内臓
2010年01月03日
[第150話 食、沖縄] 透明な中身汁で祝う新春
新年おめでとうございます。ことし1年が素晴らしい年でありますように。万鐘本店のコトはじめは、新春を祝う中身汁の話題で。
中身汁(なかみじる)は、お祝いの席や法事の際に出されるおつゆ。正月だけではなく、お盆や清明祭の時にも欠かせない。かつおとダシ骨(豚)でとった透明感のある汁の中に、中身(なかみ)と呼ばれる豚のモツ、干しシイタケ、こんにゃくが入っている。豚の赤身肉が入ることもある。吸い口はおろし生姜。
少し大げさかもしれないが、中身汁は琉球料理を象徴する料理といえるかもしれない。まず、静かに煮出した澄んだ豚だしの土台にかつおぶしの味と香りがのった汁であること。「豚だし+かつおだし」は、豚臭さがなく、かつおのいい香りがして、しかも味くーたー。沖縄が最も得意とする汁だ。沖縄そばの汁の多くもこれ(例えば第122話、第133話)
今ひとつは、汁の実が、県民食ともいえる豚の、しかも内臓であること。モツを、とことん手間ひまかけて下処理し、脂気や臭みほとんどゼロにしてしまう。なまぐさものの極みであるかのようなモツを、あたかも精進料理のごとく仕上げるのがミソ。
中国でもフランスでも、豚食文化の花咲く地域では驚くほど多彩な内臓料理が作られているが、中身汁ほど繊細な感覚のモツ料理はちょっとないのではないか。
中身は、大腸、小腸、胃の3種類からなる(写真、左から)。中身汁の実になった時、大腸と小腸はふわふわの食感、胃はしっかりした歯ごたえがある。色は大腸と胃は白く、小腸は少し黒ずんでいる。
中身汁を上手に作るには、豚の中身をきれいに洗うことが最も重要。腸の内側には脂分がこびりついているので、それらを完璧に落とさねばならない。少しでも臭みや脂気が残ると、中身汁の透明で繊細な味わいが損なわれるからだ。脂を落とすには、かなりの手間がかかる。
東京の居酒屋で出てくるモツ煮込みは、この脂分をそのまま味わう料理だが、沖縄の中身汁は脂分をゼロにする。
伝統的な中身の洗い方は、小麦粉と酢を混ぜたものをまぶして、何度ももんで、脂分を落としていく。洗い終えた中身は、さらにお湯で3回くらいゆでこぼし、臭みを完全に抜く。
かつて、各家庭で豚をつぶしていた1960年頃までは、こうした中身の処理も各家庭でやっていた。中身を店で買って用意するようになった現在でも、家庭に持ち帰った後に小麦粉と酢で洗い直す人が少なくない。どの販売業者も、ある程度は中身を洗って売っているが、完全な状態ではないためだ。「これをやると腰が痛くなるよ」。あるおばあが言っていた。
沖縄本島南部の糸満市で、豚肉と中身を販売しているいなみね精肉店の大城武さんに話を聞いた。大城さんの店では、手作業で大きな脂や膜を切りとったりはがしたりした後、専用の2台の洗濯機で洗う。伝統的なやり方と同じように、小麦粉と酢を入れてぐるぐる回す。「きれいにするのに、だいたい5時間くらい回します」と大城さん。手でもむのに比べれば時間は確かにかかるだろうとは思うが、それにしても5時間とは。
豚のモツを、透明な中身汁の実にするコツがあるとすれば、それはこうした「手間ひまを惜しまない」ことにつきる。
大城さんの中身のようにほぼ完全にきれいになったものならば、家で洗い直しすることなく、1回ゆでこぼす程度で使える。大城さんの店の徹底した洗いぶりを知る客は、糸満から遠く離れた中部からもわざわざ買いにくるという。
初めに書いたように、中身汁のダシは、豚骨とかつおぶしでとるのが基本。かつおダシだけで作る家もあるが、豚ダシが入ると、やはりコクが増す。その豚ダシを豚骨からとる際には、火加減に気を配る。火が強すぎると汁が白濁して臭みが出てしまうし、弱すぎても骨からうまみが十分に引き出せない。
かつおぶしもたっぷり使う。第77話で書いたように沖縄のかつおぶしは裸節だが、それをドカンと入れないと、コクが出ない。さらに味くーたーにするために、鶏がらダシや昆布ダシを加える家もある。
沖縄の行事食は、正月も清明祭も盆も、あるいは法事でも基本的に同じ。ごちそうのレギュラーメンバーの中にはあまり人気のないものもあるが、中身汁だけは「必ずおかわりする」という話を、若い人や子供たちからよく聞く。小さい汁碗ではおかわりが面倒なので、沖縄そばを盛りつけるような大きなどんぶりで食べる人も。
というわけで、中身汁は、理屈抜きにおいしい。これほどおいしいのだから、何かで火がつけば、たちまち全国区になる可能性あり。ただ、中身汁は手間ひまかけて初めておいしくなる料理。筋金入りのスローフードであることは、おそらく変わりようがない。
いなみね精肉店は、糸満市字糸満989-82、 098-994-0082。糸満市公設市場の一角にある。
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中身汁(なかみじる)は、お祝いの席や法事の際に出されるおつゆ。正月だけではなく、お盆や清明祭の時にも欠かせない。かつおとダシ骨(豚)でとった透明感のある汁の中に、中身(なかみ)と呼ばれる豚のモツ、干しシイタケ、こんにゃくが入っている。豚の赤身肉が入ることもある。吸い口はおろし生姜。
少し大げさかもしれないが、中身汁は琉球料理を象徴する料理といえるかもしれない。まず、静かに煮出した澄んだ豚だしの土台にかつおぶしの味と香りがのった汁であること。「豚だし+かつおだし」は、豚臭さがなく、かつおのいい香りがして、しかも味くーたー。沖縄が最も得意とする汁だ。沖縄そばの汁の多くもこれ(例えば第122話、第133話)
今ひとつは、汁の実が、県民食ともいえる豚の、しかも内臓であること。モツを、とことん手間ひまかけて下処理し、脂気や臭みほとんどゼロにしてしまう。なまぐさものの極みであるかのようなモツを、あたかも精進料理のごとく仕上げるのがミソ。
中国でもフランスでも、豚食文化の花咲く地域では驚くほど多彩な内臓料理が作られているが、中身汁ほど繊細な感覚のモツ料理はちょっとないのではないか。
中身は、大腸、小腸、胃の3種類からなる(写真、左から)。中身汁の実になった時、大腸と小腸はふわふわの食感、胃はしっかりした歯ごたえがある。色は大腸と胃は白く、小腸は少し黒ずんでいる。
中身汁を上手に作るには、豚の中身をきれいに洗うことが最も重要。腸の内側には脂分がこびりついているので、それらを完璧に落とさねばならない。少しでも臭みや脂気が残ると、中身汁の透明で繊細な味わいが損なわれるからだ。脂を落とすには、かなりの手間がかかる。
東京の居酒屋で出てくるモツ煮込みは、この脂分をそのまま味わう料理だが、沖縄の中身汁は脂分をゼロにする。
伝統的な中身の洗い方は、小麦粉と酢を混ぜたものをまぶして、何度ももんで、脂分を落としていく。洗い終えた中身は、さらにお湯で3回くらいゆでこぼし、臭みを完全に抜く。
かつて、各家庭で豚をつぶしていた1960年頃までは、こうした中身の処理も各家庭でやっていた。中身を店で買って用意するようになった現在でも、家庭に持ち帰った後に小麦粉と酢で洗い直す人が少なくない。どの販売業者も、ある程度は中身を洗って売っているが、完全な状態ではないためだ。「これをやると腰が痛くなるよ」。あるおばあが言っていた。
沖縄本島南部の糸満市で、豚肉と中身を販売しているいなみね精肉店の大城武さんに話を聞いた。大城さんの店では、手作業で大きな脂や膜を切りとったりはがしたりした後、専用の2台の洗濯機で洗う。伝統的なやり方と同じように、小麦粉と酢を入れてぐるぐる回す。「きれいにするのに、だいたい5時間くらい回します」と大城さん。手でもむのに比べれば時間は確かにかかるだろうとは思うが、それにしても5時間とは。
豚のモツを、透明な中身汁の実にするコツがあるとすれば、それはこうした「手間ひまを惜しまない」ことにつきる。
大城さんの中身のようにほぼ完全にきれいになったものならば、家で洗い直しすることなく、1回ゆでこぼす程度で使える。大城さんの店の徹底した洗いぶりを知る客は、糸満から遠く離れた中部からもわざわざ買いにくるという。
初めに書いたように、中身汁のダシは、豚骨とかつおぶしでとるのが基本。かつおダシだけで作る家もあるが、豚ダシが入ると、やはりコクが増す。その豚ダシを豚骨からとる際には、火加減に気を配る。火が強すぎると汁が白濁して臭みが出てしまうし、弱すぎても骨からうまみが十分に引き出せない。
かつおぶしもたっぷり使う。第77話で書いたように沖縄のかつおぶしは裸節だが、それをドカンと入れないと、コクが出ない。さらに味くーたーにするために、鶏がらダシや昆布ダシを加える家もある。
沖縄の行事食は、正月も清明祭も盆も、あるいは法事でも基本的に同じ。ごちそうのレギュラーメンバーの中にはあまり人気のないものもあるが、中身汁だけは「必ずおかわりする」という話を、若い人や子供たちからよく聞く。小さい汁碗ではおかわりが面倒なので、沖縄そばを盛りつけるような大きなどんぶりで食べる人も。
というわけで、中身汁は、理屈抜きにおいしい。これほどおいしいのだから、何かで火がつけば、たちまち全国区になる可能性あり。ただ、中身汁は手間ひまかけて初めておいしくなる料理。筋金入りのスローフードであることは、おそらく変わりようがない。
いなみね精肉店は、糸満市字糸満989-82、 098-994-0082。糸満市公設市場の一角にある。
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