伝統装飾品

2008年12月08日

[第90話 沖縄] 鈍い光を放つ銀のジーファー

 かつて沖縄の女性は、長い髪を巻いて銀のかんざし「ジーファー」でとめていた。琉球王朝時代からのジーファーを今も作り続けているのが「金細工またよし」の又吉健次郎さん。今回は、鈍い光を放つ銀の伝統装飾品の輝きをお伝えしよう。

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 金細工は、標準語では「かねざいく」だが、又吉さんの工房は沖縄式で「かんぜーく」と読む。作品はいずれも銀製品。かつては貴金属類をすべて「金(かね)」と表現していた。その金細工の歴史は、実に1509年までさかのぼる。

 首里王府のお抱え職人として、又吉さんの祖先は、守礼の門の近くで、金細工の仕事を代々続けてきた。しかしその何百年にもわたる伝統工芸の技術と作品は、琉球処分による王朝の消滅と世替わりの中で徐々に廃れていき、最後には沖縄戦で焼失してしまった。

 転機は1960年代に訪れた。民芸運動を担っていた浜田庄司や版画家棟方志功が、健次郎さんの父誠睦さんに、所蔵していた琉球の金細工の作品や資料スケッチを手渡し、その復興を進言。誠睦さんは、ジーファー、房指輪、結び指輪の銀の伝統装飾品3点を見事に復元した。その技は健次郎さんに引き継がれ、今日に至っている。

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 冒頭の写真とこれが、銀のかんざしジーファー(同じもの)。ジーファー自体が女性の体を表している。丸い部分は顔で、棒の細い部分が胴のくびれ。長さは20cmほどだ。

 尻に届くほどの長い髪をくるくると巻いてカンプーを結っていたかつての沖縄女性にとって、ジーファーは必需品。一本のジーファーを一生使い続け、ジーファーは「女の分身」とまでいわれていたという。使う際には、丸めたカンプーの下から差して止めるので、丸い部分は下にくる。冒頭の写真が、カンプーに差したジーファーを左後ろから見た時の位置になる。

 原料の銀の小粒を溶かして作った8mm角×5cmほどの銀の固まりを、金槌でコツコツ、コツコツと叩きのばし、少しずつ少しずつ長くしていく。丸い部分もすべて打ち出し。銀製品は時間が経つと少し黒ずんでくる。「いぶし銀の渋い輝きになったジーファーもなかなかいいですよ」と又吉さん。

 次は房指輪。

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 房指輪は婚礼の際に使われた指輪。指にはめる本体が、幅の広いメインの輪と細い2つの輪の3つで、さらに芭蕉の葉、花、蝶、鳩、扇、燈明、魚の7つの飾りがついている。それぞれに意味があり、例えば魚は「食べ物に困らないように」、扇は「末広がりの福」といった具合。婚礼用とはいえ、この指輪の華やかさは特筆に値する。

 最後に結び指輪。

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 2本の細い銀を結んだ指輪で、かつては那覇・辻の遊女が身につけていたという。戦後、遊女は姿を消し、結び指輪も消えた。現在は、この結び指輪に、男女の絆を感じて、婚約用などに買い求める人が多いという。

 又吉さんは、その技を継承している女性3人とともに、今も毎日、金槌で銀を叩いてジーファーなどをこつこつ製作している。作品は金細工またよしの首里の工房を直接訪ねれば買える。那覇・国際通りの「鍵石(キーストン)」でも扱っている。1点3万円から4万5000円ほど。

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 ジーファー、房指輪、結び指輪の3つが伝統的な銀装飾品で、金細工またよしでは、基本的にはこの伝統3品を作っているが、結び指輪をブレスレットに応用した「結び腕輪」など、新作も少し作る。

 金細工またよしは那覇市首里石嶺町2-23-1、098-884-7301。営業は10:00から17:00。わかりにくい場所なので、電話してから行く方がよさそうだ。

bansyold at 00:00|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック