与那原

2013年11月19日

百十踏揚、勝連の阿摩和利に嫁ぐ

 勝連城の歴史ロマン、その3回目。いよいよ百十踏揚(ももと・ふみあがり)が勝連城の阿摩和利のもとに嫁ぎます。テキストは、与並岳生「琉球王女・百十踏揚」。引用を許可して下さった与並さんに御礼申し上げます。

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(嫁ぐ百十踏揚が上陸した南風原の港を勝連城の頂上から見る)


 「お国の花」と讃えられるほどに美しく成長した百十踏揚(ももと・ふみあがり)。踏揚は、父の琉球国王・尚泰久(しょう・たいきゅう)にとって、目の中に入れても痛くない愛娘でした。

 その一方、首里王府は、第1回で書いた志魯・布里の乱で焼失した首里城をようやく再建して、面目を保ちながらどうにか明の冊封使を迎え入れるなど、乱れた国を必死で安定させようとしていました。

 首里にとっての不安要因は、なんといっても勝連でした。独自の海外貿易で大きな財をなし、天下をうかがう阿摩和利の力を首里は本気で恐れていたのです。

 尚泰久の懐刀だった重臣の金丸は、いくさを避け、平和裏に勝連を抑えるには、王女の百十踏揚を阿摩和利に嫁がせるしかないと尚泰久に進言します。政略結婚です。

 尚泰久は悩みますが、国の安定のために私情を捨て、意を決して、百十踏揚に勝連に嫁ぐよう言います。

 天下をも狙っている梟雄(きょうゆう=悪党の首領)などと言われている阿摩和利。百十踏揚は、しかし、健気にもこれを受け入れました(阿摩和利の妻だった前按司の娘は、転落死した父の後を追って身投げしていました)。

 1456年の春ーー。吉日を選んで、朝日の中を輿入れ行列が首里城を出発します。総勢200人あまりの、絵巻のような行列は、首里から東進して与那原へ。与那原の港で、迎えに来ていた勝連の輿入れ船に乗り、海路、勝連に向かいます。

 船が着いたのは、勝連南風原(かつれん・はえばる)の港。そこで南風原親方の出迎えを受けた後、百十踏揚一行は、目の前にそびえ立つ勝連城に向かいます。勝連城には正門の南風原御門(はえばる・うじょう)から入りました(南風原港から南風原御門までの道は、ちょうどももと庵の目の前。下の地図をごらん下さい)。

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 南風原御門をくぐった先の広い城庭の中央に、豪華な金襴衣装をまとった阿摩和利が待っていました。

 輿が下ろされ、踏揚が降り立つと、ほう……、というどよめきが。「お国の花」と讃えられる百十踏揚のあでやかさに、居並ぶ人々は目を奪われたようでした。

 いよいよ2人が初めて顔を合わせる場面。与並さんの著書から引用させていただきましょう。


(とうとう、来た……)
 もはや、引き返せない気持ちで、踏揚は輿の前に立った。ここまで来たら、覚悟を決めるほかないのだが……、それでもまだ、目を上げる勇気はなかった。
 眼前には、その人――阿摩和利按司がいるはずだ。
 どんなお姿の方であろうか……。恐れと期待に身が震えてくるのを抑えきれなかった。
(中略)
 ひたひた……という、迫ってくる気配を感じた。
 それが止まった。
 踏揚は身を固くした。
「阿摩和利でござる。遠路、ご苦労でござった」
 いきなり、声が落ちた。邪気の声……を聞くのではないかと、恐ろしい思いに息を詰めていたのだが、意外にも、涼やかな声であった。


 天下を狙う梟雄とうわさされていた阿摩和利です。さぞや荒々しい怖い顔だろう、黒々としたひげをたくわえた厳めしい顔立ちに違いない、と想像していた百十踏揚。ところがーー


 目の前に立っていたその人は、意外にも若々しく、口髭は立ててはいるものの、顎髭もなく、火に焼けた精悍な顔立ちながら、照れたような微笑を湛えて、何となく優しさを漂わせていたのである。
(まさか、このお方が……)
と、疑う気持ちさえ湧いた。


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(踏揚が入った勝連城正門「南風原御門」跡付近から太平洋を臨む)


 勝連は田舎だが、みな踏揚の輿入れを喜んでいるので、どうぞ気を楽にしてお過ごし下さい、と阿摩和利は踏揚に語りかけます。


 王女に対する敬いを込めた言葉遣いながら、言葉は何だかブツ切りに、調子っぱずれだった。
「はい……」
 と、踏揚は答えたが、心はすっかり和んでいた。
(こんなお方だったのだわ……)
 安堵感が湧いた。


 こうして勝連城での阿摩和利と百十踏揚の新しい生活が始まったのでした。

 与並岳生「琉球王女・百十踏揚」はアマゾン楽天セブンネットショッピングなどでお求め下さい。ももと庵でも取り扱っています。


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2012年11月28日

海中道路の先の島々を一望

 一の曲輪(くるわ)、つまり勝連城の一番上から眺める絶景の話を続けます。

 北側を見てみましょう。これは金武湾です。沖縄本島東側を勝連城から北上すると石川、金武、宜野座と続きますが、その方向です。やんばるの山がこんもりと盛り上がっていますね。白い建物と煙突は沖縄電力具志川火力発電所です。沖縄には原発はありません。

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 さらに目を東寄りに向けてみましょう。海中道路がくの字に曲がって、平安座島までつながっているのが分かります。海中道路の赤い支柱が中央付近に立っています。

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 平安座島の石油備蓄基地のタンク群、その先の宮城島、伊計島が見えます。海中道路の右側にある島は浜比嘉島です。こちらも橋がかかっていて、車で行くことができます。

 天気のよい日に、ぜひ一の曲輪まで登ってみて下さい。写真でも分かるように、一の曲輪それ自体はそんなに広い場所ではありません。

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