中城

2013年12月15日

渦巻く思惑

 しばらく間が空いてしまいましたが、勝連城歴史ロマンの第4回をお届けします。これまで同様、テキストは与並岳生「琉球王女・百十踏揚」。引用を許可して下さった与並さんに御礼申し上げます。

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 勝連を抑えて平和を保ちたいという父、尚泰久(しょう・たいきゅう)王の意向により、勝連城主の阿摩和利(あまわり)に嫁いだ王女・百十踏揚(ももと・ふみあがり)。

 首里に弓引くやもしれぬと悪いうわさばかりだった阿摩和利に、戦々恐々の思いで輿入れした百十踏揚でした。が、思いがけぬ阿摩和利の優しさ、誠実さに包まれて、しばし、平穏で幸せな日々を送ることができました。

 しかしー。歴史の歯車は密かに回っていたのです。

 1457年。尚泰久王妃、つまり百十踏揚の母が病死します。その百日の喪が明ける頃になると、微妙な変化が現れました。

 側室が継妃となり、亡くなった王妃の父、つまり尚泰久王の岳父だった中城(なかぐすく)の護佐丸(ごさまる)と王との間にすきま風が流れ始めます。体調不良を理由に、護佐丸の王朝行事への欠席が続くようになりました。

 尚泰久王には懐刀と呼べる有能な部下がいました。その名は金丸(かなまる)。金丸は伊是名島出身の流れ者で、実力のみでのし上がってきた能吏でした。

 しかし、金丸は護佐丸から煙たがられていました。王の岳父で天下一の武将と讃えられた護佐丸が本気になれば、王の懐刀として国政を取り仕切る金丸といえども排除される可能性があることを、金丸は非常に恐れていました。

 王妃が亡り、首里に現れなくなった護佐丸について、金丸は密偵から情報を得ます。中城城で軍事訓練を強化したり、他の按司たちと連絡をとり合っているというのです。

 護佐丸が謀反を企んでいるー。もし護佐丸が勝連の阿摩和利に声をかけて連合が成立したら、首里といえども危ない。そうなれば自分は真っ先に血祭りに上げられるだろう。

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 急がねばならぬー。金丸は、阿摩和利を密かに首里に呼び、護佐丸謀反の読みを伝えます。

 まさか、と絶句する阿摩和利に、たたみかけるように、金丸は根拠を挙げます。王朝行事への欠席続き、軍事訓練の強化、娘の王妃が亡き後、側室が継妃となったこと、尚泰久王に対する批判の言辞が伝わってくること、などなど。

 金丸は尚泰久王にも同様の見方を伝えます。当初は、護佐丸による排除を恐れている金丸の讒言ではないか、と疑っていた尚泰久王でしたが、理路整然とした金丸の説明に次第に説得されていきます。

 阿摩和利を使って護佐丸を討つー。金丸の思惑が、こうして次第に現実味を帯びてきました。

bansyold at 10:15|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2012年11月28日

海中道路の先の島々を一望

 一の曲輪(くるわ)、つまり勝連城の一番上から眺める絶景の話を続けます。

 北側を見てみましょう。これは金武湾です。沖縄本島東側を勝連城から北上すると石川、金武、宜野座と続きますが、その方向です。やんばるの山がこんもりと盛り上がっていますね。白い建物と煙突は沖縄電力具志川火力発電所です。沖縄には原発はありません。

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 さらに目を東寄りに向けてみましょう。海中道路がくの字に曲がって、平安座島までつながっているのが分かります。海中道路の赤い支柱が中央付近に立っています。

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 平安座島の石油備蓄基地のタンク群、その先の宮城島、伊計島が見えます。海中道路の右側にある島は浜比嘉島です。こちらも橋がかかっていて、車で行くことができます。

 天気のよい日に、ぜひ一の曲輪まで登ってみて下さい。写真でも分かるように、一の曲輪それ自体はそんなに広い場所ではありません。

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