歴史

2008年05月24日

[第57話 沖縄] 新県立博物館で沖縄をたどる

 那覇市の新都心に新しい県立博物館がオープンして5ヶ月近くが過ぎ、利用者が20万人を超えた。観光客だけでなく、地元の高校生なども沖縄学習の場として盛んに利用している。オーソドックスな沖縄の自然、歴史、文化、生活を学ぶにはおそらく最適の場。テーマを絞っても、じっくり見ていくと、2、3時間はあっという間にすぎてしまう。

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 博物館は中央部分に時系列で主要な展示物が置かれ、そこを回ることで、ひととおりの歴史や文化の流れが分かるようになっている。その中央部分を取り囲むように、自然史、考古、歴史、美術工芸、民俗といった部門別の展示室があって、さらに深くテーマを追いかけられる。展示のさわりを紹介しよう。写真は、いずれも、博物館の許可を得て万鐘が撮影した。

 まず、万国津梁の鐘。1458年に琉球国王尚泰久が鋳造し、首里城正殿にかけられた梵鐘で、その銘文に「舟楫を以て万国の津梁となし」(船を操って世界のかけはしになり)の言葉が刻まれていることで知られる。中継貿易で栄えた沖縄に国際色豊かな産物がたくさんあったことがうたわれており、貿易立国だった琉球王国の繁栄の象徴と言われる。首里城に置かれているものはレプリカで、こちらが本物。

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 円覚寺白象。1521年作で、沖縄で現存する最古の仏教木像。材料がチャーギ(イヌマキ)であることから、沖縄で制作されたとみられている。円覚寺は首里城の隣りにあった王家の菩提寺。戦争で焼失し、そこにあった仏教彫刻類の多くも破損が激しかった。近年、これを修復して新博物館開館とともに展示にこぎつけた。ただし、もともと騎乗していた仏像は失われている。

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 文書類もいろいろある。写真は琉球王国初の正史である中山世鑑。羽地朝秀が1650年に編纂した全6巻。薩摩藩支配下だったことが影響したのか、琉球最初の王舜天が源為朝の子だったなどという記述もある。

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 このほかにも、旧石器時代の港川人の人骨、さまざまな化石類、植物標本、土器、紅型などの衣装、中国や朝鮮から送られてきた公文書、肖像画、数多くの民具・農具など、もりだくさんの展示物が置かれている。

 この博物館には特徴が一つある。「沖縄は戦争で数多くの文化財が焼失したため、展示できるものが必ずしも豊富ではありません。こうしたハンデをカバーするためにも展示にはいろいろな工夫が求められます」と話すのは学芸員の上原久さん。

 例えば、史料や調査を頼りに、失われたものを復元する展示方法もその一つだ。写真は高位の神女だった伊平屋の阿母加那志の正装。こうした衣装の一部は保存されていたが、退色が激しかったため、調査によって復元し、往時の赤い色を蘇らせた。

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 模型による展示も工夫の一つといえるだろう。戦前、走っていた軽便鉄道は鉄道模型と当時の映像で展示が構成されている。写真は八重山上布の製作工程の模型。一見おもちゃのようだが、よく見ると、原料の苧布(ちょま)の栽培から始まって、その繊維を取り出す作業、糸につむぐ作業、機を織る作業など、一連の工程がリアルに再現されている。

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 展示のほかに、情報センターには書籍が豊富にそろっており、展示で見たものをさらに深く調べるのに便利。ふれあい体験室は、例えば、重箱に伝統料理を詰める模擬体験ができるなど、県外から来た子供でも楽しみながら学べるようになっている。

 沖縄県立博物館は那覇市おもろまち3-1-1、電話098-941-8200。月曜休館。入館時間は日、火、水、木が09:00-17:30、金、土が09:00-19:30。観覧料は常設展が一般400円、高校・大学250円、小中学生150円。

bansyold at 00:00|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック