神歌

2008年11月14日

[第86話 沖縄] 高良輝幸さんの竪琴あやはべる

 ビルマの竪琴、天使が持つ竪琴、ジャックと豆の木に出てくる竪琴―。竪琴(たてごと)は、物語の世界の楽器というイメージが強い。今回は、れっきとした実在の竪琴、それも沖縄生まれの新しい竪琴の話を。

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 これがその竪琴「あやはべる」。製作したのは沖縄本島中部うるま市で木の工房「杢陽」を主宰する高良輝幸さんだ。

 ピアノやバイオリンのように竪琴がオーケストラに入ることはない。ギターを習っている人はいても、竪琴をやってます、という人に出会うことはまずない。似たものとしてはハープがあるが、手に抱えて演奏できる大きさの竪琴とはだいぶ違う。

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 竪琴の源流は、キタラと呼ばれる水瓶型の竪琴。ギリシャ神話にも登場する。絵に描かれているくらいだから、当時は実際に作られ、使われていたのだろう。だが、その後はあまりふるわなかったらしく、すっかり物語の世界の楽器になってしまった。写真は紀元前460年頃のアテネの花瓶に描かれたキタラ(英オックスフォード大学古典芸術研究センターのホームページから)

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 実在の竪琴としては、1920年代にドイツでゲルトナーという人が作ったライアーという竪琴がある。最近では、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」の主題歌伴奏に使われて話題になった。ただ、これは水瓶型ではなく、まが玉のような左右非対称の形をした竪琴で、キタラのクラシックなイメージとはだいぶ違う。

 子供のころ、何かで竪琴を見てから、いつかはこういうものを作ってみたいと心に温めていたという高良さんの竪琴のイメージは、左右対称の水瓶型のキタラだった。

 高良さんは、木工が本業だが、楽器製作も手がける。若い頃は岡林信康などのフォークソングに入れ込み、岐阜県のギターメーカーに就職して、ギター製作を5年間経験した。これが高良さんの楽器製作の原点になった。

 あやはべるは、キタラよりも、共鳴する胴の部分が大きい。響きや見た目はもちろんだが、機能面も重視する高良さんは、力のかかる部分に接合部をもってこない構造にして、耐久性を高めた。高良さんが「デザインの完成度」と言う時には、こうした面もすべて含んだ、まさに「用の美」のニュアンスが込められている。

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 あやはべるは、一見、華奢な音が出そうだが、実際につまびくと、案外しっかりした太さのある豊かな音が響く。30弦。高良さんは、もうひと回り大きい48弦の「てるる」も作っている。もちろん、すべて手作り。

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 あやはべるは、琉球最古の古謡「おもろさうし」にも出て来る言葉。漢字をあてれば綾(あや)蝶(はべる)、つまり美しい模様のチョウの意味。高良さんは、舞い上がるチョウの軽やかなイメージから、この竪琴をあやはべると命名した。てるるは神歌の意。

 沖縄にはその神歌が各地にある。神歌の音階は西洋音階と違うので、西洋音楽の音符では表しきれない。キタラが使われていたギリシア時代には、古代音階と呼ばれる独特の音階があった。高良さんによると、沖縄の神歌は、なんとそのギリシア古代音階とよく合うのだそうだ。

 さらに興味深い話がある。「古代人は、星を見て音を感じ、古代音階を作ったのだそうです。沖縄の人が見ていた星も、同じ星だったはず」と高良さん。沖縄の神歌が星から出たかどうかは分からないが、時空を超えた人間の共通感覚に、高良さんは思いをはせる。

 それにしても、星が音に聞こえるとは―。現代人は、星をじっと見つめる闇も時間もとうに失った。星に音を聞く感覚は、想像することすら難しい。

 高良さんの杢陽(もくよう)は、うるま市字川田416-1、098-974-1780。

bansyold at 00:00|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック