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2008年01月01日

[第33話 農、万鐘] 鳴く雄豚

 あけましておめでとうございます。万鐘本店、新年の幕開けは、正月にふさわしい子孫繁栄の話で。ただし、主役は雄豚である。

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 母豚は、成長して性の成熟期に入ると、21日の間隔で発情が来るようになる。1回の発情期間は2、3日で、その間しか雄を受け入れない。それ以外の時は、雄を全く相手にせず、雄が追いかけようものなら、「助けてくれ」と大声を上げながら徹底的に逃げ回る。

 豚はふだん、雌雄別々の房にいるので、管理者は母豚の発情を見はからって、雄豚を母豚の房に入れ、種付けをする。ただ、発情期間中は、そわそわする母豚もいるが、そうでもないものもいて、個体差が激しい。その結果、発情をうっかり見落としてしまうことがある。一度、見落とすとまた21日待たなければならず、種付けは遅れ、生産性が落ちる。

 母豚の発情を把握するには、雄豚を使うのが確実。雄豚を近づければ、発情している母豚は「受け入れ姿勢」をとり、じっと動かなくなるからだ。

 ところが、万鐘の農場にいるアダムという雄豚は、もっと簡単に母豚の発情を知らせてくれる。同じ豚舎にいる母豚が1頭でも発情していると、それをちゃんと感知して、ウーウーと鳴き声を上げるのだ。アダムが鳴き声を上げることはめったにないから、ほぼ確実に分かる。まさに、生きたセンサー。「鳴いている時のアダムは、日頃の猛烈な食欲も控えめになります」と農場主任の大和田宝林は話す。

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 アダムのいる房から母豚が見えるとは限らない。母豚の側が特別の臭いや音などを出していて、それをアダムが感じ取るのかもしれない。そうしたメカニズムのすべてが、子孫を残すための豚の本能に基づいているのだろう。

 アダムが鳴いている時は、どの母豚が発情しているかを、まず見極める。分からなければアダムを房から出して好きに歩かせれば、発情している母豚に近づいていく。母豚がいる房内で交配が終わったら、扉付近に自分からやって来る。仕事を終えたら餌をもらえることを知っているからだ。扉を開ければ、特に指示しなくても、巨体を揺らしながら廊下を走って、おいしい餌の待つ自房へまっしぐら。その安定感のある働きぶりには、大和田も厚い信頼を寄せている。

 そんなアダムも、活躍の場がだんだん減ってきた。少しずつ成長を続けるうちに体が大きくなり、若くて小さい母豚だと彼が乗った時に、重くて体重を支えきれないのだ。アダムは既に300kg以上あるとみられる。このデュロックという品種の豚の雄は、350kgくらいまでは成長していく。

 試みに、生まれて1週間の2kgほどの子豚をアダムの背中に乗せてみた。この2頭、れっきとした親子なのだが、まるでネズミとゾウのようだと言ったら、さすがに言い過ぎか。

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 大きな雄豚は、飼う側にとって、いささか危険を伴う。動物同士の力くらべは、ごく大ざっぱに言えば、まずは体重の勝負だ。万一、300kgもある雄豚と勝負するハメになれば、60kgや70kgの人間に勝ち目はない。現に養豚の世界では、雄豚に太ももを丸ごと噛み切られたというような事故がたまに起きる。むろん、人間から勝負を挑むことはないが、人間の行動を雄豚に誤解され、運悪く噛みつかれる、というような悲劇がまれに起きるのだ。

 巨大な雄豚の前に立つ時は自然に「シャンとして強い気を送らなきゃ」という気持ちになる。こちらも一応、動物だからだろう。むろん命は惜しいので、勝ち目のない勝負を仕掛けるようなことは絶対しないが。

bansyold at 00:00|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック