アミロース

2011年10月30日

麺のオールラウンドプレーヤー

沖縄とアジアの食 第7回 ブン

 ベトナム麺といえば、ブンの話をしないわけにはいかない。ツルツルした優しい食感が特徴の丸い米麺。日本の素麺より少し太い。食感はかなり違う。

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 ベトナムにはいろいろな麺があるが、その中でもブンは、最もたくさん消費されているのではないかと思う。市場の麺専門店には中央付近にドンと置かれているし、食べるシーンも多彩だ。前々回と前回で書いたフーティウやフォーは、日本のラーメンのようなどんぶり入り汁麺として食べられるのが普通。ブンは、汁麺ももちろんあるが、別の形で出くわすことが多い。

 例えば、茶碗にブンを入れて、ちょっとおかずをのせ、まるでごはんのように食べる。あるいは、ハノイ料理で有名なブンチャーは、肉だんごなどが入ったつけ汁にブンをひたして食べる。ブンは、麺のオールラウンドプレーヤーなのだ。

 そうそう、ブンは、鍋料理にもしばしば沿えられて登場する。これは目からウロコの素晴らしい食べ方なので、ちょっと詳しく説明しよう。

 ベトナムの人々は大の鍋好き。常夏の国ながら、氷の入ったビールを片手に、海鮮や肉、そしてたっぷりの青野菜が入ったいろいろな種類の鍋をつつく。日本では、鍋は冬場の料理ということになっているが、ベトナムで鍋を食べると、そうした固定観念がいとも簡単に崩れてしまう。30度を超す蒸し暑さの中でも、文句なしに鍋はうまい。

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 ブンは、そんな鍋の必需品。鍋の材料がグツグツ煮えてきた頃合いを見はからって、鍋の横で皿に盛られて待機しているブンを、めいめいの取り皿に少量とる。それから食べたい鍋材料を入れ、スープを注ぐ。つまり、取り皿のスープの中に、肉や魚や野菜といった鍋材料に混じって、少量のブンがいつもあるのだ。

 いただきますー。鍋材料と一緒にブンを口に入れる。これがうまい。おかずだけを食べるよりも、おかずをごはんと一緒に口に入れた方がおいしく感じることがあるが、あれと似ているかもしれない。鍋材料だけでももちろんうまいが、そこにブンの優しい食感が加わると、妙においしく感じられるのだ。

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 ブンは、コシがまるでない。コシのない米麺としては前々回のフォーが代表選手だが、ブンのコシのなさもフォーに負けていない。それで十分うまいのは、鍋もののスープとの相性がいいからかも。フォーのような薄い平麺ではないが、スープと一体化するという意味では、ブンはフォーにひけをとらない。水分の多さも、スープとの一体感に大いに貢献している。水分が多く、粘りがないので、炭水化物特有の「重たさ」がない。

 自分でブンを作っている、という市場のおばさんに聞いた話では、ブンは、米を水にひたして柔らかくしたものをひいてシトギにし、それを穴の開いた容器から、沸騰させた湯に落として作るという。

 市場では、ゆでられた状態の大量のブンが売られている。麺同士がくっつきそうだが、意外に簡単に離れる。

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 ツルツルした優しい口当たりは、フォーと同じく、アミロース主体の長粒米がもたらす「さらり感」のなせるわざ。この、さらり感はあまり自己主張しない。鍋の取り皿の中で、鍋材料たちに主役の座を譲りながら控えめな脇役を果たすのにうってつけだ。だが、鍋を何度か食べていると、脇役ながら、鍋を食べる時にはどうしてもこのブンが欲しくなるから不思議。

 丸麺と言えば、もう一つ、印象的なベトナム麺を。バインカン。ブンほど量が食べられているわけではないと思うが、ホーチミン市ではこれを売りにしている店をときどき見かけた。南部一帯でよく食べられているとも聞いた。ブンよりずっと太く、日本のうどんくらいある。タピオカが多めに入っているのが最大の特徴で、タピオカ独特の粘りと透明感がある。

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 前々回のフォーで「薄さが命」と書いた。バインカンを食べると、アミロース中心の米麺が太くなった時に出てくるはずの歯触りの「もたつき」を、粘りの強いタピオカを多めに配合することでうまく回避していることがよく分かる。さらに、汁にとろみをつけて、麺の食感に一歩近づけながら、麺から汁が滑り落ちにくいようにして一体感を高めている。なんとも巧み。

 ベトナムのそんな知恵は食文化のあちこちに垣間見える。うまいものを追求するベトナムの情熱には、脱帽するしかない。

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2011年10月16日

ヒラヒラ感がたまらない

沖縄とアジアの食 第5回 フォー

 前回はフォーの写真を出しておきながら、肉の話に終始してしまった。今回から麺の話に移る。そのフォーからいこう。

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 ハノイの旧ハンザ市場の近く。旧市街は、いかにもごちゃごちゃした下町ふぜいが魅力だ。各店舗は間口が狭いからか、通りにまで品を出して売っているので、どことなく屋台店舗風の趣きになる。米粉の菓子、果物、麺類、豆腐、鶏。何でもある。その合間を天秤棒や自転車に野菜などを載せた商人が行き交う。

 食品関係の店に混じって、飲食店もいろいろある。店舗内だけでは狭いので、歩道上にもどんどん展開して、プラスチックのイスを並べる。子供用にしか見えない低くて小さなイス。人々はそこに腰掛けて、麺類やベトナム風の濃いコーヒーをゆっくりと楽しむ。

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 食料品店、飲食店、天秤棒。一つひとつが小さなピースで、街全体がジグソーパズルのように見えてくる。街路樹がどこも適度に張り出して木陰を作っているから、常夏の国ではあっても、意外に涼しい。

 その中に、ひときわ、人の出入りが激しいフォー屋があった。間口1.2mほど。見ていると、次々に客が声をかけ、注文が入る。かなりの人気店らしい。「限定××食、売り切れじまい」といった趣きだ。

 女性3人で切り盛りしている。1人が外でトッピング用の牛肉をせっせと薄切りにしている。前回書いたように、切った後はあまり間を置かずに使うのが衛生管理上のノウハウ。別の1人が奥で麺をどんぶりに入れ、もう1人が具や調味料を入れて熱いスープを注ぎ、客に出す。見事な連携プレー。

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 生牛肉のフォーを注文した。念のため、化学調味料は少しにしてね、と言ったら、分かってるわよぉ、と言わんばかりのはじけるような笑顔で応じてくれた。若いベトナム人に聞いたが、ひと頃は化学調味料全盛で、何にでも大量に入れていたが、最近は敬遠する人もいるらしい。

 麺。ひたすら薄く仕上げてられていて、スープと一体になったヒラヒラした感触がたまらない。スルスル、スルスル、いくらでも入ってしまう。コシめいたものは全くない。コシが欲しいとも思わない。

 麺のコシは、スルスルとすすり上げて口に入れた後、噛んだ時に得られる食感。フォーを食べていて思うのは、薄さとヒラヒラした独特の食感が口いっぱいに広がり、そのボリュームでそれなりの噛み応えがあれば十分、ということ。スープと完全に一体化した麺に、歯を押し戻すようなコシがあったら、かえって邪魔になる。

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 日本では、麺といえば小麦の麺が中心なので、グルテンの生成によるコシが命ということになっている。沖縄でも、沖縄そばは独特のコシで、その話は以前、万鐘本店で書いたが、ともかくコシがなくては話にならない。パスタもそう。芯が残るくらいのゆで加減がいい、とされる。

 フォーの食感は、そうしたコシとは対極にある。が、噛み応えがないわけではない。

 フォーの原材料になるベトナムの長粒種のコメは、粘りのないアミロースでんぷんの含有量が日本米より多い。

 日本の短粒米の品種改良は、粘りの強いアミロペクチンでんぷんの含有量を上げ、粘りを高めることに力が注がれてきた。電気炊飯器も、コンピューター制御で複雑な火加減を実現しているが、その目指すところは、粘りのあるごはんを炊き上げることに尽きる。かくして、いまの日本の食卓に出てくるごはんは、ものすごく粘りが強い。昭和の時代のアミロースが多い米の食感がどんなものだったか、大方の日本人は忘れているのではないか。

 フォーのソフトな歯ごたえは、まさにアミロース中心の食感。粘りはほとんどなく、歯にまとわりつくことがない。実にさらり、としている。透明なスープとの相性抜群の「さらり麺」だ。

 この場合、薄さが命だろう。アミロース中心の麺が太かったり、厚かったりしたら、歯を押し戻す力がない中に歯がだらしなく埋没していくような中途半端な感じになり、もたつくに違いない。薄ければ、歯がスっと入ったとたんに切れて、心地よい。

 この店、これまで食べたどのフォー屋よりうまかった。

 ラッキーなことに1時間後、再び近くを通った。よし、失礼してもう1杯食べようか、と思ってのぞいたら、店はもう閉まっていた。


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