が書かれた段ボールの札を見ながら、参観者と生産者はゆっくりとヤマイモ談義を楽しむ。
昼になると、婦人会や生活改善グループが大鍋で準備したヤマイモイリチャーとヤマイモ汁にみなで舌鼓を打つ。子供エイサーを披露した小学生たちも、おいしいヤマイモ料理にパクついていた。

ことしの優勝は2班の呉屋孝仁さんで、1株でなんと130.5kg。大人2人分の重量だ。鶏糞をうまく使って栽培するのがコツとのこと。「ことしのはそんなに大きくもないよ。去年はもっとだったから」と呉屋さん。優勝した呉屋さんにはヤギ1頭が贈呈された。


字伊波の場合、やまんむすーぶの日は、字の年次総会を兼ねていて、すーぶが終われば次年度の役員選出なども行う。まさに地に足のついた伝統行事だ。
石川地区の各字のすーぶは、毎年12月の第2日曜と日程がほぼ決まっているので、興味のある人は、この日に訪ねていけばいい。ヤマイモ栽培に一家言ある地元の人が集まっているから、何か質問すればだれでも親切に教えてくれる。沖縄県民はもちろん、「5度目の沖縄」を計画中のベテラン沖縄旅行者にうってつけの催し。日程は石川地区字伊波、字山城など各字の公民館か、うるま市役所観光課098-965-5634で確認を。
12月16日にはうるま市産業まつりで、全沖縄やまんむすーぶも開催される。ヤマイモの料理については回を改めて紹介します。

うるま市の石川地区はヤマイモの生産が盛んで、12月に入ると、1株あたりのイモの重さを競う「やまんむすーぶ」が字ごとに開かれる。分かち書きにすると、やま・んむ・すーぶ。漢字に直せば、山芋勝負。字(あざ)伊波(いは)のすーぶに行ってみた。
ヤマイモは、4月ごろに植え、11月後半から収穫される。沖縄のヤマイモは、熱帯のヤムの正統派。つるの株元には、直径1m近くにわたって、でっかいイモがゴロゴロ実る。アジアでもアフリカでも同じようなヤマイモが各地で栽培され、食べられている。
すーぶは、字の役員が立会人になり、間違いなく1株についているイモであることを、事前に参加者が畑で掘り出す際に現場確認する。そのうえで、参加者は12月第2日曜日のすーぶの日に会場に運び込んで、計量する。


午前中は、班ごとにブルーシートを敷いて、計量した「出品作」を並べていく。「○○さんのは形がいいよ」「どうやってあんなに大きくするのかね」ー。重量と生産者名が書かれた段ボールの札を見ながら、参観者と生産者はゆっくりとヤマイモ談義を楽しむ。
昼になると、婦人会や生活改善グループが大鍋で準備したヤマイモイリチャーとヤマイモ汁にみなで舌鼓を打つ。子供エイサーを披露した小学生たちも、おいしいヤマイモ料理にパクついていた。

ことしの優勝は2班の呉屋孝仁さんで、1株でなんと130.5kg。大人2人分の重量だ。鶏糞をうまく使って栽培するのがコツとのこと。「ことしのはそんなに大きくもないよ。去年はもっとだったから」と呉屋さん。優勝した呉屋さんにはヤギ1頭が贈呈された。


字伊波の場合、やまんむすーぶの日は、字の年次総会を兼ねていて、すーぶが終われば次年度の役員選出なども行う。まさに地に足のついた伝統行事だ。
石川地区の各字のすーぶは、毎年12月の第2日曜と日程がほぼ決まっているので、興味のある人は、この日に訪ねていけばいい。ヤマイモ栽培に一家言ある地元の人が集まっているから、何か質問すればだれでも親切に教えてくれる。沖縄県民はもちろん、「5度目の沖縄」を計画中のベテラン沖縄旅行者にうってつけの催し。日程は石川地区字伊波、字山城など各字の公民館か、うるま市役所観光課098-965-5634で確認を。
12月16日にはうるま市産業まつりで、全沖縄やまんむすーぶも開催される。ヤマイモの料理については回を改めて紹介します。
2007年12月06日
[第28話 農] 知念の清水で育つクレソン
いま、南城市知念の志喜屋集落ではクレソンの収穫が真っ盛り。クレソンは、英語でウォータークレスというが、その名の通り、水の中で育つ。

水はきれいで、しかも常に流れていなければならない。知念の志喜屋は、琉球王国最高の聖地「斎場御嶽」の近く。日本の名水に選ばれた玉城の垣花樋川や受水走水もそれほど遠くない。志喜屋も水に恵まれ、クレソンの足元には清水がいつも静かに流れている。

志喜屋のクレソン出荷は年間100トン前後。日本一の産地、山梨県道志村の320トンには及ばないが、それなりの量を出荷しているといえそうだ。収穫は11月から3月までだが、特に年を越すと、本土では寒さで出荷できなくなる地域が多いため、志喜屋産のクレソンの存在感が市場で大きくなるという。100トンのうち6、7割が本土向け。
クレソンを育む水は、きれいなだけではダメで、水温が25度以下でなければならない。ことしはやや温度が高く、農家は、害虫の発生に手を焼いている。生産者の一人、具志堅武助さんによると、ある程度成熟して、さあ収穫、という直前に虫にやられるケースが多いという。
「クレソンがおいしくなる時を虫もちゃんと知ってる。タイミングを見計らって、虫にやられる寸前にうまく収穫しないと」

「少し持っていってね」と具志堅さんは、日よけをした作業小屋の中で手際よくクレソンの下の葉をそいできれいにし、束ねて、新聞紙に包んでくれた。

普通の葉野菜だと、生産できたら農協にいつでも持ち込んで出荷できるが、クレソンの場合は、お客さんの注文が入ってから収穫する。一方、よくある葉野菜類のように価格が暴落することはないという。
クレソンは、収穫してからしばらくすると、同じ株からまた葉が出て、やがて収穫できる。3月までの間に何回か収穫し、時期が終わったら植え替える。

クレソンは、独特の辛みがある。洋野菜として、一品料理に彩りを添えたり、サラダに散らして色と味のアクセントに使われることが多い。だが、和の食材としてもいろいろ楽しめる。例えば、みそ汁に入れるとおいしいし、ゆでてからあえものにしてもいける。
志喜屋のクレソンについての問い合わせは、JAおきなわ知念支店、電話098-948-1308。

水はきれいで、しかも常に流れていなければならない。知念の志喜屋は、琉球王国最高の聖地「斎場御嶽」の近く。日本の名水に選ばれた玉城の垣花樋川や受水走水もそれほど遠くない。志喜屋も水に恵まれ、クレソンの足元には清水がいつも静かに流れている。

志喜屋のクレソン出荷は年間100トン前後。日本一の産地、山梨県道志村の320トンには及ばないが、それなりの量を出荷しているといえそうだ。収穫は11月から3月までだが、特に年を越すと、本土では寒さで出荷できなくなる地域が多いため、志喜屋産のクレソンの存在感が市場で大きくなるという。100トンのうち6、7割が本土向け。
クレソンを育む水は、きれいなだけではダメで、水温が25度以下でなければならない。ことしはやや温度が高く、農家は、害虫の発生に手を焼いている。生産者の一人、具志堅武助さんによると、ある程度成熟して、さあ収穫、という直前に虫にやられるケースが多いという。
「クレソンがおいしくなる時を虫もちゃんと知ってる。タイミングを見計らって、虫にやられる寸前にうまく収穫しないと」

「少し持っていってね」と具志堅さんは、日よけをした作業小屋の中で手際よくクレソンの下の葉をそいできれいにし、束ねて、新聞紙に包んでくれた。

普通の葉野菜だと、生産できたら農協にいつでも持ち込んで出荷できるが、クレソンの場合は、お客さんの注文が入ってから収穫する。一方、よくある葉野菜類のように価格が暴落することはないという。
クレソンは、収穫してからしばらくすると、同じ株からまた葉が出て、やがて収穫できる。3月までの間に何回か収穫し、時期が終わったら植え替える。

クレソンは、独特の辛みがある。洋野菜として、一品料理に彩りを添えたり、サラダに散らして色と味のアクセントに使われることが多い。だが、和の食材としてもいろいろ楽しめる。例えば、みそ汁に入れるとおいしいし、ゆでてからあえものにしてもいける。
志喜屋のクレソンについての問い合わせは、JAおきなわ知念支店、電話098-948-1308。
2007年10月07日
[第18話 農] 微生物より有機物、金城夫妻の土づくり
名護市でハウス野菜を生産している金城利信さん、美代子さん夫妻は、土づくりにこだわって、高品質のゴーヤーやインゲンを栽培している。「土づくり」はよく聞く言葉だが、実際には何をするのか。その前に、まずは土づくりの結果をお見せしよう。


金城さんの畑では、長さ70cmほどの鉄筋が片手でスーッと入っていく。とてもトラクターで耕せる深さではない。この土の柔らかさは驚異的と言っていい。もとはガチガチの赤土だった。その当時、もし鉄筋を突き立てていたら、おそらく3cmも入らなかったはずだ。
土づくりとは―。落ち葉などで作った堆肥とともに、鶏糞や豚糞、油かすといった栄養価の高い有機物を入れ続けると、何年か栽培を続けるうちに土の生物的・化学的バランスが徐々に整い、土が柔らかくなり、作物の収量が上がるとともに病気にも強くなる―。このあたりが模範解答だろう。
だが、高温の熱帯・亜熱帯では、土壌微生物の活動が非常に活発なので、教科書通り、1haに2tくらいの有機物を入れたのではとても追いつかない。利信さんが「本土に研修に行ったんだが、あまり参考にならなかった」と述懐するのは、温帯の土づくりは亜熱帯の沖縄では通用しないからだ。
金城さんの土づくりの極意は、有機物を大量投入すること。剪定チップと呼ばれる木のチップをはじめ、伐採木、雑草、コーヒーの絞りかすなど、手に入るあらゆる有機物を1、2年寝かせてから、畑に入れる。都市汚泥や牛糞といった栄養価の高い素材ももちろん混ぜる。こうした有機物を1haに年間10tも入れるのだ。下の写真は新しい剪定チップ。2年経った頃には黒ずんできて、かさもぐっと減る。

「最近は微生物のことが強調されるけど、微生物の餌になる有機物をまずたくさん入れなければどうにもならん」と利信さん。少々の堆肥を入れても、あっという間に分解されて消えてしまうのが亜熱帯の赤土なのだ。
野菜づくりは、初めは美代子さんが一人でやっていた。美代子さんの栽培管理の腕はたいへんなもの。ゴーヤーでは総理大臣賞に輝いたこともある。建設業を辞めた利信さんが本格的に戦列に加わって、二人の土づくりは一層進んだ。

金城さん夫妻は、売っている微生物資材は全く使っていない。大量の有機物が入れば、それをエサにして自然の微生物が増え、土をほろほろに柔らかくしてくれるからだ。
微生物資材より有機物の大量投入―。亜熱帯の土づくりの基本である。


金城さんの畑では、長さ70cmほどの鉄筋が片手でスーッと入っていく。とてもトラクターで耕せる深さではない。この土の柔らかさは驚異的と言っていい。もとはガチガチの赤土だった。その当時、もし鉄筋を突き立てていたら、おそらく3cmも入らなかったはずだ。
土づくりとは―。落ち葉などで作った堆肥とともに、鶏糞や豚糞、油かすといった栄養価の高い有機物を入れ続けると、何年か栽培を続けるうちに土の生物的・化学的バランスが徐々に整い、土が柔らかくなり、作物の収量が上がるとともに病気にも強くなる―。このあたりが模範解答だろう。
だが、高温の熱帯・亜熱帯では、土壌微生物の活動が非常に活発なので、教科書通り、1haに2tくらいの有機物を入れたのではとても追いつかない。利信さんが「本土に研修に行ったんだが、あまり参考にならなかった」と述懐するのは、温帯の土づくりは亜熱帯の沖縄では通用しないからだ。
金城さんの土づくりの極意は、有機物を大量投入すること。剪定チップと呼ばれる木のチップをはじめ、伐採木、雑草、コーヒーの絞りかすなど、手に入るあらゆる有機物を1、2年寝かせてから、畑に入れる。都市汚泥や牛糞といった栄養価の高い素材ももちろん混ぜる。こうした有機物を1haに年間10tも入れるのだ。下の写真は新しい剪定チップ。2年経った頃には黒ずんできて、かさもぐっと減る。

「最近は微生物のことが強調されるけど、微生物の餌になる有機物をまずたくさん入れなければどうにもならん」と利信さん。少々の堆肥を入れても、あっという間に分解されて消えてしまうのが亜熱帯の赤土なのだ。
野菜づくりは、初めは美代子さんが一人でやっていた。美代子さんの栽培管理の腕はたいへんなもの。ゴーヤーでは総理大臣賞に輝いたこともある。建設業を辞めた利信さんが本格的に戦列に加わって、二人の土づくりは一層進んだ。

金城さん夫妻は、売っている微生物資材は全く使っていない。大量の有機物が入れば、それをエサにして自然の微生物が増え、土をほろほろに柔らかくしてくれるからだ。
微生物資材より有機物の大量投入―。亜熱帯の土づくりの基本である。
2007年09月07日
[第11話 農] 子豚セリの心理戦
養豚は、子豚を産ませて育てる繁殖と、子豚から肉豚を育てる肥育の2つの部門に分かれる。繁殖農家が育てた子豚を肥育農家に販売する場の一つが子豚セリ市。沖縄の中部では、月に2回、うるま市豊原の家畜セリ市場で開かれる。万鐘島ぶたは繁殖・肥育一貫生産なのでセリで子豚を仕入れることはないが、多くの養豚関係者が集まるセリは貴重な情報交換の場だ。

セリ当日。繁殖農家は子豚を運んできたら、セリ市場の豚房に20頭くらいずつ入れる。少しでも見栄えをよくしようと、セリが始まる直前まで水をかける人も。
セリの開始は午後1時きっかり。写真右手のセリ人が値段を100円単位でどんどん上げていく。肥育農家の買い付け人は親指や人差し指を立て、自分が買う意思があることを示す。値が上がるにつれ、初めはたくさん上がっていた指が徐々に降ろされていく。

セリ上げるスピードが速いので、うっかり指を降ろしそびれると、予定外の高い買い物をするハメになる。指を立てる買い付け人はポーカーフェイスだが、内心はドキドキだ。
「買い付けゼロというわけにはいかないし。ああ、もう1万4000円を超えてしまったあ...」
実は、売り手も買い手も顔なじみなので、買い付けのやり方や性格まで含めて、お互いだいたい分かっている。「あの人が頑張り始めたら、勝ち目はない」「あの人がまだ買ってないから、後の方も高くなるな」。そんな読みを、口には一切出さないけれど、みんな内心でやっている。
最後まで指を下ろさなかった人が落札者。お目当ての房を落とした人は、セリ終了後、ほっとした表情で豚房に自分のトラックをつけ、子豚を積み込んでいく。

心理的なかけひきが激しい火花を散らすエキサイティングな子豚セリ。だが、売り手、買い手とも、セリで子豚を売買する人は減りつつある。数年前までセリは月3回行われていたが、現在は月2回。かつては1回の上場頭数が400頭を超すことも珍しくなかったが、最近は200頭を切ることがある。
いくつかの理由が考えられるが、深刻なのは餌代の高騰による小規模養豚農家の廃業だ。セリの主役は、売り手も買い手も小規模農家なのだが、その数が減ってきている。
餌の原料は輸入のトウモロコシと大豆かすが中心なので、国際相場の影響をもろに受ける。一昨年くらいからトウモロコシも大豆も価格が急激に上昇し、この数年で餌代は1.5倍以上になった。餌代は生産費の6割強を占めるから、こんな状態では、体力のない小規模農家はとても経営を続けられない。大規模農場でも収益は悪化の一途をたどっている。今後も餌の原料価格が下がる気配はない。

万鐘島ぶたの場合は自給飼料が7割なので、配合飼料100%の農家に比べれば価格高騰の影響は小さい。だが、原料の安定確保など、課題は多い。何しろ豚はあきれるほどよく食べる。あの激烈な食欲を毎日毎日満たしていくのは大変だ。
ちょっとだけ食べてどんどん太ってくれたらいいのだが…。そうは問屋が卸さない。

セリ当日。繁殖農家は子豚を運んできたら、セリ市場の豚房に20頭くらいずつ入れる。少しでも見栄えをよくしようと、セリが始まる直前まで水をかける人も。
セリの開始は午後1時きっかり。写真右手のセリ人が値段を100円単位でどんどん上げていく。肥育農家の買い付け人は親指や人差し指を立て、自分が買う意思があることを示す。値が上がるにつれ、初めはたくさん上がっていた指が徐々に降ろされていく。

セリ上げるスピードが速いので、うっかり指を降ろしそびれると、予定外の高い買い物をするハメになる。指を立てる買い付け人はポーカーフェイスだが、内心はドキドキだ。
「買い付けゼロというわけにはいかないし。ああ、もう1万4000円を超えてしまったあ...」
実は、売り手も買い手も顔なじみなので、買い付けのやり方や性格まで含めて、お互いだいたい分かっている。「あの人が頑張り始めたら、勝ち目はない」「あの人がまだ買ってないから、後の方も高くなるな」。そんな読みを、口には一切出さないけれど、みんな内心でやっている。
最後まで指を下ろさなかった人が落札者。お目当ての房を落とした人は、セリ終了後、ほっとした表情で豚房に自分のトラックをつけ、子豚を積み込んでいく。

心理的なかけひきが激しい火花を散らすエキサイティングな子豚セリ。だが、売り手、買い手とも、セリで子豚を売買する人は減りつつある。数年前までセリは月3回行われていたが、現在は月2回。かつては1回の上場頭数が400頭を超すことも珍しくなかったが、最近は200頭を切ることがある。
いくつかの理由が考えられるが、深刻なのは餌代の高騰による小規模養豚農家の廃業だ。セリの主役は、売り手も買い手も小規模農家なのだが、その数が減ってきている。
餌の原料は輸入のトウモロコシと大豆かすが中心なので、国際相場の影響をもろに受ける。一昨年くらいからトウモロコシも大豆も価格が急激に上昇し、この数年で餌代は1.5倍以上になった。餌代は生産費の6割強を占めるから、こんな状態では、体力のない小規模農家はとても経営を続けられない。大規模農場でも収益は悪化の一途をたどっている。今後も餌の原料価格が下がる気配はない。

万鐘島ぶたの場合は自給飼料が7割なので、配合飼料100%の農家に比べれば価格高騰の影響は小さい。だが、原料の安定確保など、課題は多い。何しろ豚はあきれるほどよく食べる。あの激烈な食欲を毎日毎日満たしていくのは大変だ。
ちょっとだけ食べてどんどん太ってくれたらいいのだが…。そうは問屋が卸さない。
2007年08月05日
[第4話 農] ハツおばあのニガナ
ゴーヤーよりにがい野菜がある。その名もニガナ。ウチナーグチではンジャナバー。葉野菜というより、野菜と薬草の中間くらいの存在だ。
野生のニガナは海辺の岩っぽいところに自生している。栽培される場合は、家庭菜園の隅っこに5、6株、植えられていることが多い。

数は少ないが、プロの栽培農家もいる。スーパーなどに並んでいるニガナは、こうした農家が栽培したものだ。
豊見城市の大城ハツさんもその一人。さすがのニガナも7、8月の直射日光には弱いらしく、ハツさんはネットをべたがけにして、遮光していた。
ハツさんは、あまり手間をかけなくてもできるからニガナを始めた、という。「でも、収穫は1枚1枚だからね。年寄りの仕事さあ。若い人はやらんよ」
ニガナは、葉を切りとって収穫すると、また次の葉が出てくる。そうやってずっと穫り続けられるが、夏の暑さなどで株が傷むらしく、ハツさんも2年に1回くらいは植え替えしているそうだ。日差しが落ち着いてくる秋ごろから、どんどん伸びてくるようになり、出荷量も増えるという。

「昔はね。海辺に生えているニガナの根っこをとってきて、酒に漬けてね。腹具合の悪い時に飲むこともあったよ」とハツさん。

栽培されたニガナは、海辺の野草ニガナよりも葉が大きく、柔らかい。細く切って豆腐とあえるのと、イカのスミ汁に入れるのが2大料理法。白あえは、豆腐がニガナの苦みを緩和してくれる。スミ汁では、うまみたっぷりの汁の中で、苦みがアクセントになる。最近はツナと合わせてサラダ風に仕立てた小鉢にもよくお目にかかる。
いかにも体によさそう。いろいろな食べ方が工夫できそうだ。
スーパーに売られているニガナでも、冷蔵庫に入れておけば3週間くらいは平気でもつ。沖縄では農連市場、公設市場のほか、サンエーなどのスーパーも置いていることが多い。
野生のニガナは海辺の岩っぽいところに自生している。栽培される場合は、家庭菜園の隅っこに5、6株、植えられていることが多い。

数は少ないが、プロの栽培農家もいる。スーパーなどに並んでいるニガナは、こうした農家が栽培したものだ。
豊見城市の大城ハツさんもその一人。さすがのニガナも7、8月の直射日光には弱いらしく、ハツさんはネットをべたがけにして、遮光していた。
ハツさんは、あまり手間をかけなくてもできるからニガナを始めた、という。「でも、収穫は1枚1枚だからね。年寄りの仕事さあ。若い人はやらんよ」
ニガナは、葉を切りとって収穫すると、また次の葉が出てくる。そうやってずっと穫り続けられるが、夏の暑さなどで株が傷むらしく、ハツさんも2年に1回くらいは植え替えしているそうだ。日差しが落ち着いてくる秋ごろから、どんどん伸びてくるようになり、出荷量も増えるという。

「昔はね。海辺に生えているニガナの根っこをとってきて、酒に漬けてね。腹具合の悪い時に飲むこともあったよ」とハツさん。

栽培されたニガナは、海辺の野草ニガナよりも葉が大きく、柔らかい。細く切って豆腐とあえるのと、イカのスミ汁に入れるのが2大料理法。白あえは、豆腐がニガナの苦みを緩和してくれる。スミ汁では、うまみたっぷりの汁の中で、苦みがアクセントになる。最近はツナと合わせてサラダ風に仕立てた小鉢にもよくお目にかかる。
いかにも体によさそう。いろいろな食べ方が工夫できそうだ。
スーパーに売られているニガナでも、冷蔵庫に入れておけば3週間くらいは平気でもつ。沖縄では農連市場、公設市場のほか、サンエーなどのスーパーも置いていることが多い。






















