中国ハム

2008年10月09日

[第80話 食] 火腿―ドライ発酵型豚加工品の極み

 第53話で東京・池尻大橋のイタリアンレストラン「パーレンテッシ」の中野秀昭シェフが万鐘島ぶたで天然熟成生ハムを作った話を紹介したが、今回は、豚肉発酵食品の東の横綱、中国の火腿(ホートイ)について。

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 中国ハムとも呼ばれる火腿は、見た目は、モモ1本を丸ごと使うヨーロッパの伝統的な生ハムにそっくりだ。写真は香港・上環の乾物店で見つけた火腿。広東料理のメッカ、香港では、火腿は欠かせない食材である。

 この店主は、品質が優れていることを示すのに「まずは香りをかいで下さい」と火腿の小片を鼻先に持ってきた。チーズのような、強い発酵の香り。味噌のような香りも含まれている。「すばらしいでしょう」。店主は誇らしげな顔を見せた。

 中野シェフの作った天然熟成の生ハムも、チーズのような発酵の香りがしたが、火腿は同様の香りがさらに強烈だ。目隠しして、その姿を見せることなく、香りだけをかいでもらって「何でしょう」と問えば、10人中8人は「チーズ。それもかなり発酵したもの」と答えるに違いない。残り2人は「味噌とチーズを混ぜたもの」と答え、「肉」と言う人はだれもいない―。そんな香りだ。

 浙江省の金華豚で作られる金華火腿が最高級と言われるが、雲南省・宣威の宣威火腿など、中国各地にさまざまな火腿がある。

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 火腿をごく薄く切ってそのまま食べたら、最高の酒肴になる。発酵のうまみはとことん深くて強いが、食べ飽きることがなく、飲んでは食べ、食べては飲みと、際限なく手が伸びてしまう。ふと気がつけば、酩酊状態。

 料理では、煮物の味つけに加えたり、高級なスープをとるのに使われる。火腿とその他の肉などでとる透明な上湯(しゃんたん)がその代表。試みに火腿だけでスープをとってみると、酸味と塩気を伴ったうまみの強いだしがとれる。この酸味こそ、火腿がよく乳酸発酵していることを示すのではないだろうか。

 火腿は、塩漬けし、乾燥させ、熟成させる過程で、カビを生やす。カビといえば、日本のかつおぶしのお家芸。万鐘本店第77話で、かびつけしない裸節を好む沖縄のことを書いたが、日本のかつおぶしの多くは、カビつけして枯れ節として出荷される。

 火腿の場合もかつおぶしの場合も、カビは、肉の中に残る水分を吸収してさらに乾燥を進めるとともに、タンパク質をうまみの素であるアミノ酸に変え、併せて脂肪を分解するという。

 発酵食品の権威、東京農大の小泉武夫教授らの研究によると、火腿の水分は23.9%。カビの正体はアスペルギウス属とペニシリウム属だそうだ。前者が主にタンパク質、後者が主に脂質を分解する酵素を出しているという(和久、角田、進藤、小泉「中国の金華火腿に関する研究」 第1報、第2報を参照)。

 そう言えば、脂の乗ったかつおでたたきを作る時、ほんの表面を焙るだけなのにジュワジュワと脂がしたたり落ちて、煙が立ち上る。それくらいたっぷり含まれているかつおの脂も、カビの手にかかるときれいに分解されてしまうということか。その結果、かつおぶしを湯に入れても、脂が浮くようなことはない。

 ヨーロッパの生ハムでも、熟成の途中で、湿気の多い特別の部屋に置いてカビを生やしているものがある。カビの果たす役割の大きさと、それを洋の東西で、まるで申し合わせたようにちゃんと活用してきた人間の知恵には驚くほかない。

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 火腿の名前は、水分が抜けて熟成した身が炎のような赤い色になるところから来ている。上等のかつおぶしも、透明感のある赤い色。こうしてみてくると、カビの働きといい、色といい、火腿は「豚で作ったかつおぶし」と言えなくもない。もちろん、火腿とかつおぶしは味も香りも全く違うが。

 火腿を作るには、初期の段階で、塩分に守られながらも、やはり大陸性の乾燥気候の下で自然に水分が飛んでいくことが必須条件だろう。例えば、宣威火腿は、沖縄よりも緯度の低い、中国最南西部の雲南省で作られている。と聞けば、どんな暑いところかと想像してしまうが、実は、宣威市は雲南高原の東北部にあり、年平均気温は13.4℃にすぎない。特に冬から春にかけてはよく乾燥しているという。

 逆に、海風に吹かれまくって、ひたすら湿気が多くて暑い沖縄。季節や場所をよほど選んだとしても、自然の中で、肉を腐らせずに乾燥させるのは難しいだろう。だから沖縄では、ウェット発酵型のスーチカー(塩漬け豚肉)は発達したが、ドライ発酵型の火腿のような豚肉発酵食品は生まれなかったのである。

bansyold at 00:00|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック