うるま市

2014年01月17日

ウルマーが来店、串かつをパクリ

 うるま市のご当地ヒーロー「伝統神ウルマー」がももと庵に来店。サクサク串かつをパクリと食べました。

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 ウルマーは昨年の秋にデビューし、市のイベントなどに出演しています。ふなっしーなどのゆるキャラ風ではなく、琉神マブヤーばりのカッコいいヒーローです。

 うるま市の名物、闘牛をイメージしてデザインされたとのこと。言われてみれば、確かに胸当ての部分は大きな牛の顔に見えますね。

 この日は、ウルマーの所属する商工会青年部のみなさんと一緒に来店。

 実は、雑誌「オキナワグラフ」のうるま市紹介特集記事の取材の一環で、うるま市のおすすめスポットの一つとして、ももと庵にウルマーが行って串かつを食べる、という設定でした。

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2013年12月20日

勝連城跡の周辺整備がスタート

 ももと庵のある勝連城跡周辺がいよいよ本格的に整備されることになりました。うるま市がその基本計画を策定。昨夜、市民説明会が開かれ、100人ほどの市民が集まりました。

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 計画のうたい文句は「世界遺産である勝連城跡および周辺地域を、うるま市の歴史文化の拠点として、また市民や来訪者などの人々が交流し、文化・観光の振興に資する空間として整備を図る」。ちょっとカタくて長い文ですけど、まさにそういうことでしょう。

 今の勝連城跡周辺は、世界遺産のある場所とは思えないほどの未整備ぶり。これでは、せっかくの歴史ロマンも伝わりませんし、「にぎわい」もあまり感じられません。

 勝連城跡本体以外にあるものといえば、駐車場と休憩所、その中にある名産品店の「うるまーる」。周辺のお店と言えば、パーラー2軒と万鐘ももと庵のみ、という、かなり寂しい状態です。

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 計画は、勝連城跡ゾーン、拠点ゾーン,観光誘導ゾーンなどからなります。

 勝連城跡ゾーンは、城跡内の城壁や門などの復元整備を行います。世界遺産として、勝手にいじることはできないため、史実に照らした復元を進める、との説明でした。

 一方、拠点ゾーンは、現在の駐車場のある一帯で、1枚目の絵では、中央を走るシンボルロードの左側になります。ここに勝連城資料館や地域特産品の販売施設が新たに建設され、オフィシャルな情報発信や駐車場などの拠点機能を担います。

 観光誘導ゾーンは、ももと庵のある場所から太平洋側の一帯。飲食店や店舗の誘導、駐車場や休憩所の整備、南原漁港の活用などが想定されています。にぎわいをもたらす民活ゾーン、ですね。

 歴史公園としての落ち着きのある空間と、それにふさわしいにぎわいをどう実現するか。官民ともにアイデアと力量が問われます。もちろん、ももと庵も、その一部として、取り組みに積極的に参加します。

 昨夜の市民説明会では、1時間以上にわたって、熱心な質問や意見が次々に出され、参加した人たちの関心の高さをうかがわせていました。

 7年後の完成が目標とのこと。まだだいぶ時間がかかりますが、どうぞお楽しみに。勝連城周辺の整備事業に関する動きは、これからもこのブログでお伝えしていきます。

 

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2013年11月07日

百十踏揚、誕生!

 ももと庵の目の前にドーンと迫る世界遺産・勝連城跡。「勝連城の歴史ロマン」と地元ではよく言うのですが、いったいどんな歴史だったのでしょうか。ハイライトと言える15世紀の勝連城歴史ロマンのさわりを、何回かに分けて書いてみたいと思います。

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 主役は、琉球国王・尚泰久(しょう・たいきゅう)の娘にして、勝連城主の阿麻和利(あまわり)に嫁いだ百十踏揚(ももと・ふみあがり)。

 ももと庵のご本尊ともいうべき、百十踏揚の波瀾の生涯を描いた与並岳生さんの歴史小説「琉球王女・百十踏揚」がテキストです。むろんこの本は歴史小説。与並さんの深い歴史的学識と豊かな想像力によって構成されています。

 著者の与並岳生さんにお願いして、今回は特別に引用の許可をいただきました。ありがとうございます。


 初めて琉球を統一した尚巴志(しょう・はし)の7男で、当時、越来(ごえく)城主だった尚泰久(しょう・たいきゅう)。百十踏揚(ももと・ふみあがり)は、その長女として1440年ごろに生まれました。

 幼名は真鶴金(まづるがね)。母の正室は、勇猛果敢な武将としてその名をとどろかせた護佐丸(ごさまる)の娘でした。

 今の沖縄市のコザ十字路近くにあった越来城周辺は、当時は全くの農村。そんなところでのびのび育った真鶴金に、人生最初の一大転機が訪れます。

 時は1453年。首里の琉球国王、尚金福が病死した後、王位をめぐり、王子志魯(しろ)と王弟布里(ふり)との間に争いが起きます。これが、最後には城内での衝突に発展。

 与並さんの著書では、冷静さを失った志魯が城に火を放ち、その結果、首里城は焼失してしまいました。志魯は布里側に殺され、布里も王子に手をかけた罪を問われ、首里を追われます。

 志魯には9歳になる子がいましたが、乱れた琉球王朝を立て直すには無理、との家臣団の強い意見で、王弟だった尚泰久が王に即位したのです。

 こうして、娘の真鶴金も、越来城から首里城に移り住み、王女の立場となりました。

 琉球では、神事祭祀を司るのはすべて女性です。

 1456年、真鶴金に神名が授けられ、神女の資格が与えられました。この神名のことで、尚泰久王にはひとしおの思い入れがあったようです。

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 古謡「おもろ」の言葉から選びぬいた真鶴金の神名が「百十踏揚(ももと・ふみあがり)」でした。

 百十は、百に十を重ねる、つまりいついつまでも末永く、という意味。踏揚は「気高い」とか「栄える」の意です。

 神名を授ける儀式が、首里城内でとり行われました。

 踏揚は、白絹の胴衣下裳に白麻の神衣装をまとい、洗い髪を腰まで長々と流して、同じく白麻の神衣装を着けた母の王妃に伴われて首里城の京の内に入ります。

 高位の神女である首里大君が長いミセセル(託宣)を唱えた後、おもろを歌い、それに合わせて踏揚の神舞いが始まります。引用文中に出てくる「思戸(うみと)」は百十踏揚の世話係の女官です。


 舞いゆく踏揚の白い神衣装が、樹々の中を吹き抜ける涼風に、ゆるやかにひるがえり、木漏れ日の中を白く舞い流れていく様は、あたかも、白い蝶が、ひらひらと舞い流れていくようであった。
 その神舞いは首里大君がじきじきに手ほどきしたものだったが、天性であろうか、踏揚の舞いはまこと、神々しいまでの美しさで、王妃も、女官たちも、また居並ぶ神女たちも、その清らかで優美な舞いを、うっとりと見上げ、思戸もただ心奪われて、見惚れているばかりであった。
 おもろは続いていくーー。

 百十踏揚や
 あためとも 愛しや
 又君の踏揚や・・・

 ーー踏揚は舞い続ける。
 見上げる思戸は、その美しさ、神々しさに、胸が熱く込み上げ、涙が溢れてくるのを抑えることができなかった。[同書p.89-90]



 こうして真鶴金は、名実ともに百十踏揚となったのです。踏揚、15歳のことでした。


 与並岳生「琉球王女・百十踏揚」はセブンネットアマゾン楽天などでお求め下さい。ももと庵でも扱っています。読み始めたら眠れません。

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2013年08月13日

激変?! 勝連城休憩所

 世界遺産・勝連城跡を見に来る人のほとんどが車を停める勝連城跡駐車場。その横にある休憩所が、かつてとはだいぶ様子が違ってきました。

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 この休憩所、つい最近までは、ドリンク類の自動販売機が外に置かれている以外は何もなかったんです。椅子と畳の部分があるだけ。まあ、クーラーは効いているので、暑い時はひと休みできるのですが、本当にそれだけでした。

 まず変わったのは、1ヶ月半ほど前に、地元の産品を販売するみやげ店「うるまーる」がオープンしたこと。うるま市観光物産協会が休憩所の一角で始めたんです。

 万鐘の肉みそも置いています。冒頭の写真は、万鐘の肉みそを持つ真鶴さやか店長。

 うるま市には、質のよい特産品がいろいろあるので、それらを集めて売ろうというわけです。肉みそのようなごはんのお供もあれば、世界一の生産量を誇るもずくの加工品、スイーツ類まで、さまざま。

 ちょうどこの日、畳の空間を利用してミニ講演会が開かれていました。うるま市史跡ガイドの会会長の仲村春吉さんが「世界遺産再発見・勝連城跡」と題して、勝連城をめぐるさまざまな歴史のエピソードを紹介し、熱弁をふるっていました。

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 こんなにたくさんの人がこの休憩所に入っているのを見たのは、正直な話、初めてでした。

 これまで「にぎわい」があまり感じられなかった勝連城跡休憩所でしたが、こうした地道な努力で、だんだん人が集まる場になってきたようで、うれしい限りです。

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2013年05月03日

ぷりっぷりの津堅島もずくはいかが

 ももと庵のあるうるま市に浮かぶ津堅島。ニンジンの島として有名ですが、もずくの生産も盛んです。その津堅島のもずくはいかがですか。津堅島特産のもずくは歯ごたえのよいぷりぷりした食感が自慢です。津堅島特産塩蔵もずくの販売を始めました。

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 今はもずくの収穫真っ盛り。うるま市は、沖縄でナンバーワンのもずく生産地です。その多くが、津堅島や浜比嘉島などの離島で生産されています。

 もずくは、そのとろとろした食物繊維が体によいと評判です。フコイダンと呼ばれる成分はさまざまな効能があるといわれています。

 万鐘の津堅もずくは塩蔵されています。ボウルに入れ、たっぷりの水を1、2回換えながら、20分ほど塩出しすれば準備完了。醤油10+酢10+砂糖7くらいの割合で混ぜたタレがよく合います。おろし生姜を加えるのもお勧め。

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 砂糖を減らして、だしを加えると、また違った味が楽しめます。酢の半分をレモン汁で置き換えると、とても爽やかな風味になりますよ。

 万鐘の塩蔵もずくは400g入り×4パックで2200円(税込み、送料別)。冷蔵で出荷から半年ほどもちますので、冷蔵庫に常備しておけば、極上の健康もずくがいつでもたっぷり楽しめます。

 お求めは万鐘ネットショップで。もちろん、ももと庵でも販売していますので、おみやげにぜひどうぞ。

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2009年11月15日

[第143話 沖縄] 住民のアイデアが景観条例の推進力

 エメラルドグリーンの海に青い空ー。沖縄の自然は訪れる人を魅了してやまない。では、人の住む町の景観はどうだろうか。町並みや家並みが美しいと思える地域は、残念ながら非常に少ない。そんな状況を変えていこうと、県内では景観条例を制定する動きが進んでいる。

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 万鐘の地元うるま市も、そのひとつ。現在、景観条例を作る動きが急ピッチで進んでいる。合併前の具志川市、石川市、勝連町、与那城町の4地区ごとに住民ワークショップを何度も開いて、景観資源の洗い出しや条例の方向付けの作業を進めている。

 具志川地区と与那城地区で開かれたワークショップをのぞいた。参加者はいくつかのグループに分かれ、うるま市役所都市計画課の事務局が用意した市域地図を見ながら、景観資源を洗い出していく。

 「喜屋武城跡からの眺望は東シナ海まで見える絶景。だが、近くに送電線の鉄塔があって、眺めがだいなしになっている」「宮城島に沈む夕日はすばらしく美しい」「うるま市には並木道らしい並木道がない。地域に合った樹種を選んで、存在感のある並木道を創りたい」

 「オカガニが産卵する場所を守りたい」「海中道路には緑がまったくないので、もっと植栽すべき」「琉球舞踊の原点である浜千鳥発祥の地に歌碑があるが、そこに至る道にゴミが散乱している」
 
 守りたい景観、整えたい景観、取り除きたい景観、創りたい景観ー。さすがに定点観測を何年も続けている地元住民だけのことはあって、次々に出てくる情報は、極めて具体的だ。

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 各グループは、テーブル中央に置かれた市域の地図に、情報を書き込んだ付せんを貼り付けていく。40分ほどのグループ討論の間に、どのテーブルの地図も付せんでいっぱいに。ワークショップの最後に、各グループが話し合いの結果を地図を示しながら発表した。

 それにしても、出された意見をすべて実行に移すとしたら、たいへんな事業量になりそうだ。事務局から「景観づくりはまちづくりそのもの」という説明があったが、まさにその通り。

 ワークショップでは、住民が景観に強い関心を持っていることがはっきりと示された。住民は日頃、黙っているが、それは発言の機会がないからというだけで、決して景観に無頓着なわけではないことがよく分かる。

 事務局は12月までに計3回の住民ワークショップを4地区それぞれで開くことにしている。これと並行して、有識者の会議が市全体の景観条例の方向付けを話し合う。このようにして得られた情報を総合して、景観計画の素案が今年度中にまとまる予定だ。

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 うるま市の景観条例についての問合せは、うるま市都市計画部都市計画課098-965-5602。

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2009年05月25日

[第118話 食] タコライスじゃない、たこめし

 「タコライスにタコは入ってないの?」 観光客から何度か聞かれた。タコライスはタコスの応用だからタコとは関係ないんです―。そんな会話を何度か交わしているうちに、「たこめし」ののぼりがはためいているのをたまたま万鐘の地元うるま市で見かけた。こちらはタコ入りらしい。おー、ほんとにタコ入りのごはんがあるじゃないか。早速、たこめしに挑戦した。

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 うるま市の与勝半島と平安座島を結ぶ海中道路の話は第46話で紹介したが、「たこめし」ののぼりが風にゆれていたのは、その海中道路の入り口。お店の名前は、たこ焼き食堂ハリセンボン。

 たこめしは、沖縄の沿岸で獲れる島ダコを使った炊き込みごはんだった。島だこを使うので、正確には「島だこめし」(500円)。ごはんの上にちゃんとタコがのっている。タコをゆでた汁でごはんを炊くので、ごはんは薄い色に染まっていて、ほんのりとタコの香りがする。うまい。もちろん温かいのがおいしいが、お弁当にして冷めても十分いけるんじゃないかと思える味わいだ。

 タコライスは、メキシコ料理のタコスのトルティーヤに包まれている中身をごはんの上に乗せた沖縄発の創作料理。スパイスのきいたピリカラひき肉と刻んだレタス、チーズなどがごはんの上にのっている。偶然だが、ハリセンボンのすぐ隣りには、元祖タコライスのお店があるので、期せずして「タコライスvsたこめし」の図になっている。

 ハリセンボンは、大阪出身の漆師(うるし)康治さんと、海中道路を渡った平安座島出身の美幸さん夫妻が切り盛りしている。たこ焼きがメインだが、「ごはんものが欲しい」というお客さんの声に応えて、タコにこだわる漆師さんが島ダコを使った島だこめしを始めた。

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 メインメニューのたこ焼きも魅力。「普通の上等」をうたう普通のたこ焼き(350円)は、ソースの甘さと柔らかい生地が渾然一体となって口の中に広がり、そこに歯ごたえのあるタコが加わって、絶妙のバランス。はふはふ言いながら、あっという間に平らげてしまう。

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 創作たこ焼きもいろいろあって楽しい。例えば「もずくねぎポン酢たこ焼き」(450円)。たこ焼きの中に地元産のもずくが入っている。

 沖縄の特産品であるもずくを活用した料理はいろいろ提案されているが、やはりもずくはとろりとした柔らかな食感が命。残念ながら、もずく創作料理の多くが、もずくのこの食感を生かしきれていない。例えば、もずくの天ぷらなどもおいしいけれど、「あー、もずくを食べているなあ」という実感は湧かない。

 このもずくたこ焼きはそれらとは全く違う。たこ焼きのとろーり柔らかな生地ともずくのとろーり食感とがぴったりと合い、もずく本来のおいしさがちゃんと生かされているのだ。ねぎポン酢の甘くないタレも、もずくを見事に引き立てる。

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 「もずくに下味がつけてあるんですが、初めの頃は、その水分がたこ焼き生地に入るためにうまく焼けなかったりしたこともありました」と漆師さん。どんな新製品にも開発の苦労があるが、もずくたこ焼きもそう。

 もずくはこの界隈でもたくさん生産されている。地産地消を口で言うのは簡単だが、地で穫れたものをとり入れても、それによってさらにおいしくならなければ意味がない。もずくたこ焼きは、まさにもずくが入ったことで誕生した新しいおいしさだ。とろーり同士のハーモニーは、あつあつでないと最高潮に達しないので、持ち帰るよりも、作りたてをお店で食べるのがお勧め。

 ハリセンボンは海中道路の入口にあるので、海中道路を通って平安座島や浜比嘉島、宮城島、伊計島に行く人々が立ち寄るが、その一方で、地元の子供たちにも大人気。部活帰りの中学生などが、タコせんべいにたこ焼きをはさんだサンド・デ・タコヤキ(100円)などにパクついている。地域の風景に溶け込んだマチヤーグワー(お店)だ。

 ハリセンボンは、うるま市与那城屋慶名405-3、090-9406-6415。月曜定休。HPはこちら。島だこめしは数量限定品なので、売り切れることもしばしば。確実に食べたければ電話で予約を。

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2009年01月07日

[第95話 農] サンゴの海で育てるアーラミーバイ

 沖縄の高級魚といえばミーバイ。中でもアーラミーバイは刺身や鍋料理用の高級食材だ。

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 ミーバイの和名はハタ、英名はグルーパー。アーラミーバイの和名はヤイトハタ。九州でアラの異名を持つクエとは別の魚だが、同じマハタの仲間で食味もよく似ている。

 アーラミーバイは、沖縄では主に刺身や味噌仕立ての魚汁で食されてきた。もちろん最高級の白身魚として。最近は、冬場の鍋料理も盛ん。コラーゲンたっぷりのふるふるの皮と油ののった濃厚な身の味は、まさにアーラミーバイならではの醍醐味といえる。

 ミーバイは温暖な南の海にいて、中国南部や東南アジアでも高級魚として珍重されている。中でもアーラミーバイは大型魚として知られ、大きいものでは100kg近くまで成長するらしい。去年の5月にも南大東島で72.6kgのアーラミーバイが上がったとのニュースが流れた。

 ただ、天然モノは、安定した漁獲が期待できず、それだけではとても供給が追いつかない。値も相当はる。普通の人の口に入るようにするには養殖で育てるしかない。

 沖縄では、県内外の需要に応えようと、八重山や伊平屋島を中心にアーラミーバイが養殖されている。沖縄本島にもアーラミーバイの養殖場があると聞いて訪ねた。

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 ところは沖縄本島中部東海岸の宮城島。この島でアーラミーバイの養殖を手がけているのが、同島出身の久米清一社長率いる久米水産だ。清一さんの弟で、現役漁師の清吉さん親子が現場の管理を担当している。

 清一さんの父は宮城島でウミンチュー、つまり漁師をしていた。清吉さんがそれを継ぎ、清一さんは那覇に出て建設関係の仕事についた。建設需要の伸びが思わしくない中で、清一さんは新分野を開拓しようと考え、4年前、清吉さんとともにふるさとでアーラミーバイの養殖を始めた。

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 宮城島の池味漁港から船に乗り、サンゴ礁のエメラルドグリーンの海を北上すること10分、隣りの伊計島の伊計ビーチ沖に、養殖場はあった。目の前に伊計ビーチが見えている。

 水深約20mの海に、木を組んだ枠を浮かべ、そこに5m×5m×5mほどの網を固定。中をのぞくと、黒々とした魚影が盛んに動いている。水中をのぞくためのガラス底の筒でいけすの中を見たら、青い海の中にアーラミーバイがたくさん見えた。動きが早い。

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 アーラミーバイの稚魚は本島北部、本部町にある沖縄県栽培漁業センターが供給。稚魚が2、3kgの出荷体重になるまでには2年ほどかかる。その間は生育管理ももちろん大変だが「台風で海が荒れて、いけすが壊されることがあるのが大きな問題です」と清吉さんが海面養殖の苦労を語る。台風時には、暴れる木の枠から網をとりはずし、海に沈めて稚魚を守るそうだ。

 一昨年は稚魚を1万尾、昨年は3万尾入れた。「10万尾くらいまで増やしたいですね」と清一さん。今は主に沖縄県内の割烹に出しているが、生産量が増えたら本土にも出したいと考えている。

 久米水産株式会社は那覇市小禄2-6-11、098-859-0389。

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