雨端
2011年04月24日
50分の1の体が図面の中で動き回る
沖縄を創る人 第17回
建築家、team Dream代表取締役 福村俊治さん(下)
開放的な半戸外空間の魅力は、日陰の涼しい風を感じられる快適さばかりではない。前回、写真でも示したように、福村俊治さんが住宅に仕掛けたパティオやテラスは、親戚や知人が集まって食事をともにする場として使われている。そう、半戸外空間は、家に住む者だけでなく、来訪者にも開かれた空間なのだ。
前回も書いたが、伝統的な沖縄の民家には玄関がないので、家人は、雨端(あまはじ)の軒下から家の中に上がるのが普通だった。来訪者も、開かれた雨端にやってきて、おしゃべりした。
「玄関から入る」のと、どこでも開いている「雨端に立ち寄る」のとでは、気持ちのうえで敷居の高さがいささか違うのではないだろうか。
「民家が気密性の高い構造をしていれば、住んでいる人の意識は家の中にしか向きません。家の前を通る人のことを全く考えなくなってしまいます」と福村さんは沖縄の住宅の現状を懸念する。
家の前を通る人のことが視野に入らなければ、街の中に自分の家があるという意識は生まれない。言うまでもないが、街の景観を形づくっているのは、一軒一軒の民家だから、閉じた住宅ばかりでは、景観づくりもおぼつかないことになる。
福村さんが見たヨーロッパなどの街の中には、通りに向けて人形を置いたり、花を植えたりする家がたくさんあった。すべては、道ゆく人のためになされていた。
福村さんが鉄筋コンクリート造の住宅で、開放性に加えて大切だと考えるのは、塗装などのメンテナンス。
「しっかりした材料を使って造られたコンクリート住宅は、メンテナンスをきちんとやれば100年でも200年でももちますが、メンテナンスしなければ30年くらいしかもちません」
「ペンキ塗装は重要です。コンクリート打ちっぱなしのまま、家に服を着せることをせず、30年でダメにしてボンボン建て替えるケースが多いのが、残念ながら現状です」
スクラップアンドビルドの繰り返しは、エネルギーを無駄にするばかりではない。そもそも建物や街は社会資本。祖先が頑張って築いたものを簡単に壊してしまったら、何の歴史も残らない、と福村さんは考える。
施主が経済的にゆとりがなければ、ぎりぎりの安い予算で家をつくらざるをえない。だが、安普請の家は長持ちしない。その意味でも、福村さんはパティオやテラスに土地面積を割くことを勧めている。というのも、こうした半戸外空間の建設費は、室内空間よりもずっと安くできるからだ。
普通の鉄筋コンクリート造の室内部分が坪50万するとすれば、パティオやテラスなら壁や設備類がないから坪20万もあればできる。そこで浮かせた予算で本体部分をしっかり造り、メンテナンスで手をかければ、家はもっと長持ちさせられる。
福村さんは個人住宅ばかりでなく、規模の大きな建築作品も手がけている。公共建築の代表作は、糸満市の沖縄県平和祈念資料館。
カーブを描く資料館と、中央に集まる「平和の礎(いしじ)」との間には、屋根だけの回廊部分が作られている。まさに住宅設計と同じ考えの半戸外空間。
福村さんは、建築家の仕事を心から楽しんでいるようだ。設計している時は、自分の体が50分の1になって、図面の中で、階段を上がり下りしたり、部屋とパティオを行き来したりしているという。
沖縄では、建築家が所属する設計事務所と、施工業者の工務店とが分かれている。これは全国でも珍しいという。最近は沖縄でも、東京流の設計施工一体住宅が増えているものの、家を建てようとする人は「まずはよさそうな建築事務所を探す」という習慣は根強い。建築士にとっては働きがいのある場所といえそうだ。
[福村俊治さんとつながる] まず福村さん率いるteam Dreamのホームページはこちら。作品の写真ばかりでなく、福村さんが沖縄の住宅新聞などに連載してきた数多くの記事が読める。沖縄の現代建築事情がよく分かる。「建築系ラジオr4」というネットラジオ番組に福村さんが出演した時の放送はこちらで。沖縄県平和祈念資料館は糸満市摩文仁614-1、098-997-3844。
建築家、team Dream代表取締役 福村俊治さん(下)
開放的な半戸外空間の魅力は、日陰の涼しい風を感じられる快適さばかりではない。前回、写真でも示したように、福村俊治さんが住宅に仕掛けたパティオやテラスは、親戚や知人が集まって食事をともにする場として使われている。そう、半戸外空間は、家に住む者だけでなく、来訪者にも開かれた空間なのだ。
前回も書いたが、伝統的な沖縄の民家には玄関がないので、家人は、雨端(あまはじ)の軒下から家の中に上がるのが普通だった。来訪者も、開かれた雨端にやってきて、おしゃべりした。
「玄関から入る」のと、どこでも開いている「雨端に立ち寄る」のとでは、気持ちのうえで敷居の高さがいささか違うのではないだろうか。
「民家が気密性の高い構造をしていれば、住んでいる人の意識は家の中にしか向きません。家の前を通る人のことを全く考えなくなってしまいます」と福村さんは沖縄の住宅の現状を懸念する。
家の前を通る人のことが視野に入らなければ、街の中に自分の家があるという意識は生まれない。言うまでもないが、街の景観を形づくっているのは、一軒一軒の民家だから、閉じた住宅ばかりでは、景観づくりもおぼつかないことになる。
福村さんが見たヨーロッパなどの街の中には、通りに向けて人形を置いたり、花を植えたりする家がたくさんあった。すべては、道ゆく人のためになされていた。
福村さんが鉄筋コンクリート造の住宅で、開放性に加えて大切だと考えるのは、塗装などのメンテナンス。
「しっかりした材料を使って造られたコンクリート住宅は、メンテナンスをきちんとやれば100年でも200年でももちますが、メンテナンスしなければ30年くらいしかもちません」
「ペンキ塗装は重要です。コンクリート打ちっぱなしのまま、家に服を着せることをせず、30年でダメにしてボンボン建て替えるケースが多いのが、残念ながら現状です」
スクラップアンドビルドの繰り返しは、エネルギーを無駄にするばかりではない。そもそも建物や街は社会資本。祖先が頑張って築いたものを簡単に壊してしまったら、何の歴史も残らない、と福村さんは考える。
施主が経済的にゆとりがなければ、ぎりぎりの安い予算で家をつくらざるをえない。だが、安普請の家は長持ちしない。その意味でも、福村さんはパティオやテラスに土地面積を割くことを勧めている。というのも、こうした半戸外空間の建設費は、室内空間よりもずっと安くできるからだ。
普通の鉄筋コンクリート造の室内部分が坪50万するとすれば、パティオやテラスなら壁や設備類がないから坪20万もあればできる。そこで浮かせた予算で本体部分をしっかり造り、メンテナンスで手をかければ、家はもっと長持ちさせられる。
福村さんは個人住宅ばかりでなく、規模の大きな建築作品も手がけている。公共建築の代表作は、糸満市の沖縄県平和祈念資料館。
カーブを描く資料館と、中央に集まる「平和の礎(いしじ)」との間には、屋根だけの回廊部分が作られている。まさに住宅設計と同じ考えの半戸外空間。
福村さんは、建築家の仕事を心から楽しんでいるようだ。設計している時は、自分の体が50分の1になって、図面の中で、階段を上がり下りしたり、部屋とパティオを行き来したりしているという。
沖縄では、建築家が所属する設計事務所と、施工業者の工務店とが分かれている。これは全国でも珍しいという。最近は沖縄でも、東京流の設計施工一体住宅が増えているものの、家を建てようとする人は「まずはよさそうな建築事務所を探す」という習慣は根強い。建築士にとっては働きがいのある場所といえそうだ。
[福村俊治さんとつながる] まず福村さん率いるteam Dreamのホームページはこちら。作品の写真ばかりでなく、福村さんが沖縄の住宅新聞などに連載してきた数多くの記事が読める。沖縄の現代建築事情がよく分かる。「建築系ラジオr4」というネットラジオ番組に福村さんが出演した時の放送はこちらで。沖縄県平和祈念資料館は糸満市摩文仁614-1、098-997-3844。
2011年04月17日
開かれた半戸外空間で快適に
沖縄を創る人 第16回
建築家、teamDream代表取締役 福村俊治さん(上)
沖縄らしい住宅とはー。沖縄の気候、風土に合った住まい方について提案を続けてきた建築家の福村俊治さんを、那覇市の事務所に訪ねた。
「沖縄らしい住宅」と言えば、県外の人は、赤瓦屋根の伝統的民家を思い浮かべるかもしれない。だが、赤瓦といった素材や意匠の話の前に、沖縄で暮らすのに具合のよい住宅の機能とは何かを考えてみよう。
福村さんが言う。「例えば、北欧は寒いですから、家を完全に閉め切ります。室内のインテリアのデザインに凝るので、家具などのインテリアが発達します。では、沖縄は? エクステリアですよ」
エクステリアとは、門、扉、塀、物置、駐車場、フェンスなど家の外周りの設備とそれらが作り出す外観を一般に言う。家の外まわりのすべて、と考えればいい。
沖縄は、蒸し暑い亜熱帯だが、島風が吹いているので、日陰ならば気温は32度くらいまでしか上がらない。だから、暑い時には、窓を開け放して風を入れたら気持ちよい。北欧のように密閉するのとは逆に、外に向かって家をどう開いていくかが家づくりのポイントになる、と福村さんは考える。
確かに、沖縄の伝統的な住宅は、まさにこの部分に工夫を凝らしてきた。その一つが雨端(あまはじ)。雨端とは、軒に差し出した長めの庇(ひさし)とその下の空間を指す。雨と強い日差しを遮断し、快適な日陰を作る。壁がないので、内外が連続している。伝統家屋は玄関がないから、雨端は、外から来た人の接客の場にもなる。
「残念ながら、今の沖縄の民家の多くは、コンクリートの壁やサッシで完全に密閉して中をクーラーで冷やす、というものになっています」
最近の沖縄は、建築に関しても東京発の情報が多く、いかに外に開くかといった沖縄独自の住まい方を前提にした情報は少ない。
沖縄は台風銀座。台風の強風に耐えるという意味で、躯体に重量のある鉄筋コンクリートは優れている、と福村さんはみる。ならば、同じ鉄筋コンクリート造りで、完全密閉型ではない開放型の住宅を提案できないものかー。
福村さんは、現代的な鉄筋コンクリートの民家に、開放的に暮らすのに都合のよい仕掛けを施してきた。パティオやテラスがそれだ。
パティオとは、本来、スペインなどの住宅にある中庭のこと。この中庭にはタイルなどが貼られていることが多く、周囲に配置される食堂や応接室、居間などとのつながりが意識されている。
テラスは、母屋部分から突き出した半戸外空間で、屋根があったり、なかったりする。パティオもテラスも、内外が連続する空間という意味で、雨端の機能とよく似ている。
福村さんが設計した実例をみてみよう(写真は、いずれも福村さん撮影)。
下の写真の家は、コンクリート造りのモダンな母屋の向かいに、伝統的な木造の離れが配置されている。2つの建物の中間部分が半戸外空間になっているのがミソ。写真のように、涼しい風を浴びてパーティーを開くことができる。
次の家は、きょうだいの住宅を向かい合わせにし、間の部分を中庭にした。敷地にゆとりがなかったので、中庭を共有することで敷地を節約しながら、半戸外の空間を楽しめるようにしたという。中庭には屋根がかかっていて、雨をよけつつ、爽やかな風を感じながら過ごすことができる。
福村さんが言う。「自然を感じられる生き方は豊かですよ」
続きは4月24日(日)に。
建築家、teamDream代表取締役 福村俊治さん(上)
沖縄らしい住宅とはー。沖縄の気候、風土に合った住まい方について提案を続けてきた建築家の福村俊治さんを、那覇市の事務所に訪ねた。
「沖縄らしい住宅」と言えば、県外の人は、赤瓦屋根の伝統的民家を思い浮かべるかもしれない。だが、赤瓦といった素材や意匠の話の前に、沖縄で暮らすのに具合のよい住宅の機能とは何かを考えてみよう。
福村さんが言う。「例えば、北欧は寒いですから、家を完全に閉め切ります。室内のインテリアのデザインに凝るので、家具などのインテリアが発達します。では、沖縄は? エクステリアですよ」
エクステリアとは、門、扉、塀、物置、駐車場、フェンスなど家の外周りの設備とそれらが作り出す外観を一般に言う。家の外まわりのすべて、と考えればいい。
沖縄は、蒸し暑い亜熱帯だが、島風が吹いているので、日陰ならば気温は32度くらいまでしか上がらない。だから、暑い時には、窓を開け放して風を入れたら気持ちよい。北欧のように密閉するのとは逆に、外に向かって家をどう開いていくかが家づくりのポイントになる、と福村さんは考える。
確かに、沖縄の伝統的な住宅は、まさにこの部分に工夫を凝らしてきた。その一つが雨端(あまはじ)。雨端とは、軒に差し出した長めの庇(ひさし)とその下の空間を指す。雨と強い日差しを遮断し、快適な日陰を作る。壁がないので、内外が連続している。伝統家屋は玄関がないから、雨端は、外から来た人の接客の場にもなる。
「残念ながら、今の沖縄の民家の多くは、コンクリートの壁やサッシで完全に密閉して中をクーラーで冷やす、というものになっています」
最近の沖縄は、建築に関しても東京発の情報が多く、いかに外に開くかといった沖縄独自の住まい方を前提にした情報は少ない。
沖縄は台風銀座。台風の強風に耐えるという意味で、躯体に重量のある鉄筋コンクリートは優れている、と福村さんはみる。ならば、同じ鉄筋コンクリート造りで、完全密閉型ではない開放型の住宅を提案できないものかー。
福村さんは、現代的な鉄筋コンクリートの民家に、開放的に暮らすのに都合のよい仕掛けを施してきた。パティオやテラスがそれだ。
パティオとは、本来、スペインなどの住宅にある中庭のこと。この中庭にはタイルなどが貼られていることが多く、周囲に配置される食堂や応接室、居間などとのつながりが意識されている。
テラスは、母屋部分から突き出した半戸外空間で、屋根があったり、なかったりする。パティオもテラスも、内外が連続する空間という意味で、雨端の機能とよく似ている。
福村さんが設計した実例をみてみよう(写真は、いずれも福村さん撮影)。
下の写真の家は、コンクリート造りのモダンな母屋の向かいに、伝統的な木造の離れが配置されている。2つの建物の中間部分が半戸外空間になっているのがミソ。写真のように、涼しい風を浴びてパーティーを開くことができる。
次の家は、きょうだいの住宅を向かい合わせにし、間の部分を中庭にした。敷地にゆとりがなかったので、中庭を共有することで敷地を節約しながら、半戸外の空間を楽しめるようにしたという。中庭には屋根がかかっていて、雨をよけつつ、爽やかな風を感じながら過ごすことができる。
福村さんが言う。「自然を感じられる生き方は豊かですよ」
続きは4月24日(日)に。